日本の小学校の「算数セット」の細かい記名はアメリカ人には狂気 ラクにならないのはなぜ?

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2022年05月24日 07:00  AERA dot.

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写真算数セットの記名。大変だと思い込んでいましたが……。(画像/筆者提供)
算数セットの記名。大変だと思い込んでいましたが……。(画像/筆者提供)
 「あなたたち、どうかしてるわよ」


 アメリカ人の義母が言うと、義妹も応戦します。


「うん、常軌を逸している。私なら絶対ムリ」


 ふたりが何に驚き呆れているかというと、小学校の算数セットです。この4月に小学生になった娘のクレヨン、クーピーに1本ずつ記名をしていると画像付きで報告すると、「さすが日本人は几帳面ねえ」と感心した返事がきました。そこで、クレヨンなんかは序の口とばかりに算数セットの画像も送ったのです。日本で子どもの入学準備をされたことのあるかたならおわかりでしょう。おはじき、数え棒のひとつひとつにしらす干しかと思うくらい細い名前シールを貼る、あるいはしらすの目ほど小さな字で名前を書く、気の遠くなるような作業のことを。


【子育て中の男性たちの本音】
 さらに感心してくれるかと思いきや、義母と義妹の反応は先のように冷めたものでした。「ドン引き」という日本語が、私の頭に浮かびました。普段は日本の文化についてとても好意的な義理の家族が、こんなに白けた反応を見せるのは初めてのことです。


 約1年前、この連載で「日本より断然ラクなアメリカの入園・入学準備 秘密はお道具のシェア」という記事を書いたように、アメリカではバッグや水筒などごく一部の持ち物を除き、物品に細かく記名することはありません。クレヨン、絵の具、画用紙といった学用品は各家庭で購入して持ち寄り、クラス全員で共有するからです。


 学用品が共有になれば色々な準備がかなりラクになると思うのですが、日本ではなぜならないのだろう。特に算数セットなんて小学校生活の序盤しか使わないし、自宅で使うことも今のところなさそうなのに。個人で所有し、ひとつひとつに記名する理由として「物を大切にする気持ちが育つから」と学校から説明がありましたが、もともと日本人は共有・専有、記名の有無にかかわらず物を大切にする傾向があると個人的には感じます。アメリカと比べたら物持ちはいいし、食べ物は残さず食べるし、公園や公衆トイレのきれいなことといったら!


 算数セット記名の問題提起をすると、「あれは苦行だ」と共感してくれる人がいる一方で、「私は全然苦じゃなかった」という人もいました。手先が器用で、時々かわいい手作り手芸グッズをプレゼントしてくれる友人は各文字同じサイズで等間隔に記入することをむしろ楽しんで行ったといいます。誰もが細かい記名を疑問視しているわけではないんだ、と目の覚めるような思いでした。



 日本の学校生活には、是非を問われるものがたくさん存在しています。校則、大量のプリント、PTA活動、部活動、ランドセル――。正直アメリカに住みながら外から日本の学校に対する議論を眺めているときは、どれもが慣習や妥協策として続いているのだと思い込んでいました。「変えるのが面倒だからなんとなく」とか、「よりよい解決策がない」とか、消極的な理由で続いているのだろうと。なんなら義理の家族が言ったように「日本人、どうかしてる」と思っていました。


 でも日本に越してきて、自分の子どもが日本の小学校に通い始めた今では、その伝統が積極的に受け継がれていることがわかります。「大変だと思わない」、あるいは「確かに大変だけど変えるほど苦ではない」「子どものことを考えると変えない方がいい」、はたまた「絶対に必要だ」と思う人がいるからこそ続いているのだと。私自身、たとえばランドセルなんてリュックサックにしてしまえばいいのにとアメリカにいる頃は思っていましたが、いざ自分事となると娘にはランドセルを背負わせています(ランドセルについてはここに書ききれないのでまた次回に!)。


 何事もそうですが、現状肯定派、現状維持派の意見はメディアにはなかなか現れません。ですから外国からメディアだけを通して見ていると、どうしても日本の学校生活は問題だらけに思えてしまいます。もちろん一方で、大変なのにガマンしている人、そして当然のことと思って是非を問う必要性を感じていない人がいることもわかります。「算数セット記名の大変さって、恒例行事かと思ってた」という人が。だからこそ「その大変さ、変えられない?」と声を上げる必要性があることも。


 娘の算数セットには、名前シールが同梱されていました。私の母によると、30年前は手書きで記名していたからシールがあるだけでも楽になったんじゃないかとのことです。シールを貼るだけなら小1の子どもにもできるので、というか指が細くてシール好きな娘のほうが適任なので、記名作業はほとんど娘に任せ、親の負担は実のところそこまで大きくありませんでした。きっと先人たちが声を上げ、変えてくれたおかげです。物事は確実によくなっている。それを実現するためには、やはり声を上げ続けなければいけません。


〇大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi


※AERAオンライン限定記事


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  • 本音と建前の社会なので、基本、人のことなど信用しないのが、日本人の本音。よって、経済活動にモロにそれが出た結果、ここ数十年、全く成長せず。考えれば分かる話。
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