プロ野球史上初の快挙も…巨人が「セ・パ交流戦」で記録した“印象的な本塁打”

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2022年05月23日 07:14  ベースボールキング

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写真記憶に残る“あのシーン” (C) Kyodo News
記憶に残る“あのシーン” (C) Kyodo News
◆ 24日から交流戦が開幕!

 プロ野球の2022年シーズンも開幕から約2カ月が経過。

 日曜日まででレギュラーシーズンの戦いは一旦休止となり、24日(火)からは「セ・パ交流戦」が開幕する。




 セ・リーグは昨季王者のヤクルトが首位で交流戦を迎え、そこに巨人と広島が僅差で追走する展開。2位・巨人としては、交流戦でギアを上げて先頭に立ちたいところだ。

 過去の交流戦を振り返ってみると、巨人には“ファンの記憶に残る一発”が多い。そこで今回は、交流戦で飛び出した巨人の印象的な本塁打について紹介してみたい。

 まずはノーヒットノーラン寸前の9回二死から、快記録を阻止した“あの一撃”から。



◆ 9回二死から「ノーノー」を阻止した一発

 2005年5月13日の西武戦。巨人打線は西武先発・西口文也の強気の内角攻めと“伝家の宝刀”スライダーに翻弄され、8回まで無安打・1死球の無得点とほぼ完ぺきに抑えられてしまう。

 堀内恒夫監督も「スライダーの意識があって、直球にも遅れていた」とお手上げの態。0−6と一方的にリードされて、9回表の攻撃を迎えた。

 ゲーブ・キャプラーは投ゴロ、仁志敏久も三飛に打ち取られてたちまち二死。あと1人でノーヒットノーラン……。そんな追いつめられた状況で打席に入ったのが、28人目の打者・清水隆行だった。


 3年前、2002年8月1日の中日戦。川上憲伸にノーヒットノーランを達成されたときに、最後の打者として遊ゴロに倒れていた清水。同じ轍を2度と踏みたくない気持ちとともに、「明日の試合につながるような打撃を心掛けたい」と最後の意地を見せようとしていた。

 そして、1ストライクからの2球目。ボール球にするつもりで捕手・細川亨が要求した真ん中低めスライダーが甘く入ってくるところを見逃さずひと振り。快音を発した打球は、ノーノー阻止弾となって右翼席に突き刺さった。

 9回二死から本塁打でノーヒットノーランを止めたのはNPB史上初。清水は「(本塁打は)たまたまだよ。入ると思わなかったが、ほっとした」と振り返り、堀内監督も「清水?とにかく、よく打った。(凡退していたら)不名誉な記録になっちゃうと」と安堵の表情を浮かべた。


 ちなみに、清水は1999年4月24日の横浜戦でも、7回一死までパーフェクトの斎藤隆から初安打を放ち、2002年10月5日の阪神戦でも7回の先頭打者として井川慶のパーフェクトを阻止。さらに、前出の川上のノーヒットノーランの際にも四球で唯一の走者となり、結果的にパーフェクトを止めている。

 一方、2002年8月26日のロッテ戦でも、9回二死からノーヒットノーランを逃している西口だが、2度目の“ノーノー未遂”は最後の最後で一番厄介な打者に当たってしまったと言えるかもしれない。


◆ 史上初の「プロ初打席サヨナラ本塁打」

 清水同様、交流戦で「NPB史上初」の快挙弾を放ったのが加治前竜一だ。

 2008年6月6日のロッテ戦。3−3で迎えた延長10回裏、巨人は一死からライトの守備で途中出場していたルーキー・加治前にプロ初打席が回ってきた。外野陣の故障離脱が相次ぐなか、6月1日に一軍初昇格をはたし、これまで2試合守備固めで出場していた。

 身長175センチと大柄ではないが、パンチ力と強心臓が売りの23歳は「こんなに早く(3試合目で)チャンスを貰えるとは思っていなかった。でも、緊張はなかった。その前(10回表)の守備から試合に入れていたので」と打ち気満々。カウント1ボールから川崎雄介の外角チェンジアップをファウルした。

 「(3球目も)変化球で入ってきそうだなと思いましたけど、あくまでも真っすぐ待ち」と直球に的を絞っていたところ、外角チェンジアップだったにもかかわらず、「体がうまく反応して」ジャストミート。右翼席にMLBでも例のないNPB史上初のプロ初打席サヨナラ本塁打を叩き込んだ。


 思わぬビッグサプライズに、東海大の先輩にあたる原辰徳監督も「どでかいことをやってくれた。今後も史上初の何かをしてくれる選手になってほしいね」と大喜び。

 一方、本人は「初ですか?そういうキャラじゃないんですけど。本来?控え目ですよ」と戸惑うばかりだったが、2012年にもシーズン8打点中4打点が勝利打点となり、4度ヒーローインタビューを受けるなど、不思議な引きの強さを持った選手だった。


◆ 「代打の代打」が逆転満塁弾、球団史上初の快挙

 最後は球団史上初の快挙弾を記録するという、もう一人の引きの強い選手を紹介する。矢野謙次である。

 2007年5月31日のソフトバンク戦。巨人打線は新垣渚の前に6回までゼロ行進を続けていた。だが、0−3の7回、一挙に反撃に転じる。

 先頭の李承が中前安打で出塁。一死後、阿部慎之助も中前安打、デーモン・ホリンズも代わった佐藤誠から四球を選び、満塁とした。

 ここで原監督は代打に清水を送ったが、ソフトバンク・王貞治監督も左対左で篠原貴行をぶつけてきた。すると、原監督は「考えていくなかで、役割は矢野」と代打の代打に矢野を指名した。

 「この間も同じ場面はあった。清水さんの次は自分。いつでも行けるように心の準備をしていた」という矢野は、1ボールからの2球目、篠原の外角寄りの直球をフルスイング。左翼席中段に起死回生の逆転満塁本塁打を叩き込んだ。

 代打の代打による逆転満塁弾は、球団史上初の快挙。原監督も「見事でした。こういう力のある選手がベンチにいることが大きい」と賛辞を惜しまなかった。


 矢野は同年6月11日の日本ハム戦でも、0−0の8回に代打で登場。「気持ちで打ちました」と武田勝から、ソフトバンク戦のときと同じ東京ドームの左翼席中段に決勝ソロ。代打本塁打による1−0の勝利は、球団では藤本英雄が1949年6月18日の南海戦で記録して以来、58年ぶり2人目の珍事だった。

 同年、矢野は代打を中心に7本塁打・29打点のシブい脇役に徹し、チームの5年ぶりリーグVに貢献している。


文=久保田龍雄(くぼた・たつお)

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  • 巨は、交流戦でフルボッコの印象しかないが、去年からパがイマイチなので上位に出てきそう。
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