瀬戸内寂聴の晩年17年に密着した中村裕監督が撮影日記につづる「青春時代の断片のような交流」

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2022年05月29日 11:30  AERA dot.

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写真『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』から
『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』から
 国民的作家、瀬戸内寂聴さん(1922〜2021)の晩年を追ったドキュメンタリー映画「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」(中村裕監督)が27日から公開されるのに合わせ、映画と同名の書籍が刊行された。初公開される中村監督の「撮影日記」をはじめ、美術家の横尾忠則さん、作家井上荒野さん、俳優南果歩さんへのインタビューなどを収録。寂聴さんの含蓄深い言葉の数々や年表も加え、充実した内容になっている。


瀬戸内寂聴さんの別カットはこちら
 映画は寂聴さんの晩年17年間の歩みを記録する。映画化は2009年ごろから構想され、撮りためた約400時間の映像を凝縮させた形だ。原稿の執筆、法話、デモへの参加、健啖家らしい食卓などの場面が描かれる。語り、笑い、憂え、そして泣く寂聴さんの表情は瑞々しい。


 その背後で綴られた「撮影日記」(一部抜粋)を含む同名の書籍は、映画のパンフレットとして制作された。


 中村監督は言う。


「試写会で映画を見たある女性は『この映画は寂聴先生への恋文ね』とおっしゃっていました」


 映画の内容に基本的には沿っている「撮影日記」は、まさに「恋文」なのかもしれない。寂聴さんの最晩年の観察記であり、映画制作のためのノートであり、親子とも、男と女とも、友人同士ともいかようにも捉えることができ、いかなる関係とも言い切り難い2人の関係の記録でもある。


 その一方で、映画では登場しないエピソードも少なからず記されている。


 寂聴さんが絵を描くことに取り組もうとして横尾忠則さんに警戒されたり、寂聴さん自らが日記をつける決心をしたりするくだり、大学時代の友人の話、新型コロナウイルス感染症に対する所感……。少し弱気になったりそれでも最後は前向きに自らを鼓舞したり、寂聴さんの心の綾を綴って、起伏に富んでいる。


 中村監督が「撮影日記」をつけ始めたのは、2019年8月15日だったという。今回の書籍には2020年8月15日から、寂聴さんが亡くなった2021年11月9日をはさんで2022年2月13日までの19日分が収録されている。監督によると、2019年8月14日以前、命日とその前後なども加筆修正できる状態という。




「話し始めたのは、自らの『最期のとき』についてのことだった。『最近、<終末>という言葉がよく頭に浮かぶようになった。でも別に暗い感じではないの。明るいけどこれが終わりなのかなという感じ』」(2021年1月1日の項、本書より)


 映画でも出てくるが、100歳近い作家の終末観だ。


「自然と先生が、しゃべりだしたことなんです。あのころ、『死んだら無だ』というかと思えば、翌日には『死んだら何かあるような気がする』とおっしゃっていた。揺れていたのでしょうが、その揺れがリアルだと思うんですね。頭の中に想念として浮かぶことが揺れるというところに、リアルを感じます。しかも、意識がしっかりした揺れですから、すごさも感じました」


 2021年6月8日の項では、新聞の連載エッセーに書いた清滝のホタルの話が紹介されている。監督とおぼしき男性との交流の一端を描いた一文で、秘した恋情の漂うような小景でもある。


「あの文章はすごいと思った。弱々しいけれど、光を持って輝いている。ホタルはそういう象徴的なもの。100歳近いのに現役の作家として、こういう文章を書くのか、と心底驚きました。ホタルがふわふわ舞うのが、先生の命の灯がついたり消えたりするようにも思われ、そこに僕のような存在もいる。私小説ですよね。虚構と現実がないまぜになっているし、時空間も飛び越えている。不思議な世界観なのですが、作家としてどこかに到達したというような迫力を感じました」


「映画の最後に、この文章をもってくるというのは編集の初期段階で考えていたんですよね。これはこれで終われるな、先生の到達点としてこれがベストだなと思った。文学者を描いた映画なのに、文章の引用はあそこだけなんです」


 寂聴さんは、恋愛関係にあった男性を小説に描いてきた。中村監督もその男性の1人になったのだろうか。


「そんな大それた意識はないんですけど。何がしか、お役に立てた側面はあるかもしれません。その点はよかったと思っています。フランスの作家マルグリット・デュラスは晩年、年の若いパートナーと過ごしましたが、先生は『それをイメージしていた』というようなこともおっしゃっていました」


 デュラスといえば、最後の愛人ヤン・アンドレアの著書『デュラス あなたは僕を(本当に)愛していたのですか』を原作とする名優ジャンヌ・モロー主演の仏映画「デユラス 愛の最終章」(2001年)がある。16年間の愛の軌跡を描いた作品だ。



「でも、『あなたは文学はど素人だし、そういうことは望まないんだけど』と先生はおっしゃって、勝手にきれいなイメージを妄想されていたのかもしれません。先生は、51歳で出家されて性愛の部分を封印された時に、翼を得て、もっと自由に解き放たれて、恋愛を描けるようになったのかもしれません。それが最後の方に存分に発揮され、先生の中に失われていない感情が実を結んだという感じはしますね」


「朝の9時11分、寂庵の馬場さんからショートメールが届いた。『今朝お亡くなりになられました。残念』」(2021年11月9日の項、本書より)


 寂聴さんが亡くなった日の記述。淡々とした文面が、かえって、深い惻隠の情をにじませる。中村監督は11月9日には京都に駆けつけなかったという。


「東京で番組制作をしていたからです。知らせを聞き、わかりました、ということで、哀しみに浸る間もなく、仕事が現在進行形で続いていたので、あとは仕事をしていました。やっぱり、これが先生だったからかなあ。先生は、仕事が一番大事という人だったから。仕事を休んで具合の悪い母親を介護していたという友人に対して幻滅したともおっしゃっていたんですよね。男は、親の死に目に会えなくても仕事をしなくちゃだめだろうって。先生だったら同じことがあっても仕事をしていたのではないかと思います。目の前にあることをちゃんと仕上げてから、お通夜、告別式に行く、と淡々と考えていましたね」


 2022年2月13日の項ではこんな場面も出てくる。


「それは映画制作について、ぼくを強く叱咤(しった)する言葉だった。『裕さんは私をもっと撮ってお金にする気はないの? 臨終が撮りたいなら撮れるように言っておくよ。私はもう死んでしまうんだから平気よ』」


「臨終の場面は撮っていませんし、撮る気もなかった。今、撮影しなくてよかったな、と思っています。そういう映像は残ったら非常に厄介なものになっていたでしょうね。簡単に消せないし、僕だけのものではないという気もする」



「撮影を許されても、正視できなかったかもしれない。亡くなったことを表現するのに、先生の臨終の瞬間は必要なのかどうかっていうことを考えると、議論の余地がある。映像の記録というのは、一つの言語的な意味もあるわけで、ご家族や親しいスタッフ越しに撮るのか、彼らを差し置いて一番手前で撮るのか。本当に美しいと感じられる映像になるのか。カメラの位置をどこにするのかというだけで意味が変わってくる。世の中には撮ってはいけない映像や残してはいけない記録というのがあると思う」


 寂聴さんが亡くなったという事実と向き合うことをあえて避けたようにも見える。その人は生き続けている、と思いなすことができるからだ。


「それはあるかもしれません。カメラを持たずにお通夜に行った時、居間に遺体が寝かされていて棺の中に、近づいていくけれど、僕は近づいてみなかった。近づきたくなかった。見に行く理由、必要性が僕にはないというか、認めたくないというのもどこかにあったかもしれないですが、そんなロマンチックなものではなく、単純に見るのがいやだった。アップで亡きがらも見ていない。棺を送り出すときも、色とりどりの赤や黄色の薔薇の花を敷き詰めて、最後に先生が作った『白道』というお酒を花の上からかけて、『裕さんもかけて』といわれたんですけど、『そんなにかけたら燃えすぎちゃいますよ、棺桶が』といなして、しなかったんです」


「いまだに『先生から今日は電話がかかってこないな』という風になるのは、先生が亡くなったという事実を自分で認めるような、頭に焼き付くような行為をしていないからかもしれません」


「撮影日記」からも、映画自体からも、中村監督の立ち位置はまさに「当事者」だ。


「作家の沢木耕太郎さんが言うように『同じ馬車に乗ってしばらく走って、やがて降りる』という、同乗させてもらう感じがありました。今回はドキュメンタリーとしては異端かもしれませんが、僕はドキュメンタリーも基本的には主観の立場で撮るものだと思う。見やすくなり、説得力を増すのであれば、監督が自らカメラの前に出て行ってもいいんじゃないかな。今回は、寂聴先生だから、ああいう風にしか関われなかったですね。僕自身の私小説的な内容になりました」



 監督自身の経歴も、住んでいる部屋もぐっと前面に出てきている。


「恥ずかしいですけど、僕自身、中学2年生くらいの気持ちを持ち続けています。先生も女学生みたいでしたから、青春時代の断片のような交流です。少年少女のファンタジーの一面のようなものも映画にはあります。還暦を過ぎた男が、すごく高名な作家であり、僧侶である人とずっと過ごした記録ですが、いろんな見方ができるんだろうなと思うと、ちょっと楽しいですね」


(米原範彦)


※週刊朝日オンライン限定記事                       



◇朝日新聞出版


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  • バカ左翼発言を繰り返してたの見てたんですね
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