写真 昭和世代には親しみあるフロッピーディスクだが、令和になっても使われていたことに驚きの声が上がった(gettyimages) |
「えっ、いまだにフロッピーディスクを使っているの?」
そう思った人も少なくないだろう。
【写真】誤送金問題について、記者会見で頭を下げる山口・阿武町の花田憲彦町長 山口県阿武町で誤って1世帯に4630万円を振り込んだ、いわゆる誤送金問題。18日夜、県警は同町の田口翔容疑者(24)を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕したが、誤送金に至る過程で、町役場から銀行に依頼データの入ったフロッピーディスク(FD)を渡したことが報じられると、「旧石器時代」「時代遅れ過ぎる」など、驚きや嘆きの声がSNSに上がった。ところが取材してみると、絶滅していたかのように思われたFDは、一部の中央省庁や役所、銀行、企業ではいまも日常的に使われていることがわかった。それぞれの事情を聞いた。
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山口県阿武町からFDでの振り込みを依頼された山口銀行などを傘下に持つ「山口フィナンシャルグループ(FG)」にたずねると、「山口銀行は、FDなどによる振り込みおよび口座振替依頼データの授受については昨年5月末日を持って廃止させていただいております」と言う。
ところが、山口銀行はFDによる振り込みデータの受け渡しを現在も行っている。なぜか。
「新規の受付は行っておりませんが、既存のお客様から、FDでの振り込みを継続させてほしい、というご要望があれば、対応せざるを得ないという状況です」
山口銀行は、これまでFDで振り込みを依頼してきた顧客に対して、同行のインターネットバンキングを通じて振り込みをしてもらえるように交渉してきた。
「ただ、昔からずっとお取引していただいているお客様の利便性の観点からすると、FDを廃止するのは難しい側面があります」
担当者はすんなりとはいかない事情を、そう説明する。
■東京の区役所でもFD 一方、東北地方のある銀行によると、FDでの引き落としは「公官庁から依頼されることが多い」と関係者は言い、こう続ける。
「県内では、市役所や町村役場でFDを使っているところが多いです。税金や国民年金、国民健康保険料の引き落としなどです。そんなわけで、私どももそれを引き受けざるを得ませんでした」
この銀行では半年ほど前から県内の各市町村に打診して今年中にFDの取り扱いを終了し、すべてインターネットバンキングに切り替える予定だ。
「理由としては、FD自体を新しく購入するのが困難になってきたこと。それから銀行に置かれた読み取り装置のメンテナンスが難しくなったこと。万が一、故障してしまったら、市町村の担当者の方が窓口に来られても手続きが滞ってしまいますから。そんなわけで、FDの取り扱いを終了させていただくことになりました」(同)
知るほどに驚く、FDの“現役”利用。だが、それは地方の市町村だけではない。
東京都千代田区は今年3月まで介護保険や障害者介護、生活保護に関する給付金の振込みにFDを使用していた。使用を終了した理由を会計室の担当者にたずねると、こう説明する。
「これまでFDを繰り返し使ってきたのですが、いずれ破損したり経年劣化で使えなくなったりすることも考えられます。もうメーカーもFDの製造を打ち切ったという話も聞いておりました。それらもあって使用を徐々に縮小し、昨年度末をもって、最終的にFDの取り扱いをやめたわけです」
ちなみに、国内大手のFDメーカーだったソニーが国内販売を終了したのは、2011年3月である。もう10年以上前のことだ。
「FDはいまとなっては記憶容量が少ないですし、持ち運びの際にどうしてもセキュリティーの問題も生じます。これからは庁内の端末に入力したデータはインターネット経由でやりとりを行います」(千代田区担当者)
■行政サービスの一環として 霞が関の中央省庁もFDを使っている。その一つが、厚生労働省だ。
厚労省は医薬品や医療機器メーカーから送られてきた製品に関する申請書類を審査する。そこでいまも続けられているのが書類データをFDで提出する「FD申請」だ。
「制度の名称としては『FD』とありますが、実際、9割9分はCDかオンラインの申請です。過去の名残というか、通称として『FD申請』という名前が使われています」
同省医薬品審査管理課の担当者はそう説明するが、こうも胸の内を明かす。
「ただ、こちらとしてはせめてCDで出してくださいとお願いしてはいるんですけれど、『どうしてもCDは使えない』という方が、ごく少数ですがいらっしゃいます。行政サービスとしてはうちのFDドライブが生き続けるかぎりはFDを受け付けざるを得ないという事情があります。できれば、持ち込まれるメディアはCDに統一したいのですが、メーカーさんのことを考えると、世の中からFDが枯渇するまでは止められないですね」
FD本体は極めて薄い磁気記憶媒体であるため、CDやDVDなどと比べて故障しやすい。
「気づかないうちに磁気に触れてデータがとんでしまうことがあります。それでも、CDを使うように強制することはできません。あくまでお願いベースです」(厚労省担当者)
■保証期間はとっくに過ぎている ちなみに、現在インターネット上などで販売されているFDのほとんどは10年以上前に製造された未使用在庫品である。メーカーもこんな長い期間、使われ続けるとは想定していなかっただろう。当然のことながら、保証期間はとっくに過ぎている。
パソコンの周辺機器の老舗メーカー、ロジテックが「最後のWindows対応のUSB外付け型FDドライブ」の販売を終了して、久しい。ただ、パソコン用品メーカーの大手のエレコムに聞くと、FDを収納するプラスチックケースは「数量は少ないですが、現在もコンスタントに売れている状況です」と言う。
昭和に輝いたテクノロジーの産物FDだが、令和のこの時代でも根強く使われていることがわかった。コレクションとして私的に使うのはいいが、触ったことも見たこともない若年層も多い中で公的機関が業務で使用するのは、そろそろ潮時ではないだろうか。
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)