不動明王、鬼子母神、三宝荒神…ほぼ毎日ある「縁日」の本当の意味とは

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2022年05月28日 07:00  AERA dot.

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写真縁日の様子(コロナ禍以前の大國魂神社境内にて)
縁日の様子(コロナ禍以前の大國魂神社境内にて)
「縁日」と聞くと、神社やお寺のお祭りの時に参道などに広がる露店をイメージする人も多いだろうが、本来の意味は「特定の神仏と縁のある日」である。この日に参拝をすると、他の日よりも多くの功徳(ご利益)があるとされている日でもある。古来、この日に市が立つことが多かったため、次第にこの「市」(現在では露店)のことが縁日だと勘違いされるようになっていった。


●縁日とは神仏と有縁を結べる日


 縁日として有名なところでは、毎月25日の天神さま、28日のお不動さまなどがよく知られるが、実はほぼ毎日、神仏の縁日が設定されている。日にちではなく、干支(日/12日に一度巡ってくるので月に2〜3日ほど)が縁日となる仏神もいる。たとえば、巳(へび)の日に弁天さまに参ったり、帝釈天では庚申の日が特別だったりするのがそういう訳だ。詳しく説明すると、それぞれに云われはあるのだが、長くなるのでいくつかを簡単にご紹介しておくに止めよう。


●寅の日の縁日は毘沙門天


 今年は寅年でもあるので、寅の日(近いところでは6/6、6/18、6/30)が縁日の毘沙門天について。虎(本当は寅と虎は別物を意味したがいつのまにか同一に)は千里を1日で走り動物の王の風格を持つことから、毘沙門天の遣いと言われている。また、日本での伝承として、聖徳太子が物部氏と争った際、戦勝を毘沙門天に祈願したのが、寅年寅の日寅の刻であったことから、毘沙門天と寅は深い関係となったとも。他にも鑑真が毘沙門天に助けられたのが寅年寅の日寅の刻だったなど、苦境の時に毘沙門天が現れて助けてくれるのが、寅に関する日時だという信仰が広まったようだ。このことから、毘沙門天からの特にご利益を得たい人が参拝するのは寅の日がよい、縁日ということになる。


●帝釈天と庚申の発祥は柴又帝釈天


 帝釈天の庚申、大黒天の甲子は、十干十二支の2つが合わさった縁日である。もちろん帝釈天と申、大黒天と子も縁があるが、それよりももっと細かく60日に一度しか回ってこない特定の十二支が指定されることになる。60日に一度なので、1年に5回ほどしか庚申、甲子はやってこない。帝釈天の庚申信仰は、柴又帝釈天にその縁が発祥していて、やがては全国に広まっていったものだ。大黒天に関しては、大黒天という仏神が複雑なため説明が難しい。だいこくさまは、大国さまとも大黒さまとも表記し、神仏が習合した不思議な神だからである。




●大黒天と大国主命はいつしか一緒に


 ちなみに我々がよく知るふくよかな顔をして小槌をもつ「だいこくさま」の姿は、江戸時代以降の姿である。それ以前は、黒面の憤怒相で表されていた。これは仏教界の大黒天がインドでは死を司る破壊神であったためであり、日本に伝来した大黒天は、神道の神・大国主命と同音だったことから、いつしか一緒になってしまった。そして、破壊神は豊穣の神へと変化するのである。


 子(ね)と関係があるのは、大国主命の逸話(ピンチをねずみに助けてもらった)に由来する。そして甲子が特に縁日とされたのは、十干十二支の最初が甲子のためでもあろう。ちなみに今もわずかではあるが、各地に残る「子の神」とは、だいこくさまを意味することが多い。明治時代の神仏分離令の際、神仏を分け難かった人たちの思いかもしれない。


●実は毎日が縁日の「1日1仏」


 28日は多くの神仏の縁日でもある。大日如来、不動明王、鬼子母神、三宝荒神……。日付での縁日は、日本に仏教が伝来した時に入ってきた「三十日秘仏」という中国で始められた「1日1仏」という信仰を元に日本で変化しながら広まったものといえる。今でもこの日に秘仏を開帳するなどして縁日を過ごすお寺も残っている。また、日本では仏教と神道などが習合したことから、大日如来は不動明王の化身であったり、盧舎那仏や天照大神と同一視されたりもするので、縁日は広く変化もしている。


●縁日よりも露店市のほうが有名に


 さて、本来は神仏の縁日が始まりだったのであるが、次第に露店のほうがメインとなってしまった縁日も各地に存在する。たとえば「ほおずき市」。浅草の観音さまの縁日に立つほおずきの市が盛大となり、夏の観音さまの縁日に各地のお寺の境内で「ほおずき市」が開催されることとなった。東京の初冬の風物詩である「酉の市」も、祭神の日本武尊が戦勝祈願をしたことから酉の日(ヤマトタケルには白い鳥になった伝説がある)の縁日に立った市が人気となったことに始まる。


 年(旧暦)の最初の午の日を「初午」と言って、縁日の稲荷神の好物・お揚げ(いなりずし)を(スーパーの戦略に乗って)食べるようになったのは最近のことだが、年の最後の観音の縁日「納めの観音」に「羽子板」を買い、「納めの不動」に「七味唐辛子」を買うという風習は長く続いている。これらを書き連ねてみると、日本人は思いの外、神仏とつながっているのだと思い至る。毎日訪れる縁日に、人と人とも「縁」が大切だと、コロナに倦んだ今だからこそ余計に感じるのかもしれない。(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)



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