『ベター・コール・ソウル』の“後の展開”を知る者はいない ラロのキャラを変える演出も

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2022年05月24日 10:01  リアルサウンド

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『ベター・コール・ソウル』シーズン6(Netflixにて配信中)

※本稿は『ベター・コール・ソウル』第5話、第6話のネタバレを含みます。


 眠れない。ラロ(トニー・ダルトン)生存の知らせを聞いたキム(レイ・シーホーン)はそのうすら寒い気配に眠ることができない。夜中にベッドを抜け出ると、玄関の施錠を確認し、ノブの前に椅子を立てかけた。


【写真】『ベター・コール・ソウル』シーズン6アザーカット


 ラロによって眠りを殺されたのはガス(ジャンカルロ・エスポジート)も同じだ。表の仕事はままならず、マイク(ジョナサン・バンクス)による厳重な警備にも心が休まることはない。いや、彼は何かに気付いたようだ。中断しているラボ建設現場に赴くと、重機の隙間に拳銃を隠した。続く第6話では演じるジャンカルロ・エスポジートが監督を担当。演技プランの延長であったキム役のレイ・シーホーン監督回の第4話とは対象的に、ガス不在のエピソードでありながら今後の展開を予見できているのはガス唯一人という、物語を象徴するかのような手堅いディレクションを見せている。


 『ベター・コール・ソウル』シーズン6の第1話以後、姿をくらましていたラロはドイツにいた。彼はラボ建設に携わった技術者ヴェルナー・チーグラー(ライナー・ボック)の妻マルガレーテ(アンドレア・スーチ)に接触する。ヴェルナーは長期間に及ぶ建設工事に精神衰弱し、ガスの目をごまかして妻との旅行に出かけようとしたことで命を落とした。ドイツから呼び寄せられたマルガレーテは、夫の「いいから帰るんだ」という電話に説得され、ワケもわからぬまま帰国。そして夫が“落盤事故”で帰らぬ人となったことを知らされたのである。


 この第5話では、さり気ないが、ラロのキャラクターを変える決定的な演出が施されている。ラロは何も知らないマルガレーテを自宅前まで送り届けると、踵を返し、そして“消失”する。時制演出の1つではあるものの、まるでデヴィッド・リンチ映画のようなタイミングと絵作りにドラマの空気はぐにゃりと変わり、「国外逃亡をしたカルテル幹部がドイツに渡航し、わずかな手がかりを頼りにラボ建設作業員を追い詰める」というシーズン6のリアリティラインを補強している。ラロは誰もがいつか直面する死の象徴であり、このエピソードでマルガレーテは何度も目に見えない選択の結果、その運命から逃れているのだ。


 その頃、ジミー(ボブ・オデンカーク)はハワード破滅計画の決行日=D dayを目前にしていた。こうまでしてハワード(パトリック・ファビアン)は断罪されるべき人物なのだろうか? シーズン4を思い出してほしい。ビジネスパートナーであるチャックの死後、HMMの経営は傾き、憔悴するハワードにジミーは気遣いの言葉をかけ、時に発破をかけていた。これまで幾度となく見下された鼻持ちならないヤツだが、生前の兄チャック(マイケル・マッキーン)が最も懇意にしていた人物であり、大切な人を失くした者同士として一目置いているようにも見えたのだ。


 シーズン6ではそんなハワードのキャラクターが掘り下げられている。家庭ではせっかく作ったカフェオレを妻に無下にされる哀れな夫であり、あの手この手で嫌がらせをしてくる“ジミー問題”に直面するや、殴り合えば憂さも晴れるだろうとボクシングでの決着を提案するフェアな一面の持ち主でもある。そんなハワードを破滅させようとするジミーの表情は悪事のスリルに身を任せている瞬間はあるものの、一貫してどうにも冴えない。ボクシングに挑み、返り討ちにあったジミーは言う。「ハワードを無視して立ち去るべきだったのに、なぜ誘いに乗ったのだろう」。そんな彼にキムは返すのだ「あなたは知ってるからよ。後の展開を」。


 いや、『ベター・コール・ソウル』において“後の展開”を知る者は誰もいない。計画の破綻から中止を訴えるジミーを尻目に、キムは転落の道へとハンドルを切る。少女時代に見た母親の万引きが、ジミーによって知った悪事の快感が、彼女に事は成ると思わせたのか。次回、シーズン6は前半部の最終回を迎える。


(長内那由多)


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