追悼:水島新司が描いた『ドカベン』明訓高校×土佐丸高校での見事な作劇と野球の本質

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2022年01月18日 18:31  リアルサウンド

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 またひとり、漫画界の巨星が逝ってしまった。みなもと太郎、さいとう・たかを、白土三平、古谷三敏と、昨年の夏あたりから大物漫画家の訃報が続いているが、2022年1月10日、『ドカベン』などのヒット作で知られる、水島新司が肺炎のため亡くなった(享年82)。


 水島新司は、1958年に貸本漫画誌「影」に投稿した作品「深夜の客」でデビュー。デビュー後、しばらくの間は幅広いジャンルの作品を手がけていたが、野球の世界を描いた『エースの条件』(原作・花登筐)、『男どアホウ甲子園』(原作・佐々木守)などを経て、『ドカベン』(1972年連載開始)で大ブレイク。他にも、『一球さん』、『野球狂の詩』、『あぶさん』、そして、『大甲子園』と、数々の野球漫画の傑作を世に送り出した。また、2020年12月1日には、「漫画家引退」を発表していた(漫画家生活は63年!)。


 それにしても、スポーツ全般ならまだしも、「野球」というひとつのジャンルに絞って、これだけ数多くの作品を描けたことに何よりも驚かされる。さらにそのほとんどをヒットさせており――あだち充というもうひとりの怪物がいないわけではないが――水島新司の“偉業”は、もっともっと評価されていいと思う。


※以下、『ドカベン』の内容について触れています。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)


■『ドカベン』シリーズ屈指の名勝負とは?


 ちなみに、数ある水島作品の中から1作だけ選ぶとしたら、(月並みな答えで申し訳ないが)私は『ドカベン』を推す。特に、シリーズ中盤最大の山場ともいうべき、明訓高校と土佐丸高校による春の選抜の決勝戦は、少年漫画史に残る名勝負だと思うので、機会があればぜひ読まれたい(文庫版では第20〜21巻に収録)。


 反則すれすれの「殺人野球」を得意とする土佐丸高校の前に、明訓野球部は終始、苦戦を強いられる。エース・里中は指とヒジに痛みを抱えており、主砲・山田太郎は、敵チームのピッチャー・犬神の不気味な“戦術”の前になす術もなかった。おまけに、里中・山田のバッテリーの信頼関係に“亀裂”が入り始め……。


 それでも、破天荒なトリックスター・岩鬼や、天才・殿馬の活躍などもあり、明訓はなんとか1点を追うかたちで、9回裏の攻撃に挑むことになる。そして――ここからの展開がものすごいのだ。


■漢・岩鬼正美の負けられない勝負


 9回裏の攻撃、そして、その後に続く延長戦。そこで水島新司は、あざといまでの“泣きの演出”を立て続けにぶち込んで来る。山田、岩鬼、殿馬、里中の辛い“過去”の回想が、それぞれの勝負どころで挿入され、読者の心を大きく揺さぶるのである。


 とりわけ岩鬼の“過去”は、何度読み返しても、胸が熱くなる。


 エリート一家に生まれながら、親からまったく期待されていなかった岩鬼正美。小学生の頃から周囲を困らせる乱暴者だったが、そんな彼にはただひとりの理解者がいた。「お手伝いさん」の「おつる」だ。


 おつるは、ある時、岩鬼に言う。「数字で 人間の値打ちが 決まるわけやおまへん/不成績でも気にしない そのキモっ玉の大きさが 大人になったら必要なんです」


 そう、孤独な少年であった岩鬼にとって、おつるは母であり、姉であり、先生のような存在だった(その容姿は、岩鬼の想い人である「夏子」とどことなく似ている)。だが、やがて彼女は「クビ」になってしまい、ふたりは離ればなれに……。


 そんなおつるが観客席で自分を応援している姿を、9回裏――バッターボックスに入った岩鬼は見つけるのだ。むろん、おつるにとっては、かつて孤独だった少年がいま、多くの仲間とともに頑張ってる姿を見られただけでも充分だろうが、岩鬼にしてみれば、ここで打たなきゃ漢(おとこ)じゃないってものだ。


 「お元気でしたんやな/わいは心配してた/一日として 忘れたこと おまへんでしたで/よう ご無事で…………/よう 応援にきてくれました」


 その後、彼が打つかどうかは、ここでは書くまい。


 また、そこから先の展開だが、さんざん、最後はやはり主人公(=山田太郎)の一発で試合が決まるのだろう、という演出で引っ張っておきながら、水島新司は、あえて別の選手に決めさせる。この作劇も、見事だ。


 「野球は筋書きのないドラマである」とは、三原脩(元プロ野球選手・監督)の名言だが、そのことを、この野球漫画の巨匠もよくわかっていたのだろう。


 水島新司先生のご冥福を、心からお祈りいたします。


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