現代を生きる、かつて少女だった母と娘の物語。『女生徒』を重ねて描いた芥川賞候補作『Schoolgirl』

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2022年05月24日 20:11  ダ・ヴィンチWeb

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写真『Schoolgirl』(九段理江/文藝春秋)
『Schoolgirl』(九段理江/文藝春秋)

 過剰な自意識や厭世観と、「美しく生きたい」という高い理想に揺れる14歳の少女の心を描いた太宰治の『女生徒』。女であることや大人になっていくことを嫌い、少女のまま死にたいと願った彼女が成長して子どもを持ち、現代を生きているとしたら――九段理江氏の『Schoolgirl』(文藝春秋)は、時間を超えた文学世界を行き来するような感覚とともに、圧倒的にリアルな心情世界を体験できる物語だ。

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 表題作「Schoolgirl」は、本書にも収録されている「悪い音楽」で文學界新人賞を受賞した九段理江氏が手がけた最新作。第166回芥川賞候補作となり、選考会で次点という評価を得た作品だ。主人公の「私」は、インターナショナルスクールに通う14歳の娘と、高収入の夫とタワーマンションで暮らす30代の専業主婦。娘は世界中の環境や差別などの社会問題に意識が高く、ふだんは英語で発信する、社会派中学生YouTuberだ。そんな娘は、小説を好む母を「小説に思考を侵されたかわいそうな人」と見下す。母親に虐待された過去を持つ「私」は娘を何より大事に思うが、母への歪んだ思いや自己肯定感の低さゆえか、賢すぎる娘との関係はうまくいかない。そんな中、ある日娘はYouTubeで、母の本棚で見つけた太宰治の小説『女生徒』について語り出す。

 娘が心を動かされる小説としてだけでなく、「私」の語り口にも、物語の構造にも『女生徒』の要素が盛り込まれている。本書が、「私」が朝起きてから眠りにつくまでの物語であること、夫が海外出張中で家には母子ふたりであること、眠りかけた母と娘が明日に向けて言葉を交わすラストも『女生徒』と同じ。そして最大の共通点は、主人公の、上下左右に行き来する感情の豊かな描写だ。世界をハイスピードで理解していく娘世代への違和感。本当は存在しなかった、何でも話せる友達との対話。14歳の娘の気持ちになりながらの不倫相手との逢瀬。すべてが痛いほどリアルに映る。読み手によっては混乱した頭の中のようにも受け取れそうな太宰の『女生徒』を、自分の物語として受け取った経験がある人なら、「Schoolgirl」で描かれる心情は、深く心に響くだろう。そして、思春期も大人になった今も変わらず迷い続けている自分に気付き、戸惑うかもしれない。しかし、そんな読み手に温かく寄り添ってくれるような小説であるとも思う。

 世界にとっていい自分でありたいと願う「私」の娘は、美しく生きたいと語る『女生徒』の主人公に共感しつつ、自分にとっての最大の関心事は、一番近くにいる母であることに気付く。そして母子は、『女生徒』のフレーズをめぐって対話を始める。厳しい現実から目を背ける小説を嫌っていた娘が、物語に頼ろうとする場面は、小説の力を信じる著者のメッセージと、筆者は受け取った。

 また、同書に収録されている「悪い音楽」は、音楽の才能を持つものの、それ以外に対する関心が薄い中学校の音楽教師の物語。音楽室で起きた生徒間のもめごとや、合唱祭に心を燃やす生徒の登場、アーティストであるルームメイトとのすれ違いを通じて、「音」に心が偏る教師の行く末を描く。感情に乏しいことでトラブルを招く主人公が、怒りをあらわにする生徒の母や、泣くルームメイトの気持ちを想像するくだりなど、人間の本質を淡々と、ユーモラスに暴いていく描写が面白い。

文=川辺美希

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