藤井風『LOVE ALL SERVE ALL』に見る、“言葉の人”としての姿 ソングライティングのセンスが根をはった一作に

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2022年03月27日 12:11  リアルサウンド

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藤井風『LOVE ALL SERVE ALL』

 藤井風の2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』(以下、『LASA』)がリリースされた。本稿の執筆段階でもすでに12万枚強(※オリコンデイリーアルバムランキング2022年3月22日〜23日付を参照)を売り上げ、堂々たる結果を残しつつある。前作『HELP EVER HURT NEVER』(以下、『HEHN』)のリリース以後はもっぱら配信でのリリースを重ねており、昨年末の『第72回NHK紅白歌合戦』で歌唱した「きらり」「燃えよ」はどちらも配信オンリーだった。そんな「きらり」が冒頭をかざり、ほかにも「へでもねーよ」「燃えよ」「青春病」「旅路」等々の既発曲(アルバムエディット含む)を折り込みながらまとめられた、期待を裏切らない出来の一作だ。


(関連:藤井風「燃えよ」がこれまでの作品と一線を画す理由 楽曲とMVから考察


 『LASA』からの先行シングルとして3月20日にリリースされた「まつり」ではGファンク的な香りをアクセントに用いながら、祭ばやしのようなグルーヴをタイトな16ビートのなかにじわっと紛れ込ませるウィットが光る。藤井風(およびサウンド面から藤井を支えるYaffle)の折衷感覚を象徴する一曲だ。ただ正直に言うとこの曲や「damn」などに聴かれるエレキギターの響きはちょっといなたすぎるというか、もう一息でクドくなるような感じで、そのあたりは個人的にすんなり飲み込みづらい。もっとも、サウンドや和声、節回しなどところどころに顔を出すAORやヨット・ロック的なエグみが、シルキーで甘やかな藤井のボーカルと組み合わさることで絶妙な魅力を放っているのも事実なのだが。


 まわりくどい話になってしまったが、少しバランスを変えればクドさやいなたさ、あるいは渋さと裏腹の地味さに陥りそうなところ、気鋭のアーティストが放つポップアルバムとしての華も備えたアルバムに仕上がっているのが良い。「まつり」もややギミック的にも感じられる篠笛を単にノベルティな遊びにしてしまわないような抑制があるところに美点がある。「燃えよ」も、ビートのパターンからするともっとシャッフルさせてベースを強調し、2ステップや4×4のUKガラージ調にまとめて“今っぽさ”に振れそうなところで、それをあえて抑えているかのような印象がある。いつ古びるか知れないトレンドに回収されそうな要素とは距離をとっているような。こういった、「〜しすぎない」という微妙な塩梅で仕上げられたのが『LASA』なのだろう。


 以上はもっぱらサウンド面の話だが、やはりなによりもボーカリストとしての凄みを感じ、また同じくらい言葉の人としての藤井の姿も印象的な本作。以前、藤井風の歌詞について『HEHN』を中心に細かく評したことがある(※1)が、そのときの印象から変わることはない。方言やスラングを駆使しながら、同音異義語や押韻、そして巧みな譜割りによって詞のニュアンスを豊かにしていく手腕は『LASA』でも光っている。


 たとえば「damn」では〈だんだん〉という日本語のフレーズが〈damn damn〉という英語のフレーズに重ねられる。ある意味日本語話者だからこそ成立する(n音とm音を厳密に区別せず「ん」とするため)言葉遊びだけれども、ゆっくりとした、しかしじわじわと訪れる不可逆的な変化に困惑する語り手が、〈don’t give a damn(知ったことじゃない)〉と困惑を振り切る転換点として機能しているのが面白い。言語のスイッチが気持ちの整理、切断にも通じている。


 「ガーデン」のサビも、〈花は咲いては枯れ〉と〈人は出会い別れ〉というふたつの行が〈は枯れ〉と〈別れ〉でつながる、シンプルな言葉遊びがよく効いている。同じメロディの上に言葉がのることで話し言葉としてのイントネーションがいったん保留になるからこそ、その類似関係が強調する。ふたつの表現が押韻によってつながるばかりではなく、メロディの合同も重要な役割を担っている。と考えると、これは押韻のおもしろさであると同時にメロディの力の面白さでもある。


 ボーカリストとしての藤井風は徹頭徹尾メロディックな人で、もちろんそのリズムの表現にも傾聴すべき点は多いが、言葉とメロディのときに対立的な関係をうまく止揚して表現をつむぎだす技量が卓越しているように思う。押韻というよりも地口じみた言葉遊びや、冗談半分のような言葉の選び方が陳腐化しないそのバランス。アクが強いようで案外間口が広く、渋いようで華やかな『LASA』の根底には、藤井のそうしたソングライティングのセンスがしっかり根をはっている。


※1:https://realsound.jp/2020/12/post-665871.html(imdkm)


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