ヤクルト復帰もつらそうだった岩村明憲。「その気持ちはわかるけど…」八重樫幸雄が送ったアドバイスとは?

0

2021年12月09日 11:01  webスポルティーバ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

webスポルティーバ

写真写真

「オープン球話」連載第94回 第93回を読む>>

【名伯楽・中西太も認めた岩村明憲】

――さて、今回も岩村明憲さんについての続きをお願いします。岩村さんも、若松勉さんや八重樫さん同様、「中西太門下生」です。中西さんも岩村さんのことを高く評価していたと聞きしました。

八重樫 そうですね。中西さんも当初から岩村のことを高く評価していたから、熱心に指導していましたよ。彼は生まれながらの身体的能力に恵まれていて、足の力が強くて下半身がものすごく安定していました。それに、技術的にも申し分なかった。最初からインサイドからバットが出てくる理想的なスイングでしたから。バットが外回りすることなく、常に最短距離で出てきていましたね。




――当時は若松さんが監督、八重樫さんが打撃コーチでしたけど、中西さんが指導するのをどう見ていたんですか?

八重樫 神宮球場で試合がある時には、早くから中西さんも指導に来ていましたよ。僕たちも中西さんのことは信頼しているから、お任せする部分もありました。前回も言ったけど、高校を卒業したばかりとは思えないバットコントロールだったから、中西さんもますます本気になったんでしょうね。下手なベテラン選手よりも、教える前の岩村のほうが技術的には上でしたから。

――完成度の高さがハンパないですね、岩村さん。

八重樫 名前は出さないけど、不振にあえいでいたベテラン選手に対して、「岩村のティーバッティングは参考になるぞ」と言いたくなったこともありましたね(笑)。

――前回もお話に出たように、恵まれた身体的ポテンシャルと卓越した技術を持った完成度の高い選手としてプロ入りしてきたんですね。

八重樫 打撃に関してはね(笑)。守備に関してはプロに入ってからの地道な努力が実を結んだんだと思いますよ。地道な特守を何度も何度も繰り返してプロのレベルに到達しました。

【プロ向き、メジャー向きの強気な性格、人間性】

――人間的、性格的にはどんな人なんですか?

八重樫 プロ向きの性格ですよ。どんどん自分から前に出ていくタイプですから。ただ、それによって他人との摩擦が生じる可能性があることには、多少の心配がありましたけどね。思ったことをすぐに口に出してトラブルになったこともありましたよ。

――でも、それぐらいの勝気な性格でなければメジャー挑戦もしないでしょうね。

八重樫 メジャーリーグへの憧れは、何度か聞いたことがありましたね。それを聞いた時に、「あぁ、やっぱりガンは性格も、野球観も、普通の選手とは違うんだな」と思いました。視線が常に外に向いているし、向上心も強い。冒険心もある。当時の岩村の実力と、この強気な性格があれば、「メジャーでも意外とやれるかもしれないな」という期待はありました。

――2007年に渡米し、当時のタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)を皮切りに、ピッツバーグ・パイレーツ、オークランド・アスレチックスに2010年まで在籍しました。

八重樫 メジャーでは二塁手として、ランナーとの接触プレーに悩んでいた感じでしたよね。ランナーの激しいスライディングでひざを故障したけど、あれがなければもっとメジャーでプレーできたと思うし、もっと結果も残せていたと思います。その点は本当に残念でした。

――2011年には楽天で日本球界に復帰。そして、2013年には古巣であるヤクルトに復帰します。この頃の岩村さんにはどんな印象がありますか?

八重樫 彼がヤクルトに復帰した頃には、僕はスカウトになっていたからグラウンドではもう接点はなくなっていましたね。ただ、神宮で学生野球を見ている時に、たまたま彼が早めに球場入りしていて、何度か会話をしたことはありました。

【球団社長として奮闘する日々は必ず今後の役に立つ】

――渡米前後で、何か変化はありましたか?

八重樫 故障の影響もあって、渡米前の実力は失われていた気がします。体も大きくなったことで若い頃のようなキレもなかったし、チームの若返りの問題もあって、なかなか出番にも恵まれなかった。ファームから一軍に呼ばれても、なかなか試合に出られない。その点に関しては不満もあったと思うし、実際に彼の口からそんなことを聞いたことがあって、「その気持ちはよくわかるけど、監督批判になってしまうから絶対にそれは口にするなよ」と言ったことがありました。この頃の彼はつらそうでしたね。でも、むしろ引退後にガンとはよく会うようになったんですよ。

――2014年シーズン限りでヤクルトを退団すると、翌年からは独立リーグの福島ホープス(現・レッドホープス)の選手兼任監督となりましたね。

八重樫 僕はその頃、東北担当のスカウトだったから、ホープスの試合も時間を作って見に行っていたんです。あの頃の若いメンバーと、まだ現役を続けながら若手を指導する岩村との間には、大きなレベルの差がありました。岩村の求めることに選手たちがついてこられない。そんな印象があった気がするな......。地区チャンピオンシップに進出する手腕はあるんだけど、あと一歩、届かないもどかしさはありましたね。

――その後、岩村さんは監督を兼務しつつ、代表取締役社長にも就任。八面六臂の活躍でチームを盛り立てようと奮闘しています。

八重樫 レッドホープスはすべて岩村にかかっていると言ってもいいんじゃないのかな? 球団編成だけではなく、自ら広告塔になってスポンサー集めをしていましたからね。岩村が主催するゴルフコンペに2回ほど出させてもらったことがあるんだけど、すごかったですよ。集まったスポンサーは全国からでしたから。きっと、岩村の人脈で集めたんだと思うけど、「よく頑張ってるな」と感じました。

――今後の岩村さんに期待すること、望むことはありますか?

八重樫 彼はまだ42歳ですよね。まだまだ老け込む年じゃないし、まだまだ体も動く年齢なんだから、ぜひ指導者としてNPBに復帰してほしいな。現在の経験は必ず生きてくると思うし、これから必死に指導者としての勉強を積んで、ぜひもう一度ユニフォームを着てほしい。本人にもこのことは言ったことはあるけど、中西さんもそれを望んでいましたよ。これから彼がどんな野球人生を歩むのか、陰ながら応援したいと思っています。

(第95回につづく>>)

    ニュース設定