ロコ・ソラーレの吉田知那美は北京五輪で密かに苦しんでいた。「自分のことを信じられなかった」

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2022年05月21日 12:02  webスポルティーバ

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ロコ・ソラーレ連続インタビュー
第3回:吉田知那美

第39回 全農 日本カーリング選手権(アドヴィックス常呂カーリングホール)が5月22日から始まる。その注目の大会を前にして、北京五輪で銀メダルを獲得したロコ・ソラーレの面々に話を聞いた――。




――北京五輪では銀メダル獲得、おめでとうございます。

「ありがとうございます」

――吉田知那美選手ご自身としては3度目の五輪でしたが、まずはそれぞれの五輪について簡単に振り返っていただけますか。最初は北海道銀行フォルティウス(当時)のメンバーとして臨んだ2014年ソチ大会。吉田知選手は22歳でした。

「う〜ん、(五輪)初出場のドキドキ、フワフワというよりも、やっぱり緊張が大きかったですね。日本のカーリングは、これから世界に挑戦するというポジションでしたから、全敗だって十分に起こり得ることでした。私個人は世界選手権の経験もなかったですし、今でこそ『オリンピックを楽しむ』なんて言っていますけど、当時はそんなことを言える立場ではなかった気がします」

――試合が始まる前日に小野寺佳歩選手(現フォルティウス)のインフルエンザ罹患が判明し、急きょラインナップを変更するトラブルにも見舞われました。

「それも含めて、本当に自分のことだけで精一杯だったと思います。チームで国際大会の経験があったのも、(小笠原)歩ちゃんと(船山)弓枝ちゃん(現フォルティウス)だけでしたから、ふたりには本当に頼りっぱなしでした。たいらちゃん(苫米地美智子/現富士急)や佳歩、そして私にもっと経験があれば、『他にできることがあったのかな』と今でも思うことがあります」

――競技以外のこと、こんな写真を撮ったとか、こんなお土産を買ってきたといった記憶はありますか。

「お土産は何も買っていないんじゃないかな。本当に余裕がなかったし、『私はオリンピックを楽しめる分際じゃない。それよりも、自分のやることやらなくちゃ』くらいに考えていた気がします」

――その後の平昌五輪や北京五輪では、楽しそうにプレーしていた吉田知選手からは想像できない姿ですね。

「もちろん、ソチでの滞在も楽しい記憶がまったくないわけではありません。ソチの時は選手村のゲートを出るとすぐにカーリングのアリーナがあって、毎日歩いて通っていたんです。その他にも、アイス競技の会場が徒歩圏内にたくさんあって、開会式などのセレモニーが行なわれたスタジアムを含め、整備された五輪の街をたくさん歩いたことは、すごくいい思い出です」

――その4年後、ロコ・ソラーレのメンバーとして平昌五輪に出場。その時も、ソチ五輪同様の緊張感はあったのでしょうか。

「平昌五輪の時は意識して(オリンピックを)楽しむようにしていました。勝敗とは別に、自分なりにテーマを持って臨んだ大会だったと思います」

――そんな心がけに至るまでの、何かきっかけのようなものはあったのですか。

「ロコ・ソラーレに入って、2015年から2016年にかけてJD(ジェームス・ダクラス・リンドナショナルコーチ)と接する機会が増えて、JDが『Stay Positive』であったり、多くの言葉をくれたことが大きかったですね。

 またその頃、(国際大会の)コンチネンタルカップに出場できたりして、世界のカーリング選手とも徐々に仲良くなって、友だちも増えていきました。それで、『みんなに会いに世界大会に行く』という感覚が生まれたこともあると思います」

――確かに、今回の北京五輪でもカーリングの出場選手はみんな顔見知りで、友だちといった感じに見えました。

「それは、カーリングのすばらしいところだと私は思っています。私たちが今、カーリングが本当に楽しいのは、お互いによく知っている相手だからこそ、その言動や置く石ひとつで駆け引きが存在している。だからこそ、ゲームとしての面白さが増していると思うんです。チーム同士や選手同士の関係性や豊富なデータを知れば知るほど、カーリングは面白くなるので、それが見ている人にも伝わればいいなと願っています」

――一方で、競技レベルが上がっていくと、どうしてもタフなゲームが増えていきます。吉田知選手にとって、北京五輪で苦しい試合、厳しさを感じる試合はありましたか。

「韓国戦(5−10で敗戦)がつらかったです。私のラインコールで、さっちゃん(藤澤五月)の石をことごとくミスにしてしまいました。さっちゃんは投げも、ウエイトもよかったし、スイーパーも私のコールどおりに頑張ってくれたのに、私のせいでスチールされてしまうシーンもありました。

 サードのラインコールって、絶対に決めないといけない石をコールするわけですから、カーリングでも大切な仕事のひとつなんです。それについては、JDとも何度も話をしてきたんですけど、(韓国戦では)私のイエスの声ひとつで失点を重ねてしまい、自分を疑い始めてしまったんです。

 正直、韓国戦のあとの2、3試合は全然ダメでした。自分のことを信じられなかったですね。私は、人のミスには『大丈夫だよ』って言えるけど、自分のミスにはそう思えない弱さがあると感じています。そこで、『大丈夫』と思える強い選手になりたいんですけど......」

――そんな状態にありながら、明るく振る舞って戦い続けていたと思います。

「JDも、(石崎)琴美ちゃんも、(日本から連絡をくれた)母親も『大丈夫、大丈夫』と言い続けてくれて。自分のことは信じられなくなっていたのですが、自分のことを信じてくれる人がいたから、その人たちを信じることで、間接的に自分を信じて氷に乗ることができました。

 自分ができないんだったら人に頼って、途中からは、わからないことはさっちゃんにも伝えて、ラインコールも手伝ってもらい、少しずつ修正していった感じでした。大会を通して自分を信じることができなかったけど、チームのことは信じることができました」

――ラウンドロビン(総当たりのリーグ戦)の最終戦を終えた時には敗戦を覚悟。しかしその後、セミファイナル進出の吉報を得るというドラマがありました。一度は敗戦の弁を口にしながら、歓喜の瞬間が訪れたシーンは今大会のハイライトのひとつでした。

「あ〜、あれは本当に恥ずかしいし、ダサかったですね(苦笑)。きちんと確認しておけって話ですからね。親切で情報を教えてくれたアナウンサーさんに申し訳なくて、あとで謝りにいきました」

――敗戦を覚悟したのは、ラウンドロビン終盤までLSD(ラストストーンドロー。※試合前の練習後に投石して先攻・後攻を決めるものの平均値)の成績が下位だったこともあるのでしょうか。

「そうなんです。終盤を迎えるまで下から3番目ぐらいだったのかな。でも、言い訳するわけではないんですけど、本当に目の前の試合、もっと言えば(その日の)アイスの変化にみんな集中していて、今日は昨日の試合からどこを変えていくのか、それしか考えていなかったんです。

 今振り返ると恥ずかしいですけど、それでも試合に向かう姿勢としてはよかったと信じています。あの試合に本気で挑んで負けたことで、しっかりとデータもとれて、準決勝に向けてのいい準備ができた部分はあったと思います」

――スイス代表との準決勝を制して、日本カーリング史上初の五輪ファイナルへ。残念ながら敗れてしまいましたが、「ファイナル慣れ」というキーワードがフロントエンドのふたりからは聞かれました。

「それは、今後の課題になってくると思うんです。カーリングって、基本的には複数あるシートのなかでいくつもの試合が同時に進行するものですから、1シートだけの試合って、シーズンでも1度か2度くらいしか経験できないんですよね。その貴重な経験を多く得るには、強くあり続けないといけない、ということを改めて感じました」

――決勝戦を振り返って、吉田知選手個人として何か反省点はありましたか。

「欲張ってしまったんです」

――というのは。

「私は試合前にいつも、前の試合で出たミスを修正しようと、注意すべきことをひとつ、多くてもふたつに絞ってアイスに乗るんです。でも、あの日は全部、完璧にしたかった。すべてでいいパフォーマンスを見せたいって、欲張ったんですよね。

 ウエイトコントロールも、スイープも、ラインコールもぜんぶをほしがった結果、何ひとつできなかった。ファイナルだからなんですかね? そんな器用な人間じゃないことは、自分でもわかっていたはずなんですけど......。まだまだ精進しなくては」

――さて、五輪銀メダルを手土産とした凱旋試合とも言える日本選手権が始まります。残念ながら無観客での開催となりますが、テレビ中継などを通して多くのファンが観戦すると思います。どんな試合をしたいですか。

「私たちは決して国際大会でのメダルをたくさんもらっているわけではないので、メダルどうこうというのはあまり意識していないかもしれません。銀メダルをいただいたのは本当に光栄ですが、それよりも『ロコ・ソラーレの、チーム藤澤のカーリングが好き』と言ってくれるファンが増えたことが本当にうれしいので、それに見合った、私たちらしいカーリングをお見せしたいと思っています」

吉田知那美(よしだ・ちなみ)
1991年7月26日生まれ。北海道北見市生まれ。2014年ソチ、2018年平昌に続いて2022年北京と、3大会連続での五輪出場は日本カーリング界初。このオフにしたいことは「クラフトビールの飲み比べ」。

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