誰にもAV被害は見えていなかった? 20年前の自分の無関心に私は苦しんだ 北原みのり

23

2022年05月25日 17:20  AERA dot.

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

写真写真はイメージです(Getty Images)
写真はイメージです(Getty Images)
作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、AV被害について。


【写真】北原みのりさんはこちら。
*   *  *


「女性向けのポルノ」を創ってみたい。


 そう思い立ち、「エロ本」会社で8カ月ほどアルバイトしたことがある。1990年代半ばの頃だ。結論から言えば、「女性向けポルノ」に関わることはできず、男性向けのAV情報誌の編集部で編集見習いの仕事をしていただけの日々だったが、この時期に私は「AV女優」と呼ばれる女性たちに数多く出会った。


 私の仕事はAVメーカーを訪ねて「今月の新人女優」の情報をもらうこと、グラビア撮影現場でのありとあらゆる雑用に走ること、AVのレビューを書くこと……などだったが、慣れてくるとAV女優のインタビューに同行させてもらうこともあった。


 当時の私は、AV女優は「性の表現者」だと思っていた。若い女がそう信じ込むだけの時代的文脈はそろっていたと思う。文化人と呼ばれる男性たちがこぞってAVを「カルチャー」として語りたがっていたし、テレビではAV女優がもてはやされていた。中には積極的に性を語る言葉を持ち、自己プロデュースに長けているAV女優もいた。陰毛や性器へのモザイクはかつてないほど薄くなっていき、「性表現の解放」なんてこともマジメに謳われていた。


 なにより大学院で性教育を学び、フェミニズムを勉強し、女性が性を自由に主体的に楽しめるものになればいい……と考えていたフェミニストの私は、AVに出てくる人を尊敬していた。「性を表現したい人がAV女優になる」と信じていたのだ。


 もちろん、現実はそういう「思い込み」を簡単に裏切るものである。1年にも満たない見習いの仕事のあいだ、私は笑っているAV女優に会ったことがなかった。「なぜAV女優になったんですか?」と聞くと黙り込む女性たちも珍しくなかった。丸1日かかるグラビアの現場で、一言も言葉を発しない女性もいた。私の短い経験を普遍化するつもりはないが、「性の表現者」という「イメージ」が壊れるのは本当に早かったことを思い出す。




 それでも私は彼女たちを「被害者」とは捉えなかった。何らかの事情があってこの業界に入った女性たちなのだと、深く考えることもなく、もちろん「事情」をたずねることもなく、毎月何十人と「輩出」する「新人」女性たちの裸の写真を整理し、彼女たちの裸体を、男の欲望の枠組みの定型に当てはまるように「表現」することが、エロ本編集者の仕事だった。


 そんなふうに「淡々」と振る舞えたのは、その数年前から「セックスワーク論」が日本にも紹介されはじめていたことも大きい。性産業で働いている人を支援の対象として見るのではなく、仕事を主体的に選んだ女性、自らの身体を性的に行使する女性と見るべきだという、セックス=ワークという考えが「新しいフェミニズム」のように紹介された頃である。私は編集という仕事をする、彼女たちは性の表現の仕事をしている、その関係に加害も被害もない……そんなふうに私は考えを整理していた。


 何より、私は仕事を楽しんでもいた。編集部には同世代の女性が多くいて、毎日、女友だちに会いに行くような感覚で出勤していた。しかもAV産業の潤いぶりは、一介のアルバイトにもかなりきらめいて見えていた。ただのアルバイトだというのに、社員旅行で海外に連れていってもらったこともある。ちょうど、紙媒体がデジタルに移行しようとしている時で、編集部には一番高いグレードのAppleコンピューターがドンッと導入されていた。仕事のできないアルバイトでも、十分なお給料をもらえていた。そう、女優たちがいない「現場」の空気は、明るく、軽く、かなり潤っていた。「被害」があるかもしれないなんてこと、私には全く想像ができなかった。たぶん、誰にも見えていなかった。


 それでもあの編集部での仕事は、女として生きていると見えない世界があることを強く思い知る体験になった。この国では考えられないほどの数のAVが毎日毎日毎日つくられていること。AV女優として「商品化」されていく女性たちが溢れるように毎日毎日毎日「つくられている」こと。「女性の裸」で暮らしている人々が無数にいること。裏産業というには、あまりにも巨大な産業であること。そしてこの産業は、より過激に、より若い女を、より美人な女を、より胸の大きな女を……とありとあらゆる欲望を膨らませ走らせることでしか生きられない、激しい競争社会であるということ。



 その数年後、私は自分でセックストイのお店を始め、自分のお店でもAVを売り始めた。男性向けエロ本で紹介していた「若くキレイなAV女優」のものではなく、当時売り出しはじめていた女性監督による「性表現」作品を選んでいた。内容も吟味し、女性が主体的に描かれているAVを探していた。私にとって、「AV」に「加害性」があるとすれば、幼児虐待や、犯罪行為をリアルに表現するようなものがフツーに売られていることだった。100人くらいの男優に精液を顔にふりかけられるような表現や、何十本もの電マをあてられ痛がる姿が記録されるような暴力的なAVがフツーに出回っている異常さが、日本のAVの問題だと考えていた。


 それが一気に変わったのは、2015年にAV出演を契約後に断った女性が業者から訴えられた裁判が大きく報道されたことだ。この女性は、支援団体につながり裁判に勝つことができたが、これを機に、「自由意思」とされてきたAV出演には、甚大な被害があることがものすごい勢いで明らかになっていったのだ。毎日のように「AV強要被害」の記事が大手メディアを賑わすこともあった。これまで安心して見られていた娯楽に被害者がいるのかもしれない、という事実に社会は衝撃を受けたのだ。


 私はその頃から支援者の方々とつながるようになったが、現場で聞こえてくるAVの被害とは、弱小の悪質なメーカーによる特殊な例ではなかった。被害を被害と捉えられないで長い間生きてきた末、激しいPTSDに苦しみ、「あれは性暴力だった」と気づく人もいた。誰もが知る大手メーカーからの被害を訴える人もいた。有名監督からの被害を訴える人もいた。女性向けの作品と言われているものでの被害を訴える人もいた。驚いたのは、私がエロ本会社でアルバイトしていた90年代に受けた被害を訴える人も決して少なくなかったことだ。


 20代のあの編集部で「生き生き」と働いていた自分のことを思い出す。


 あの時も、被害者はいたのだ。私が出会った女性たちの中に、今も苦しんでいる人がいるかもしれないという想像は、かなり私を苦しめることになった。自分のお店では日本のAVの販売はやめ、しばらくアメリカとヨーロッパのものだけを売る……というようなこともしていたが、結局、今はもう一切売らないと決めた。「需要をつくる」ことがAVを再生産させる力になってしまう事実に向き合わなければと思った。



 ああ、なんて想像力がなかったのだろう。「被害などない」と思い込んでいた90年代の自分を振り返る。「誰にもAV被害は見えていなかった」と書いたが、それは事実ではない。あの時も、「AVには被害者がいる」「性産業で働く女性たちには支援が必要だ」と声をあげていた女性たちはいたからだ。そしてそういう女性たちを、「AVも見たことない、現実を知らない、性に道徳的なオバサン」とバカにするような空気があったのだ。「そういう女性たちこそが、フェミニズムの敵だ」みたいな扇動をする声もあったのだ。結局私は「どちらの声」も真剣に聞かず、女性のプレジャーを楽しもう! と、「モノ」を売る仕事を始めたわけだけれど、20年以上経って、過去の自分の無関心さに苦しめられるような思いになっている。あの時、声をあげていた女性たちの真剣に、私もようやく近づけるようになった。


「性産業に巻き込まれる女性には支援が必要だ」と声をあげる女性たちの多くは、被害の声を聴いてきたソーシャルワーカーだった。激しい搾取の末、生きることに疲れきった若い女性たちを見てきた女性たちだった。そういう「当事者の声」を聞いてきた女性たちの声を、なぜこの社会は軽視してしまうのだろう。声をあげられない当事者の声を、どうしたら聞けるのか、なぜもっと真剣に考えられなかったのだろう。なぜ、何十年もずっと、同じ所に私たちは立っているのだろう。


 AV新法をめぐり、様々な議論がわきあがっている。どんな現実を見ているかによって、この法案をどう受け取るかはまるで変わってくるだろう。そんな時にこそ、想像力を働かせるべきだと思う。「わからない」と思考停止するのではなくて、痛みの声を必死に訴える人たちの声を聴いていけば、正解が見つかるのではないか。そんなふうに考え、最も声にならない声を聴く力を信じたいと思う。


このニュースに関するつぶやき

  • ふーん!そうなの。
    • イイネ!17
    • コメント 3件

つぶやき一覧へ(20件)

前日のランキングへ

ニュース設定