箱根駅伝で「男だろ!」の声かけに違和感。駒澤大時代を山下一貴が振り返る「2年時は抜かれすぎて何も感じなくなった」

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2022年05月24日 11:11  webスポルティーバ

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2024年パリ五輪のマラソン日本代表の座を狙う、箱根駅伝に出場した選手たちへのインタビュー。当時のエピソードやパリ五輪に向けての意気込み、"箱根"での経験が今の走り、人生にどう影響を与えているのかを聞いていく。

※  ※  ※  ※

パリ五輪を目指す、元・箱根駅伝の選手たち
〜HAKONE to PARIS〜
第2回・山下一貴(駒澤大―三菱重工)前編

前回(星岳編)を読む>>




自分たちは駒澤大のなかで「弱い代」

 大阪マラソン・びわ湖毎日マラソン統合大会で、36キロ過ぎから先頭集団を形成し、最終的に2位となり、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)出場権を獲得した山下一貴(やました・いちたか/三菱重工)。駒澤大時代は、2年生の時から3年連続でエース区間の2区を駆け、卒業後はマラソンをするために地元・長崎に戻ってきた。競技に集中できる環境で結果を出し、2022年アジア大会(延期が決定)の男子マラソン代表にも選出され、今後の活躍が期待されている。

「本当は、高校を卒業して、すぐに実業団に入りたかったんです」

 山下は、そう言って笑顔を見せた。

「勉強が嫌いなので、働きながら走りたいと思っていたのですが、どこも拾ってくれなかったんです(苦笑)。どうしようかなと考えていた時、担任の先生との2者面談で『山下は陸上で上(大学)を目指さないのか』と言われたんです。実業団からの話はないし、だったら大学に行くしかないと思い、いくつか誘っていただいたなかから一番強い駒澤大学に決めました」

 山下が駒澤大に入学したのは、2016年である。同期は、わずか8名と例年よりも少なかった。少数精鋭と言うと聞こえはいいが、実際は入学予定の選手が青学大や東海大に流れていくことが多かった。

「例年の駒澤のレベルで言うと、僕らの代はタイムも実績もそれほどなくて、最初は『弱い代』と言われていました」

 入学当時の山下の5000mの持ちタイムは、14分31秒59、一番早かったのは中村大聖で14分03秒48。現在のように13分台の選手が多く入ってくる時代ではなかった。ただ、4年生には中谷圭佑、大塚祥平、3年生には工藤有生ら強い先輩がおり、鍛えられて2年時には駅伝に絡んでいくようになる。駅伝デビューになった全日本大学駅伝では8区を任され、区間7位とまずまずの走りを見せた。その流れから箱根駅伝を走る感触は掴んでいた。何区を走るのはわからなかったが、大八木弘明監督には希望区間として「復路で、ひとりで走るところを頑張っていきたい」と伝えていた。

 その準備をしていたがレースの10日前、大八木監督に呼ばれた。

「おまえ、1区と2区、どっちがいい」

 山下は、たぶん来年以降の話だろうと思い、希望的に「ゆくゆくは1区よりも2区で戦いたいです」と答えた。すると、そのまま2区での出走が決まった。

「まさか自分がって思いましたね。チームには強い先輩がたくさんいるので、スタートラインに立つまでなぜ自分がって思っていました」

 大八木監督は、チームのバランスや選手の特性を考えて区間配置を決めたわけだが、山下は自分を2区に置いた理由について、どう思っていたのだろうか。

「監督から2区配置の理由を聞いたことはないですし、当時は聞ける感じじゃなかったので正確にはわからないのですが、個人的に思ったのは、監督は長い距離を走れて、食事をたくさんとれる選手が好きなんです。自分はわりと1年目から長い距離を得意としていて、地方のハーフマラソンの大会とかにも出場させてもらって、全日本でも8区を任されたので、これは期待してもらっているんだっていうのを感じていました。2区は、その流れで決まったのかなと思いますが、僕自身の希望としては、9区、10区で走りたかったですね」

 第94回箱根駅伝、1区の片西景から3位で襷を受けた山下は力を発揮できず、1時間09分58秒で区間13位に沈んだ。往路は結局13位、総合12位でシード落ちした。

「初めて2区を走った時は、もう他の人のことなんか考えられなかったですね。順位は意識しないといけないところがあったんですけど、そこまで力がなかったんで、とにかく最後まで粘って頑張ろうという感じでした。3年の時は、いい準備ができていましたし、自信もあったんです。実際、土方(英和・國學院大―ホンダ)や湯澤(舜・東海大―SGH)と一緒にいい感じで走ることができましたし、全体としてもシードを落とした翌年の総合4位だったので、みんなで戦えたと思いました」

 箱根駅伝を走っているといろんな声が聞こえてきた。「前とこのくらい離れているぞ」と前とのタイム差を教えてくれたり、「頑張れ!」「駒澤!!」と応援する声が飛んできた。そのなかで、山下が一番気になった声があった。

「まったく知らない人がいきなり『男だろ!!』と声かけしてくるんです。これ、知らない人に言われるとすごく違和感があるんですよ。それはやめてほしかったですね」

 山下は、小さく苦笑して、そう言った。

 その当時、箱根駅伝は、箱根3連覇を達成した青学大や「黄金世代」の選手が活躍して、箱根初優勝を飾った東海大が強い時代だった。

「2強でしたね。特に、東海は黄金世代と言われてタレント揃いでしたし、トラックもロードもまったく歯が立たない感じでした。もっと自分たちも勝負しないと、という思いはあったんですけど、層が厚くて、力もあったのでなかなか難しかったですね」

 山下は、4年時、3大駅伝をフルに走っている。初めての出雲駅伝は監督から「勝ってこなくてもいいから10秒差以内で戻ってこい」と言われ、1区2位という結果を残した。全日本大学駅伝は3年連続で8区アンカーを務め、区間3位。そして最後の箱根駅伝も2区を走り、区間13位、総合8位だった。

「最後の箱根は、出雲2位、全日本3位ときたので、箱根では4年間のなかで一番やれる感じがあったんです。でも、自分は長い距離の練習をしすぎて、スピードが出せない状態になっていて......。『箱根、大丈夫かな』というなかでスタートしたんですが、思ったとおり体が動かなくて半分ぐらいで打ち上がってしまいました。最終的に総合8位で、監督は渋い顔をしていましたけど、シード権を守れたことについては自分たちの代の責任は果たせたかなと」

抜かれすぎて何も感じなくなった

 最終的に山下は、2年時は、2本の駅伝、3年時も2本、4年時には3本の駅伝を走り、全日本はすべて8区、箱根はすべて2区というロング区間のスペシャリストとして駅伝を駆けた。7本の駅伝のうち、一番、印象に残っているのは、どのレースだったのだろうか。

「2年の時の箱根駅伝ですね。相澤(晃・東洋大)や森田(歩希・青学大)さん鈴木(健吾・神大)さんとか、すごいメンバーが揃っていたんですが、彼らとの力の差をまざまざと見せつけられました。最初、6人ぐらいに抜かれた時は、もっと頑張らないとヤバいなって思っていたんですけど、途中からあまりにも抜かれすぎて何も感じなくなったんです。最終的に10人以上に抜かれたんですけど、駅伝であそこまで抜かれたのは初めてでした。自分の力のなさを感じましたし、シードを落としてしまい、卒業する先輩にすごく申し訳ない気持ちになったので、あれは忘れられないですね」

 大八木監督は、長い距離を淡々と走れる山下の個性を活かして全日本8区、箱根2区に置き続けた。卒業してわずか2年でマラソンでのトップランナーの仲間入りをしたのは、そのベースとなる練習が駒澤大でできていたからだと山下は言う。

「大八木監督(の練習)は、まず距離を走って後半にスピードを入れていくんですが、基本は距離を踏むことなんですよ。今の駒澤の練習は田澤(廉)がいるので、速さで叩いていく練習ができていると思うけど、当時は距離で叩くチームで、多い時で月間1100キロぐらい走っていました。そういう練習が自分にはすごく合っていたと思います」

 ハードな練習をこなした上で、箱根駅伝を走ったことは今の山下の競技人生に、どんな影響を及ぼしているのだろうか。

「箱根駅伝は、20キロ以上の長い距離の駅伝じゃないですか。そのために練習をしていたから今、マラソンを走れているのかなと思いますし、今の自分につながっていると思います。もし、出雲ぐらいの短い距離の駅伝だったら今はまだ活躍できていなかったと思います。そういう意味では箱根の存在も箱根を走れたことも自分にとってはすごく大きかったですね」

 実業団に入り、レースや駅伝に参加していると、改めて箱根駅伝のスケールの大きさや沿道のファンの多さ、注目度の違いを感じた。

「箱根は、やっぱり、レースの規模や熱さが違います。実業団ですと、毎年レースがあるし、駅伝もあるので、何度でもやり直しがきくんです。でも、箱根は大学4年間でしか経験できない。その短い間のなかでいかに結果を出していくのか。限られた時間のなかだからこそドラマが生まれてくれると思いますし、実業団とは注目度も違うので、今も走れるなら走りたいですね(笑)」

 山下が今、五輪を目指しているのは、世界レベルでレースを戦うことの面白さに加え、ランナーとして箱根の時のように熱く、注目される舞台で走れる楽しさを味わいたいからでもある。

後半に続く>>レース中に話し掛け話題になった山下一貴。「1回だけすごいタイム出して終わるのはイヤ」

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