小倉美咲ちゃん母・とも子さん「悲劇のヒロインぶるな」「母親が怪しい」誹謗中傷に苛まれた“977日”

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2022年05月27日 04:00  週刊女性PRIME

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写真4月29日、骨が見つかった段階で小倉とも子さんは「美咲のものではない」と、週刊女性記者に気丈に語っていた
4月29日、骨が見つかった段階で小倉とも子さんは「美咲のものではない」と、週刊女性記者に気丈に語っていた

「悲劇のヒロインぶるな」、「母親が怪しい」。小倉とも子さんは美咲ちゃんが行方不明になった当初から心ない誹謗中傷にさらされてきた。ジャーナリストの水谷竹秀氏は2年前からとも子さんに取材をし、その姿を間近に見てきた。水谷氏が見たとも子さんの慟哭の日々とはーー。

 こんなに憔悴しきっている彼女の姿を見たのは初めてだった。報道されている顔写真は、寝不足のためか、顔が少しむくんでいるようだ。今回ばかりはさすがに動揺を隠しきれないのが、その表情から感じ取れた。

「山梨・道志村で人の“頭の骨”か?不明女児との関連性を調査」

 こんな見出しのニュースが目に飛び込んできたのは、ウクライナの首都キーウ中心部を車で走っているときだった。ロシア軍によるウクライナ侵攻を取材するため、3月下旬から現地入りしていたのだ。東京から約8200キロ離れた異国の地でその一報を知った私は、思わず目を見張り、記事を読んで身体が凍りついた。2019年9月、道志村で当時小学1年生だった小倉美咲ちゃん(千葉県成田市)が行方不明になっており、私は長らく母・とも子さん(39)の取材を続けていたからだ。4月26日のその一報によると、道志村で骨の一部を発見したのはボランティアの男性。届け出を受けた山梨県警は捜索を開始し、とも子さんは同日、ツイッターにこう投稿した。

2年前から知る姿はなかった

「美咲が無事に戻ってくると信じています」

 ところがその思いとは裏腹に、同月28日と29日には運動靴と靴下1枚が見つかった。そこで私は、とも子さんを励ますメッセージを送ると、

「ありがとうございます! ウクライナお疲れ様でした。無事でよかったです。帰宅までお気をつけて」

 と逆に私のことを気遣う余裕すら見せていた。

 5月4日にはまた人の骨のようなものと、黒い服がそれぞれ見つかった。それでもとも子さんは、

「私は絶対に諦めません」

「必ず神様が美咲を守ってくれて、私の元へ無事に返してくれると信じています」

 と、その信念は揺らがなかった。だが、表情には言葉どおりの強さはなく、身も心もボロボロの寸前に陥っているように見えた。少なくとも、私が2年前から知るとも子さんの姿は、そこにはなかった。

「週刊誌不信」から始まった出会い

 とも子さんに初めて会ったのは2020年5月26日。行方不明から9か月近くがたっていた。

「ごめんなさい。今はお断りさせてください」

 取材を申し込むと、返ってきたのはわずかな言葉だけ。その理由を知りたいと、山梨県警が捜索活動を再開させるタイミングに合わせ、道志村までとも子さんに会いに行ったのが始まりだ。そこで彼女の口から聞かされたのが、週刊誌報道に対する不信感だった。すぐには難しいと判断した私は、2日間にわたる捜索の間、とも子さんとできるだけ話をした。2日目は報道陣が捜索活動の現場に張りついていたので、私はとも子さんと2人で山中を捜しながら2時間半ほど歩いた。話し始めるとだんだん打ち解け、こちらの質問にも丁寧に答えてくれた。その時に彼女が発した、次のような言葉が印象に残っている。

「こうして山を歩きながら、美咲に関するものが出てこないことで、ホッとする気持ちもあります」

 美咲ちゃんは今もどこかで生きているはずだーー。それを裏付ける「物的証拠が存在しない」ことを確認するために、とも子さんは道志村まで足を運んでいたのだ。

 今思えばその時の道中が、今回、骨や衣類などの遺留品が見つかった現場付近だった。

 美咲ちゃんの捜索や情報提供を呼びかけるちらし配りなどのため、とも子さんは毎月2回ほどのペースで、千葉県成田市の自宅から山梨県まで車で通った。印刷したちらしは68万枚を超え、印刷代や交通費を含めるとかかった経費は少なくとも330万円。そんな活動を続ける傍らで、今もとも子さんが向き合わざるをえない現実がある。

誹謗中傷に苛まれた日々

 SNSによる誹謗中傷だ。

「悲劇のヒロインぶるな!」

「募金詐欺か!」

 それは美咲ちゃんが行方不明になった直後から始まった。その急先鋒となった「怨霊の憑依」と呼ばれる謎のブログまで登場し、

「とも子の周りは薬物関係者」

「美咲ちゃんの事件は臓器売買で海外まで連れ去られた」

 といった根拠のない話を並べ立て、美咲ちゃんのことで頭を抱えるとも子さんの傷口に、塩を塗り込んだ。

 こうした心労が重なり、とも子さんは報道陣を前に会見するときはいつも、事前にどんな内容を話すのか考え、そして自分の言葉がどう報道されるのかを気にしていた。会見が終わると「今の私の言い方大丈夫でしたか?」とわざわざ報道陣に確認する場面もあった。それほどまでにとも子さんは繊細で、世間の受け止めを意識せざるをえない状況に追い込まれていたのだ。

 前述のブログを管理していた野上幸雄被告(71)は名誉毀損罪に問われ、千葉地裁は昨年末、懲役1年6か月、執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。野上被告は控訴し、現在、東京高裁で審理が続いている。

 美咲ちゃんの行方不明からちょうど2年が経過したときのこと。当初に比べて報道の数が減っていく焦りも感じていたのか、とも子さんはあるとき、こう漏らした。

「今でしたらいつでも取材をお受けしますよ」

 あれほどまで週刊誌嫌いだったとも子さんが、自ら取材への協力を申し出た言葉に、藁にも縋りたい気持ちがにじみ出ていた。

ツイッター投稿をストップしたとも子さん

 しかしその思いは今回、最悪の形でメディアから再び注目されることになった。

 山梨県警の捜索で見つかった人の骨や遺留品の鑑定作業が進み、美咲ちゃんのDNA型と同一であることが確認された。しかも美咲ちゃんが10歳の誕生日を迎えた翌、5月14日に発表され、とも子さんに伝えられた。

 このタイミングは偶然か必然か。

 確かに「美咲は無事に戻ってくる」と信じ続けたとも子さんの思いは届かなかった。しかし、別の意味で、美咲ちゃんに通じていたのではないだろうか。

「ママ、今までありがとう。もう大丈夫だよ」

 天国にいる美咲ちゃんが、必死で捜し続けるとも子さんを思いやって、そんな心の声を発していたとしても不思議ではない。

 ツイッターへの投稿をぷつりとやめ、沈黙を続けるとも子さんははたして、次に会ったときに何を語るのだろうか。

水谷竹秀(みずたに・たけひで) ノンフィクション・ライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに、「アジアと日本人」について、また事件を含めた世相に関しても幅広く取材している

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