水島新司作品をいまの子どもにこそ読んでほしい理由 数多の功績を振り返る

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2022年01月25日 12:11  リアルサウンド

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『ドカベン(1)』

 『ドカベン』や『あぶさん』をはじめ、数多くの野球漫画を描いてきた水島新司先生が1月10日に82歳で逝去された。


 私が会社員時代、神宮外苑野球場で草野球をしていると、後の時間で水島先生のチームとたけし軍団の試合が組まれていることが多く、ベンチでタバコを吸いながら審判にヤジを飛ばしている(笑)、水島先生の姿をよくお見かけした。それでもたまにプレーするところを見ると、グラブ捌きや投球フォームがキレイで、プレーしているのが楽しそうで、ああ、この人は本当に野球が好きで仕方ない、野球をすれば永遠に子どもな、昭和のおじいちゃんなんだなーと思いながら眺めていたのを思い出す。


 そんな水島先生は、いうまでもない漫画界の巨匠であり、野球漫画の第一人者であるが、今回は先生が後世に残した数多い功績の中から、3つを取り上げてみたいと思う。


参考:『ドカベン』ファンを泣かせた”感動の名場面”が収められた40巻


1:スポーツ漫画の新しいスタンダードを作った


 スポーツ漫画の歴史は、水島以前と以後に分けることができると思う。水島以前のスポーツ漫画といえば、一連の梶原一騎作品に代表されるスポ根、そしてこと野球漫画においては『ちかいの魔球』(原作:福本和也/作画:ちばてつや)から始まった現実では再現し得ない変化を起こす、「魔球」を駆使するピッチャーが活躍する、現実離れしたファンタジーものが多かった。


 水島はそんなスポーツ界に「野球」という競技そのものの魅力を伝えるために、それまでの作品と比較してリアルな、ノンフィクションとしての色合いの強いスポーツ漫画を描き始めたのである。もちろん水島漫画にも魔球(に近い変化球)は登場するし、キャラクター造形においては現実ではありえないような選手も多数いる。


 しかし、それらはあくまでも漫画としてのエンターテインメントを追求するためのツールであって、そのキャラクターを使って、野球というものをしっかりと描いているのが特徴であると言えよう。ただ魔球を投げた・打った、必殺技を出したがすべてではなく、それらは野球という9回表裏の攻防を描く中でのひとつの局面を彩るスパイスにすぎない。


 また、登場人物は己の実力を上げるために努力もするが、それもスポ根もののような命を賭した過剰なものではない。野球に勝つために必要な努力であり、そこにはある種の健全さが窺える。競技そのものの魅力の本質を描き、健全にスポーツを楽しむ、楽しいからこそ頑張れる、という水島先生の作風は、のちのスポーツ漫画家に多大な影響を与え、80年代以降の野球以外のスポーツ漫画は、爽やか&リアル路線に舵を切ることとなる。水島新司がいなければ、高橋陽一も井上雄彦も生まれなかったかもしれない。


2.理想のフォームを描ける画力


 絵のタッチで見落とされがちだが、水島先生の画力、特に野球というスポーツの動きの一部を切り取ったときのフォームの正確性、美しさ、躍動感というものは特筆すべきものがある。ピッチャーがいいフォームで投げた球はいい球になる。それを打ち返すバッターのスイングもまた、きれいないいスイングである。そのフォームの説得力は、水島先生自身が、空振りするつもりで描いたスイングがあまりにも見事すぎて、ホームランに変えてしまったという逸話があるくらいだ。


 野球を見続け、プレーし続けてきた先生の中にある理想のフォーム、スイングを表現し、それを見た子どもたちがそのフォームを真似してプロ野球選手になる。そしてその絵の説得力を求めて描きまくった子どもたちが漫画家として次の世代のスポーツ漫画を担う。80年代、漫画の表現に多大な影響を及ぼしたのは大友克洋と鳥山明という二人の天才だが、ことスポーツ漫画においては水島新司の絵は前者に並ぶくらいの影響を与えているのではないだろうか。


3.日本野球の可能性を提示


 水島先生は作中で数多くの多種多様な野球選手を描いてきた。50歳を過ぎても現役を続ける選手。女性のプロ野球選手。甲子園で163kmのボールを投げる投手。プロで165kmを投げる投手。5打席敬遠される偉大なスラッガー。プロ野球の現場で投打の二刀流で活躍する選手。いずれも漫画の中だから、漫画を楽しくするためのファンタジー要素だったかもしれない。


 しかし、先生がそれらを描いた昭和の時代から平成〜令和になり、上記すべてが現実の選手によって実現されてしまった。現実はついに漫画に追いついてしまい。もはや漫画を越える選手まで現れてしまった。それらはトレーニング理論や技術の進歩がもたらしたものでもあるが、水島新司という作家の想像力に触れ、夢の実現を信じ続けた人たちの努力の積み重ねもあったのではないか。ウルトラセブンを見て宇宙飛行士になった人、アトムを見てロボット工学の道に進んだ人。理屈で何かを諦めるのではなく、純粋に夢を追い続ける人たちに水島先生がその可能性を提示し続けてきたからこそ、のちに漫画のような選手たちが現れ、やがて漫画を超えていったのではないだろうか。


 昨今、日本の子どもたちの野球離れが叫ばれて久しいが、だからこそ、今の子どもたちに『ドカベン』をはじめとした水島先生の野球漫画を読ませてほしい。絵柄は古くても、その根底にある水島先生の愛した野球というスポーツの魅力、キャラクターたちの個性は、十分伝わると思う。そして先生の漫画を読んで野球を始めた子が日本のプロ野球で活躍する姿を、きっと先生は天国で楽しそうに見ているだろうし、その選手がメジャーにいってしまったら、審判にヤジっているときの勢いで、めちゃくちゃ文句を言っていることだろう。


 水島新司先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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  • 誰も書いていないが、甲子園球場にきちんとラッキーゾーンを描いたこと。確か本人が、「巨人の星」 で、甲子園球場にラッキーゾーンがないことが不満だったと言っていた。
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