ロコ・ソラーレの藤澤五月が「投げ直したい」と悔やむ北京五輪でのショット。「あの一投で勝敗が決まった」

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2022年05月22日 07:41  webスポルティーバ

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ロコ・ソラーレ連続インタビュー
第5回:藤澤五月

第39回 全農 日本カーリング選手権(アドヴィックス常呂カーリングホール)が5月22日から始まる。その注目の大会を前にして、北京五輪で銀メダルを獲得したロコ・ソラーレの面々に話を聞いた――。




――北京五輪での銀メダル獲得、おめでとうございます。2度目の五輪はいかがでしたか。

「ありがとうございます。楽しかったです。(前回の)平昌五輪の時は自分のことでいっぱいいっぱいだったんですけど、今回はもっとちゃんとオリンピックを楽しもうと思って、日本のチーム、選手が出場している競技をチェックしてみんなで応援していました。

 他の競技を見ることで、またいろいろな感情が生まれると思っていて、そういうのもしっかり感じたいと思っていました。そういう意味では、改めてしっかりと五輪を楽しめた気がします」

――各選手にそれぞれに、氷上で何があったのか振り返ってもらったのですが、藤澤五月選手にはまず、ご自身のベストショットを挙げてほしいと思います。

「う〜ん、あまり自分のいいショットって覚えていないんです。決まらなくて悔しいとか、『もう一度、投げたい』というようなショットのほうが多いんですよ」

――それはあとでうかがうとして、まずは好ショットからお願いします。

「みなさんがよく言ってくれるのは、デンマーク代表戦(8―7で勝利)の最後のダブル(テイクアウト)ですかね。あの試合、勝てていなかったら、そのまま順位を落としていたかもしれないという危機感がありましたし」

――ドローはいかがでしょう。記憶に残っている好ショットはありますか。

「準決勝のラスト(ショット)ですかね。ああいうドローで試合を終えられると、『ちゃんと勝てたな』と思えるので、しっかり決めることができて安心しました」

――チームメイトの印象的なプレーはありますか。

「本当にチームにはずっと助けられていたのでたくさんありますが、パッと思い浮かんだのは、準決勝の3エンド目のラストロックですかね。ちな(吉田知那美)が早い判断でコールを切り替えて、ダブルにしてくれて助けてくれました。『ちな、マジでありがとう!』でした」

――その吉田知選手も、鈴木夕湖選手も、大会中に苦しい時期があって、そのうえでの銀メダル獲得だったという話をしてくれました。

「夕湖の投げはずっとよかったんですよ。それでもミスになっちゃうのは、私の幅の取り方が悪かったなとも思っていたのですが、夕湖はきっとそう思っていなかったんでしょうね。本当に紙一重だったと思います」

――先ほど話に出ました「悔しいショット」というのは、どの試合のものですか。

「まずは初戦、スウェーデン代表戦の9エンド目ですね。4点取れなかったラストロックです」

――スウェーデンのナンバー2ストーンを出すか、押すかして、シューター(投げる石)を残せば4点というビッグエンドになるチャンスでした。

「簡単なショットとまでは思っていなかったんですけど、スウェーデン代表戦は初戦でしたし、あのショットだけでなく、全体的に『勝たなきゃ』って、自分で自分を緊張させていた気がします。どこか力んでいたんですかね。すごい悔しかった」

――その悔しさやプレッシャーはどのように解消していったのでしょうか。

「(初戦で)負けたあと、軽井沢でジュニアの頃からずっとお世話になっていて、家族のように応援してくれている方からLINEをいただいたんです。ふだんは大会中に連絡をくれる方ではないんですけれど、私の表情を見て心配してくれたみたいで」

――どんなメッセージだったのでしょう。

「『結果なんていいじゃん』というような感じのもので。あの試合だけではなく、今回のオリンピック期間中、その言葉にめちゃくちゃ助けられました。

 言葉という意味では、(石崎)琴美ちゃんにも本当に救われました。ラウンドロビン(総当たりの予選ラウンド)の最終戦の前くらいですかね。場合によっては、どのチームもあと1試合でオリンピックが終わってしまう状況で、ふとアイス全体を見渡したら、どの選手もみんなシリアスな表情を浮かべていて......」

――最終戦ならではの緊張感があったのでしょうか。

「そうですね。でも、選手はみんな(世界カーリングツアーの)グランドスラムで戦っているメンバーなんですよね。グランドスラムの時はみんな、もっと笑顔でアイスにいるのに、(その時と)同じチームなのに、やっぱりオリンピック特有の雰囲気があるのかなとは感じました」

――そうした緊張感は、心地いいものなのでしょうか。それとも、プレッシャーが襲ってくるような怖さを感じるものなのでしょうか。

「というより、ハッとさせられるというか。ここにいる全員、カーリングがうまい人なのに、ここまでシリアスになるんだなと気づいたというか。

 そんなことを琴美ちゃんに話をしたら、『そうだよ。シリアスになりすぎても、もったいない。楽しんで』と言ってくれて。それで、ラクになりましたね」

――人に助けられたという意味では、JD(ジェームス・ダグラス・リンド)ナショナルコーチが準決勝のスイス代表戦を前に、藤澤選手の手の甲に「BE SATSUKI★ENJOY」と書いたというエピソードも話題になりました。

「ラウンドロビンの終盤で負けが続いてしまったりと、若干自信を失いつつあったんですよね。『誰かになりきったほうがいいのかな』とか考えたりもして。もともと私はジェニファー・ジョーンズさん(カナダ代表)に憧れていたので、『彼女ならどう振る舞うだろう』とかイメージしたり。

 そんなタイミングだったので、試合直前のミーティングのあとに、JDに『なんか書いて』とお願いしたら、『BE SATSUKI(五月らしく)』だったからちょっと驚きました」

――「誰かになりきる」みたいな話をJDコーチにしていたのですか。

「一切、していないんですよ。だから、『あれ? なんか(自分の心の中を)読まれてる!?』って驚きました」

――そうして"自分らしさ"を取り戻して、準決勝のスイス代表戦を快勝。続いて、日本カーリング史上初の五輪決勝に挑みました。結果は銀メダル。選手たちは皆、ファイナルへのアプローチ、準備や経験といったことを課題に挙げて話をしてくれました。

「オリンピックのファイナルで勝つチームってきっと、平昌五輪の時の、男子のアメリカ代表のように勢いを持って(決勝戦に)入っていくか、『絶対に勝つ』という強い気持ちを持って挑むか、どっちかだと思うんです。今回の(男子金メダル、スウェーデン代表のニクラス・)エディンからも、(女子金メダル、イギリス代表のイブ・)ミュアヘッドからも、本当に勝ちたいという気持ちが伝わってきました。

 もちろん、私たちも勝ちたかったんですけれど、準決勝を勝って前回の結果を超えて、銀メダル以上が決まって......。満足はしていないんですけど、安心した部分はあったかもしれません。

 私は『ここまで来たら、勝っても負けてもどっちでもいい。そう思ったほうがいい結果になるかもしれないな』と思ったりしていて。勝ちへの強い気持ちという意味では、少なくともミュアヘッドには及ばなかったなと思っています。最初に触れた『もう一度、投げ直したい』というのも、決勝戦でのショットですね」

――どのショットですか。

「5エンド目の最後のショットです。当ててはいけない(狙ったストーンの外側の)ほうに当ててしまい、スチールされてしまって......。あとで振り返ると、あの一投で実質、勝敗が決まったショットではあったので、やっぱり『もう一度、投げたいなあ』と今でも思います」

――五輪シーズンということもあり、本当に長いシーズンになりましたが、最終戦となる日本選手権への抱負をお願いします。

「まずは全員が最後まで体調を崩すことなく、笑顔で日本選手権を終えることがチームとしての1番の目標です。そして、長いシーズンを支えてくれたたくさんの方に、私たちの試合を見て笑顔になってもらえるような大会にしたいなと思います!」

藤澤五月(ふじさわ・さつき)
1991年5月24日生まれ。北海道北見市生まれ。北京五輪の銀メダル獲得で、世界でも五指に入るスキップに。このオフにしたいことは「ゴルフ」。

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