29歳で逝った息子の「ヤシオツツ」13年越しの開花…父が語る記憶 うれしさあふれるツイートににじむ愛

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2022年05月12日 07:00  ウィズニュース

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写真急逝した息子が、生前に購入したヤシオツツジの一種・シロヤシオ。13年越しの開花をツイートで報告した父親に、胸の内を聞きました。=佐々木修さんのツイッター(@syu_syowadanji)
急逝した息子が、生前に購入したヤシオツツジの一種・シロヤシオ。13年越しの開花をツイートで報告した父親に、胸の内を聞きました。=佐々木修さんのツイッター(@syu_syowadanji)

急逝した息子が育てた花が、13年越しに初めて咲いた――。そんなツイートを投稿した男性がいます。昭和・平成を仕事一筋で過ごし、わが子の人となりは、ほとんどわからない。大切な存在を失って、そんな人生の過ごし方を、深く後悔したそうです。一方、息子がいかに人々から慕われていたか知り、涙したことも。一輪の花がつなげた、親子の過去と現在に迫ります。(withnews編集部・神戸郁人)

4月10日、一本のツイートが発信されました。

添付された画像に写っているのは、鉢植えです。複雑に分かれた枝の先端に目を移すと、今にも咲きそうなほどに膨らんだ緑色のつぼみが、いくつも顔をのぞかせています。

その最前列で、5枚の花弁を目いっぱい開かせる、純白の花。山間部に自生するヤシオツツジの一種、シロヤシオとみられ、こんなコメントが添えられています。

<突然ですが、
13年前、くも膜下出血で29歳であっと言う間に人生の幕をおろしました息子が、生前自分で購入してきたヤシオツツが、、、
始めて
始めて、可愛い花を咲かせました。

朝から、嬉しくて、
つい、この一輪の花に息子の名前を語りかけました。

是非、是非、皆さんにもご覧頂きたく、、、。
(編注・原文ママ)>

「投稿主さんの人柄がにじみでている」「忘れ形見として大切に育てて欲しい」。ヤシオツツジを、思わず「ヤシオツツ」と記した文面に、胸を打たれた人々の思いが連なり、35万近い「いいね」もつきました。

【写真】父が亡き息子から引き継いだ花の成長記録はこちら。子の背が伸びるような様子に、胸を打たれます。

家庭を振り返る余裕は持てなかった
「正直なところ、家庭を振り返る余裕が持てるような人生ではありませんでした」。今回のツイートの作者で、人材派遣会社の人事部長を務める、佐々木修さん(68)が語ります。

投稿した文章は、2009年に29歳で亡くなった長男・祐哉さんにまつわるものです。思いをつぶやくに至るまでの日々について、話を聞きました。

高校卒業後、大手コーヒーメーカーのグループ企業に入社した佐々木さん。高度経済成長の余波が残る社会情勢も相まって、仕事一色の日々を送ったといいます。

支店の営業職として、取引先の飲食店を毎日回り、接待にもいとわず取り組みました。早朝に出勤し、翌日未明に帰宅したことは数知れません。猛烈な働きぶりが評価され、23歳で支店長を任されたほどでした。

やがて一男一女を授かりますが、家族そろって過ごせる休日は貴重だったそうです。それでも、子どもたちとの思い出を、出来る限りたくさんつくろうと心がけたといいます。

「祐哉が小学生のとき、2回だけ海水浴に行きました。当時住んでいた宇都宮から、茨城・大洗の海辺へ。彼が釣りにはまっていた時期には、同級生を連れて、近くの池まで車で連れて行った。オープンしたてのディズニーランドも訪れましたね」

「でも思春期を迎えて以降は、ほとんど関わることがなくなってしまいました。お互い気恥ずかしかったのでしょうね。取引先の飲食店は週末に営業するところが多く、更に支店経営が忙しくなり、休みづらかった点も影響したと思います」

父子で飲み交わした寿司屋での時間
再び交わりが深まったのは、祐哉さんが大人になってからのことです。地元の高校を卒業し、自動車整備の専門学校に通った後、友人の誘いで造園会社に就職します。手に職を付けたいという意向もあり、植木職人として汗を流しました。

「彼が花や樹木に触れだしたのは、この頃です。大きなお屋敷の松の木を手入れするなど、様々なお宅に足を運びました。後から聞いたのですが、同じお客さんから何度も指名を受けたり、ご飯を食べさせてもらったりと、慕われていたようです」

独立を志し、業務用軽トラックの購入について、親子で話し合った時期もありました。結果的には、5年ほど勤め、塗装業に転職。佐々木さんも50歳で別会社の代表に就任し、新たな門出を迎えます。

「私が最初の勤め先を離れる前、二人で寿司屋に行ったんです。5年間の単身赴任を終えた直後で、一杯やろうよ、と。仲の良い友人グループ経由で知り合った、彼女との同棲生活についてなど、色々なことを語らいましたね」

祐哉さんは普段からシャイな様子を見せ、身の上話をすることは、ほとんどなかったそうです。しかしそのときばかりは、カウンター席で父と肩を並べ、はにかみながらも幸せな暮らしぶりを教えてくれました。

しかし、この日が、親子でお酒を酌み交わせる最後の機会となったのです。

集中治療室の中で開いた「結婚式」
2009年10月、祐哉さんは仕事終わりに、ゴルフの練習場を訪れていました。勤務先の旅行などでプレーする機会があり、腕を磨いていたのです。その最中に、突然意識を失って倒れ、救急搬送されます。くも膜下出血でした。

佐々木さんたちが病院に駆けつけると、集中治療室のベッドに横たわる息子が、目に入りました。手術もままならない状態で、医師からは「死を待つしかない」と告げられます。

実は同じ年の12月、祐哉さんは結婚式を予定していました。交際中だった女性が妊娠し、互いに将来を誓い合ったのです。佐々木さんも、知人を介して式場を予約するなど、サポートしていました。

「わが子の幸せを祝ってやりたい」。佐々木さんは、病室で結婚式を挙げることを思いつきます。役所へと走り、息子夫婦の籍を入れた後、病院に掛け合い承諾を得ました。衣装については、女性が勤める写真スタジオで借りる手はずを整えます。

そして入院から三日後、両家の家族が集まり、小さな式が執り行われました。タキシードを身につけて眠る祐哉さんと、指輪を交換する、ドレス姿の女性。病室の外から、医師と看護師も見守ってくれました。

「当日の朝は虹が出て、奇跡のようだなと思いました。更に病院関係者の計らいで、CDコンポを貸して頂くことができたんです。式の間、祐哉が大好きだった音楽グループGReeeeN(グリーン)のアルバムを、ずっと流していました」

父親が息子の葬儀で受けた衝撃
祐哉さんは意識を取り戻すことなく、倒れてから十日後に息を引き取ります。ほどなく開いた葬儀で、佐々木さんは驚くべき光景を目の当たりにしました。

「300人の弔問者のうち、祐哉の知り合いの方々が、何と100人以上も来てくれたんです。学生時代の同級生や先生から、社会人になって仲を深めた人々まで、本当に多種多様な顔ぶれだった。その一人一人と、思い出話に花を咲かせました」

幼稚園生の頃、障害がある友人の手を引き、積極的に遊びの輪に引き入れていたこと。知人の結婚式の余興で、仮装して寸劇を披露したこと……。いずれのエピソードの中にも、見たことも想像したこともない、表情豊かな息子の姿がありました。

俺にそっくりだな――。営業マン時代、飲み会でアカペラを披露するなどして、場を盛り上げるのは佐々木さんの役割でした。他人と積極的に打ち解け、信頼の輪を広げていく。見知らぬ祐哉さんの一面に、若き頃の自分が重なりました。

そんなわが子の面影を感じながら、育て続けてきたのが、シロヤシオの鉢植えです。祐哉さんが生前購入したもので、2年前に宇都宮から移り住んだ、現在の自宅にも持ち込みました。

当初は、いくら水をあげても、なぜか葉っぱが茂るばかりだったといいます。ところが今年4月10日の朝、一輪だけ白い花が咲いているのを、佐々木さんが見つけました。中の種が見えるほど満開で、笑っているように思えたそうです。

「昨年、祐哉の13回忌を済ませたばかりで、涙が出て仕方なかった。慌てて写真を撮り、ツイートを作って、勢いでつぶやきました。画像の添付方法が分からず、バタバタと文字を打ったため、誤字だらけの文章になってしまいましたが……」

「お子さんとの時間、大切にして欲しい」
ツイートには、祐哉さんのように脳出血のため、早くに子どもを亡くしたという人々の声も寄せられました。佐々木さんは、一つひとつの投稿にコメントを返しつつ、こんなことを考えたといいます。

「祐哉との思い出について問われたとき、恥ずかしながら、これと言えるものが私にはありません。彼のほんの一面しか理解していなかった。今、お子さんと過ごしている方は、一緒にいられる時間を大切にして欲しい、と伝えたいです」

その後も、シロヤシオの花は、少しずつ増えていったそうです。毎日声を掛けながら、祐哉さんの代わりに、成長を見守っています。

「きっと来年は、20輪、30輪と、もっとたくさんの花を咲かせてくれるんじゃないでしょうか。あれだけ色々な人に好かれ、愛された祐哉ですから。今度はシロヤシオになって、友達を増やしていくはず。そう思っています」

このニュースに関するつぶやき

  • 息子さんが先にも切ない話 でも生前買っていた花が今開花するのもやはり意味があるのかも知れない。ご両親が健在な間は楽しめたらいいわね。
    • イイネ!18
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