賞レース至上主義のお笑い界、一時テレビを離れたゴリが見た過去と現在「今は可視化された気がする」

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2022年05月24日 08:40  ORICON NEWS

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写真50歳にして小説デビューしたゴリ (C)oricon ME inc.
50歳にして小説デビューしたゴリ (C)oricon ME inc.
 沖縄が本土復帰した1972年に生を受けたガレッジセール・ゴリも、今年50歳。人生の折り返し地点で小説家デビューを果たしたほか、最近ではかつて人気を博したキャラクター・ゴリエも再注目されている。近年は映画監督としての活動が目立っており、テレビからは少し離れていた時期もある。ゴリはその時、何を思い、お笑いシーンをどう見たのか。現在と『ワンナイR&R』(フジテレビ系)が流行った00年代前半の違い、賞レース重視の昨今の風潮への考えを聞いた。

【写真】「厚塗りの蝋人形」? 50歳のゴリエ、16年ぶりの地上波でギリギリ限界突破

■「『キング・オブ・コント』の決勝まで、残れるネタを作れる人間でもない」

――映画監督として13本の作品を撮ったほか、ゴリエも今年再ブレイク。そして今回、『海ヤカラ』(ポプラ社)で小説家としてもデビューしました。多方面に活躍していますが、ゴリさんご自身の肩書としてはやはり“芸人”なのでしょうか。

【ゴリ】“芸人”だと言いたいんですが、他にすごい芸人さんがたくさんいすぎていて(笑)。僕は話術もそこまでありませし、「まあウケるかな」くらいのネタは作れるんですけど、『キング・オブ・コント』の決勝まで残れるかと言われれば、そこまでのネタを作れる人間でもない。だから、“芸人”というより“エンタテイナー”でありたいという思いはあります。

――人が楽しんでくれる存在でありたい?

【ゴリ】僕自身がどれだけしんどい状況だったとしても、人が笑ってくれると栄養をもらえているんですね。エネルギーを消費したはずなのに、栄養が増えている。いただけているのは、こちらの方なんですよ。お笑いの人はおそらく、皆そう感じていると思いますけど。

――では、主戦場がテレビではなかったここ数年は、栄養不足だった?

【ゴリ】いえ、映画をずっと撮り続けていましたし、舞台もありましたから。ただ単に、テレビに呼んでいただけなかっただけ…(笑)。呼んでもらえないなら、それはそれで仕方なく、呼んでもらえるまで頑張ればいいかなという気持ちでいました。どんな形であれ、自分が何か表現するエンタテイナーであるならば、何らかの栄養はもらえるものなんです。でもこうして俯瞰して見てみると、テレビに出続けている人って本当に化け物だと思いますよ(笑)。

――かつて『ワンナイR&R』などに代表されるお笑い“タレント”が活躍していた時代と、賞レースで勝ち抜いた“芸人”が注目される昨今では、少し変化が見られるように思います。最近のシーンをどう感じていますか?

【ゴリ】いえそんな、僕は語れるほどの者ではないんですけど(笑)。でも、賞レースで勝ち上がった人が売れる今は、すごく夢があると思います。

――ゴリさんが若い頃はどうだったんしょう。

【ゴリ】僕らも、そりゃ頑張りました。例えば、吉本だけでも芸人は6千人ほどいます。テレビに出てなくても、楽屋で面白い人っていうのもいっぱいいるんですね。そんななか僕らの時代は、プロデューサーの好みがテレビのレギュラー獲得に影響していた部分もあると思うんです。一方で今の賞レースは、全国の人が見ているわけだから審査員も偏った審査は絶対にできない。そこを勝ち上がった人が売れていくわけですから、視聴者の方からも公平な売れ方に見えるのではないでしょうか。なんか、可視化された気がしません?

――より、実力主義的な。

【ゴリ】そうそう。優勝さえすれば、決勝まで残れば、売れる。そういう人たちが多くの番組に出演していても、納得感があると思うんです。いえ、決して僕らが邪道というわけではありませんよ(笑)。僕らが若手の時も、他にはなかった「エンジョイプレイ」というブリッジを編み出し、コントにプラスしたことでオーディションに受かりまくって。その後は、バラエティーでも舞台でも、そこでとにかく目立つ…というのし上がり方でした。

――今の若手を見ると、また違いますか。

【ゴリ】そうですね。それに今の若手は感性もすごいですから。僕なんて、パソコンで言えば、Windows95が出る以前のOSみたいな脳ですからね(笑)。

――もしゴリさんが今若手で、賞レースに挑戦するとしたら…?

【ゴリ】いやあ、つらい質問だな! 勝てないな…、でも勝てないって言うのは嫌だな。勝つよう頑張ると思います!(笑)。

――そんな状況の中で、20年近く前に大人気だった“ゴリエ”のキャラクターが再ブレイク。どう受け止めていますか?

【ゴリ】照れくささが大きいです。50歳のおじさんが、Gカップのブラジャーにミニスカートで「ペコリ」とか「よろこび」とか…。本当は、やるのが怖かったんです。ダンスだって、昔は3日で覚えられたものが、今は1ヵ月かかります。顔のメイクも、左官屋さんでも呼んだのかと言うぐらい厚塗りの蝋人形なもので(笑)。不安ばかりだったのですが、視聴者の方からは「16年ぶりのダンスを見て泣きました」など、本当にうれしい声ばかりで。やって良かったと、ほっとしました。

――さらに今回、児童小説『海ヤカラ』で50歳にして小説家デビューも果たしました。

【ゴリ】初めてのことだったので、不安4割、せっかくのチャンスだからやってみたい6割。そうして、2年かけてようやく完成しました。

――小説は、映画の脚本を書くのとは違う難しさがありました?

【ゴリ】映画だと、セリフとト書きで終わらせられるところが、小説だとそうはいかない。青い海の描写でも、それが薄い青なのかターコイズブルーなのか。人の怒り方にしても、いろいろあるじゃないですか。我慢しながら握りこぶしを震わせる怒りもあれば、大声を張り上げる怒りもある。俳優さんに演出するのとは違い、言葉だけで多種多様な表現をしなければいけない。今回やってみて、小説家というのはとんでもない才能の持ち主だなと感じました。だから、芥川賞なんて獲っている又吉(直樹)くんは恐ろしい…!

――でも、負けたくない?(笑)。

【ゴリ】いや、勝てる気がしないです(笑)。でも僕は、物語を作るのが好きなんですよ。今まではそれを表現するのが映画しかなかったんですけど、小説という形があるのを知れたいい機会でした。今年、沖縄の本土復帰50周年。返還されたのは僕らの父母世代の出来事ではあるんですが、それが子どもたちに影響していることもあるんです。主人公ヤカラの活躍とともにそういった部分も描いているので、ぜひ知っていただけたらと思います。

――様々な活動をしているゴリさんですが、今後の夢は?

【ゴリ】リアルな夢でいうと、仕事半分、土いじり半分になれたらうれしいです。自給自足の生活に憧れていて、塩も醤油も味噌も自分で作りたいし、食べる魚も自分で漁をして獲りたい。将来、芸能活動の拠点をどこにするかはわからないですが、沖縄で舞台やロケの活動をしつつ、あとはスローライフを送りたいですね。

 …あと、ゴリエで一回、沖縄に行ってみたい。沖縄はすごく暑いので、ゴリエの油絵(メイク)が落ちてオバケみたいなことになるかもしれませんが(笑)。とにかく、人から喜んでもらえる仕事をして、皆さんから栄養がもらえる、そんな生き方も続けられたらうれしいです。

(文:衣輪晋一)

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  • とはいえ、有吉と一悶着あったのだから、そこには出れないだろうし、たかが知れてそうだけどね
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