執筆の原動力は、「怒り」。ムカつきが創作意欲を駆り立てる──小説家・呉勝浩インタビュー

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2022年05月20日 17:41  ダ・ヴィンチWeb

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写真『爆弾』(呉勝浩/講談社)
『爆弾』(呉勝浩/講談社)

『羊たちの沈黙』『CURE』のようなサイコサスペンスと、『ダイ・ハード3』のスピード感を掛け合わせたら……。小説家・呉勝浩さんの最新刊『爆弾』(講談社)は、そんな着想から生まれたノンストップ・ミステリー。『スワン』『おれたちの歌をうたえ』に続く、自身の集大成だと呉さんは語る。

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 そんな呉さんのデビューは、2015年のこと。第61回江戸川乱歩賞を受賞した『道徳の時間』を皮切りに、事件の解明にとどまらず、人間の深奥を鋭く見据え、本性を引きずりだすようなミステリー、それでも自らを信じて抗おうとする人物を描いてきた。特に近年はギアを一段上げ、2018年には『白い衝動』で第20回大藪春彦賞、2020年には『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞と第73回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞。昨年は『おれたちの歌をうたえ』が第165回直木三十五賞候補にノミネートされるなど、高い評価を受けている。

 果たして、呉さんの創作の原動力はどこからきているのか。その源泉をたどっていく。

(取材・文=野本由起)


(C)村田克己

これまでの積み重ねを、着実に形にしてきた過去3作

──『スワン』『おれたちの歌をうたえ』に続き、『爆弾』は呉さんの集大成であるとのことですが、方向性は違えど、前2作を超える勢いの大作だと感じました。書き上げた手ごたえはいかがでしょうか。

呉勝浩さん(以下、呉):読者にどう読まれるかに関しては、今まで僕はさんざん見誤ってきたところなので(笑)。責任を持って「面白いです!」とはなかなか言えないんですよね。でも『スワン』『おれたちの歌をうたえ』『爆弾』は、これまで書いてきた積み重ねを形にできているな、という手ごたえは感じています。

『爆弾』に関しては、『羊たちの沈黙』『セブン』『CURE』のように本当に好きだったものをうまく自分なりにアレンジしてまとめることができた気はしています。まあ、これが最高と言えるかというとまだわかりませんが、でも現時点でこれを書けて本当によかったと思っています。逆に言うと、「この先、何を書こう」って感じですね。一番好きなことを書いてしまいましたし、同じ路線を続けても仕方ないですし。ここから何作かはちょっと迷走していこうかなと思います。

──呉さんは、プロットを立てずに原稿を執筆されるとお聞きしていて、驚きました。『爆弾』は400ページを超える作品ですが、こちらも書きながら展開を考えていったのでしょうか。

呉:そうです。事件の犯人も真相も途中までまったく決めていなかったので、本当に難しかったですね。『爆弾』はスズキタゴサクが爆弾テロを起こす話ですが、やはり犯人の動機にそれなりに説得力もしくは驚きがないと成立しません。その落としどころを探しながら書いていきました。最終的に自分でも納得できる形に着地しましたが、まぁ運ですね。途中まで何も思いついていなかったので、本当に綱渡りで書いてるな、と思いました。書き終えた後にも、かなり直しています。

──そういう書き方だと、連載という形式は無理ですよね。

呉:無理です。「後から直せますよ」と言われることもありますし、もちろんそういう書き方をしている方もいらっしゃいますが、僕はそもそも書くのが遅いので、あまり向いていないと思います。それに、性格的に無理なんですよ。すぐに直したくなるので。連載4回目くらいで「1回目のあの設定を変えたい」となっても、その時点では変えられないわけです。イライラするし、自己嫌悪で「もう嫌だ!」となりそうじゃないですか(笑)。お誘いはありがたいのですが、心を守るために今は連載を持つ気はないですね。

感情のボルテージが上がる瞬間を書きたい

──『スワン』は吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞を受賞し、『おれたちの歌をうたえ』が直木三十五賞候補にノミネートされるなど、近年はめざましい活躍を見せています。呉さんが小説を書き続ける原動力は何でしょう。デビュー当時から作風の根幹は変わらないように感じていますが、当時と今とで原動力は変わってきましたか?

呉:難しいですね。デビュー前は、今とは違う意味で生活がかかっているというか、人生がかかっている感じでした。そういう意味では、僕にもスズキタゴサク的な生き方をしている部分があるんですよね。あまり器用じゃないし、人付き合いを永続的にしていこうという気持ちになれないし。チャンスがあっても就職を避けてきて、創作で人生を立て直そうと一点突破でずっとやってきました。なので、デビュー前は「世の中に自分を認めさせたい」という思いが、今よりもはるかに強かったように思います。

 ただ、今もそうですが、基本的に原動力となるのは感情なんですよね。面白い、感動した、ムカつく。何でもいいから、自分の感情のボルテージが上がる瞬間や出来事を書きたいんです。当時は今より情緒不安定でしたから、ボルテージが上がりやすかったというのはあるかもしれない。特に怒りですね。世の中に対する怒り、近しい人間への怒り、自分自身に対する怒り、とにかく苛立ちを抱えていました。怒りって便利なんですよ。ムカつくと、一銭にならなくても損得勘定なしに何か書きたくなりますから。それをうまく作品に昇華できればいいですけど、もし今もデビューしていなかったら本当にどうなっていただろう、と青ざめますが(笑)。

──今も、かつてのような怒りは持続しているのでしょうか。

呉:感情の振り幅が若干狭くなっていますね。理屈抜きで「これは書かねば」となるような感情の振れが、少しずつ理性に喰われている気がします。普段、ムカつく人に会わなくなっているからでしょうか(笑)。これがけっこう大きいんですよ。今はムカつきの財産を食いつぶしている感じですね。ですから、うまくまとまった作品は昔よりうまく書ける可能性はありますが、初期衝動は薄れているので「ムカつかないと」って思います。

──作品を書くうちに、そういった怒りはどう変質するんですか? 収まっていくのか、よりムカついていくのか。

呉:矛盾するようですが、うまく書けたらやっぱりうれしいんですよ。だから、その時点で怒りの順位は下がっています。うれしさが勝っているので。ただ、うまく書けないと余計ムカつく(笑)。最悪ですよ、そうなると自分にもムカつき始めますから。結局は自分の問題なので、自分を嫌いになってしまうんですよね。

 ただ、同世代のある作家さんとも話したのですが、自分たちは卑下することが多いし、自分の作品に絶対の自信を持てていないけれど、それは決して自分を低く見ているんじゃなくて、むしろ過大評価しているんですよね。「もっと書けたはずでしょう、俺」「最高の小説を書けたはずなのに、なんで普通の出来になってるの」と。ねじれた自己愛が色濃く出てきているわけですね。

──『爆弾』に関しても、やはり怒りが原動力になったのでしょうか。

呉:そうですね。世の中にはびこるスズキタゴサク的なロジックに、明確な怒りを感じていたので。ただ、最近気づいたのですが、読んでくれた人の中にはむしろスズキを応援している人が多いような気もしていて(笑)。悪を見ることで、自分の中の悪を昇華するようなところもあるので、否定はしませんが、「あれ、俺は何か間違ったのでは?」という気持ちもなくはない(笑)。ままならないです。

──書ききったことで、怒りに折り合いはつきましたか?

呉:どうでしょう。書き上げた直後は不安のほうが大きいので、今はまだわかりません。その不安は自分への怒りと表裏一体で、「なんでもっとうまく書けなかったんだ」と思ってしまうんですよ。ある程度時間が経って、たとえば文庫化する時にゲラを読み返したりすると、「あ、俺、けっこう面白く書いていたんだな」と思うことはありますが。

 何にしても、語れる作品になっていたらいいですね。最近、とある作品に対して、ものすごい怒りを感じたことがあって、知り合いに一晩中愚痴を語ったことがあるんです。でも、その作品に価値がないかと言えばむしろ逆で。思想的には、自分とはまったく相容れないけれど、そこまで怒って話せたのなら、いい作品です。『爆弾』も、スズキタゴサクに対して本当にムカついて終わる人もいれば、もしかしたら自分と通じるものがあると思う人もいるかもしれない。いろんな読み方ができるようになっていると思うので、ムカついた人が「なんで俺はこんなにムカつくんだろう」と考える機会になったらいいですね。まぁ、何はともあれ読んでほしいです(笑)。

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