多部未華子の印象に変化? 『マイファミリー』『流浪の月』で“円熟”の域へ

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2022年05月26日 08:11  リアルサウンド

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多部未華子『流浪の月』(c)2022「流浪の月」製作委員会

 ドラマ『マイファミリー』(TBS系)と、封切られたばかりの映画『流浪の月』に出演中の多部未華子。前者ではヒロインを、後者ではサブヒロイン的なポジションにつき、それぞれの作品が観客にもたらす満足度の高さに貢献している。両作での演技に対し、少し前までの彼女と大きく異なる印象を受けているのは、筆者だけだろうか。


【写真】多部未華子撮り下ろしカット3点


 二宮和也が主演を務める『マイファミリー』は、今クールにおいて注目度ナンバーワンのドラマだろう。タイトルからはほのぼのとしたホームドラマを想像していたが、実際は“誘拐された家族を救出する”サスペンス。視聴率的にも好調で、先の読めない展開が常に話題を呼んでいる。本作で多部が演じているのは、鳴沢温人(二宮和也)の妻・未知留。やり手の会社経営者である温人の力によって、円満で何不自由ない暮らしの家庭を築いているかに見えたが、家庭を顧みない温人とは完全に冷えきった夫婦関係にあった。それが、娘の友果(大島美優)の誘拐・救出を機に一転。いまだ誘拐犯に翻弄される日々は続いているが、ようやく本当に円満な家庭を築いているところである。


 この一家の関係性の変化の過程における未知留=多部の変化の滑らかさは、とても美しいものだった。虚飾だらけの仮面夫婦から、温人とともに娘を想う親の表情に。そして現在は次々と新たな問題に直面しながらも、友果の前では朗らかな母親像をキープしている。平常時には未知留の感情のベクトルを曖昧にし、異常時には感情を明確に視聴者に示すべく、発話の一挙一動も大胆に。このあたりのさじ加減が絶妙だ。とはいえ本作は、“温人の物語”という側面も強くある。この観点から見れば多部は、主演の二宮をもっとも近くで支える名脇役だと言えるだろう。主演を務めて好評を博したドラマ『私の家政夫ナギサさん』(2020年/TBS系)のようなラブコメ作品でのポップな演技にも定評のある彼女だが、本作ではシリアスな演技を緩急自在に展開。二宮たちとともに物語のスリリングさを創出しているのだ。


 一方、多くの映画ファンが待っていた李相日監督最新作『流浪の月』での多部はというと、正直なところ出番は決して多くない。偶然にもこちらも「女児誘拐」が中心にある物語で、松坂桃李演じる“ある秘密”を持つ主人公・佐伯文の恋人役ではあるものの、この関係はそこまでフォーカスされていないのだ。凪良ゆうによる原作小説とは設定が異なっていることも理由の一つだろう。文庫版で350ページほどもある小説の物語が150分の映画に収められているのだから、削ったり、省略せざるを得ない箇所がどうしても出てきてしまう。映画では広瀬すず演じる更紗と松坂扮する文の関係に肉薄するため、多部演じる谷あゆみ関連のエピソードは大幅に削られているというわけだ。しかし彼女は短い出番ながら、重要な役割を担っている。


 更紗(広瀬すず)と文(松坂桃李)は15年前に「女児誘拐事件の被害者と加害者」として世間に騒ぎ立てられた存在だ。しかし実情は違い、二人の間に危険なものはなく、周囲の者たちには分からない“特別な関係”にある。谷あゆみ(多部未華子)とは、この周囲の“無理解”を代弁するような存在だ。更紗と文には他者には理解できない精神的な結びつきがあり、文の恋人であるはずの谷は自身の理解を超えた二人の関係を前にひどく深く傷つく。文が自分ではなく更紗を選んだ事実に対する哀しみや、二人に対する嫌悪の表現は、抑制を効かせながらもベクトルが明確だ。“当事者と非当事者の断絶”という本作の主題を、多部は限定された環境下で体現している。


 これまで、ポップな役柄を多く演じてきた印象の強い多部未華子。しかしキャリアを重ねるごとに、俳優としての味わい深さは増し続けている。年齢・経験ともに“若手”の域を脱したこともあるのだろうが、近年、彼女の印象は完全に変わりつつある。これから“円熟”の域へと進んでいくのだろう。いまその大きな第一歩を踏み締めているところなのかもしれない。


(折田侑駿)


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