「障害者になる」うつ病で無職になったぼくが出した答え フリーの仕事もコロナ禍で失い「それでも社会の歯車に戻りたい」

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2021年12月09日 07:10  まいどなニュース

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写真障害者手帳を取って、「障害者になる」ことを決めた(写真はイメージです)=YuSunset/stock.adobe.com
障害者手帳を取って、「障害者になる」ことを決めた(写真はイメージです)=YuSunset/stock.adobe.com

仕事を持ち、愛する人と結婚して、宝物のような我が子を授かる…。端から見れば「幸せの絶頂」とも見えそうな瞬間に、心を病み、仕事を失ってしまったら?それが、ぼくです。奥さんの妊娠が分かった直後にパワハラでうつ病を発症し、仕事を退職したぼくは、病気を抱え無職のまま「父」になりました。主夫をしながら、何とか家計の役に立ちたいと始めたフリーランスの仕事。最初は順調かに見えた生活を、コロナ禍が襲ったのです。(全5回の4回目)

【写真】面白いことがなくても「常に笑え」。職場では、いつも全否定され続けた<全5回の 

「自分にできることがある」が支えに

ぼくの仕事の柱は「WEBライティング」でした。最初のころはコンスタントに仕事が受注できていたおかげで、毎日を忙しく過ごしました。うつ病のことを忘れられた時期もありました。「お金を安定して稼げている」「毎日がそれなりに忙しい」「人とあまり関わらなくて良い」ということが、メンタルを回復させてくれたのです。

また、ブログやYouTube、Twitterなどでの発信も始めたのもこの頃です。うつ病になっても自分にできることがある…少しだけですが、自信を取り戻していきました。

うつ病の人にとって、何かやることがあるというのは救われるものなのです。うつ病患者の思考はネガティブそのもの。何もやることがない暇な時間を過ごしていると、どうしても悪いことばかり考えてしまいます。ただ生きているだけで罪悪感を感じる…そんな状態が続くのです。仕事があるおかげで、罪悪感を少しだけ緩和させられました。

ぬぐえぬ「主夫」への引け目、収入面での不安も

しかし、やはり悩みは尽きませんでした。

まず、子どもの送り迎えをパパであるぼくが行うことに、少し恥ずかしさと後ろめたさを感じていたのです。今思えば恥ずかしがる必要はないのですが、自分の仕事や生き方に誇りを持てておらず、自信がなかったことが恥ずかしさの原因です。特殊な働き方で、さらにうつ病患者の持つ特有の自己嫌悪のせいで、送り迎えを行うことが苦痛でした。

また、フリーランスであるということを友達に気軽に話できませんでした。その理由は、自慢できる働き方じゃなかったからです。当時フリーランスといえば「かっこいい」というイメージを持たれることが多かった時代でした。しかし、ぼくの場合は逃げるようにフリーランスの道に入ったので、決して「これで独立するぞ!」と意気込んでいたわけではありません。そういった意味で、自分の仕事に胸を張れずに、友達にも自分の仕事のことをあまり話せませんでした。

そして何より、不安定な収入に毎月怯えていました。安定してある程度稼げていましたが、来月の給料は保証されていません。社会人になって初めて、金銭的に大きな不安を抱えることになりました。ましてや生まれたばかりの子どもがいるのです。不安を消すためには、とにかくがむしゃらに働くしかありませんでした。

この程度の悩みを抱えるのは、働いていれば当然のことなのかもしれません。みなさん、多かれ少なかれ悩みを抱えながら生きています。そのことを理解していたので、少しの悩みは我慢しながら働けていました。それからサラリーマン時代に比べると遥かにマシだったので「この調子で生きていこう」と考えていました。

コロナで仕事が激減、再び「マイナス思考の渦」に

そんな夢を打ち砕いたのが、新型コロナウイルスの流行でした。ぼくの働き方は一変しました。案件がみるみる打ち切られ、仕事が劇的に減っていきました。一方、奥さんは在宅勤務に。バリバリ働く姿を横目に、ぼくはお金が稼げず焦り、実力不足だと自分を責め、自分の境遇の情けなさを恥じ、ますます将来が見えなくなり…まさかの展開に頭が追いつかず、マイナス思考が雪だるま式に膨らんでいきました。

うつ病でなければ、少し寝たり気分転換をしたりすれば吹っ切れるのかもしれません。でも、強度のストレスで治ったかに見えた病気は容易に再発し、WEBライターの仕事も全く手につかなくなりました。わずかに残っていた仕事にすら向き合うことができず、引きこもりの無職に逆戻りしてしまったのです。この時は、人生で最も最悪の時期だったと記憶しています。どうにかして生きていかないといけない、子どもを育てないといけない、でも消えてしまいたい。そんな毎日を繰り返して、すさんだ日々を送っていました。

こんな自分でも、なんとか生きる方法はないのか。もう働くことはできないのか。好きな物は買えないのか。子どもにおもちゃを買ってあげることはできないのか。

フリーランスの怖さも知ってしまい、なんとか一般の就職をしたい。でも病気の特性があって、以前と同じような働き方はもうできないかもしれない。実際に、就職しようと履歴書を郵送した段階でブランクを懸念され、何度も落ちていました。

不安がのしかかる中、ぼくが出した一つの答えが「障害者になる」という選択でした。障害者として、障害に配慮してもらいながら働くことができれば、きっとうまくいく…。追い詰められたぼくにとって「障害者雇用」は、残された最後の希望のように思えたのです。

(まいどなニュース特約・かいぞう)

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  • 何度もつぶやいているが、私は鬱病患者の身近な人で半年後に体重が半減した人を知っている。障がい者手帳取得だけでも十分だよ。
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