『悪女(わる)』が映す日本社会30年間の停滞 令和版の問題は平成版よりも深刻に

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2022年06月15日 06:01  リアルサウンド

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『悪女(わる)〜働くのがカッコ悪いなんて誰が言った?〜』(c)日本テレビ

 『悪女(わる)〜働くのがカッコ悪いなんて誰が言った?〜』が最終回を迎える。水曜ドラマ(日本テレビ系)で放送されている本作は、株式会社オウミに入社した田中麻理鈴(今田美桜)が、憧れのT・Oさん(向井理)と出会うために、先輩の峰岸雪(江口のりこ)から指南を受けて「出世」を目指す姿を描いたドラマだ。


【写真】30年前の石田ひかり版『悪女(わる)』


 原作は1988年から1997年にかけて深見じゅんが連載していた漫画『悪女(わる)』(講談社)。1992年に石田ひかり主演で一度ドラマ化されている。2022年版『悪女(わる)』と1992年版『悪女(わる)』を見比べると、ファッションやテクノロジーの変化は大きいが、会社における男女格差の問題は今も変わらないと感じた。だからこそ作り手もリメイクしようと考えたのだろう。


 1992年版『悪女(わる)』はトレンディドラマブームの余波で作られた作品だったが、当時の社会の空気が強く反映されていた。バブルが崩壊し、少しずつ平成不況の気配が漂っていたが、まだ日本が豊かだった時代。女性の社会進出は進んでいたものの、日本の企業の多くはいまだ男社会で、年功序列・終身雇用という昭和のサラリーマン社会は続いていた。男は定年まで働き、女の仕事はお茶組みとコピー取りといった雑用ばかりで、入社して2〜3年後には結婚相手を見つけて寿退社することが当たり前とされていた時代。「仕事のために結婚を諦めるか? 結婚を選び仕事を辞めるか?」という苦しい二択を女性は迫られており、結婚、出産後に再び働こうとしても再就職は難しかった。そして会社には女性の出世を阻む「ガラスの天井」が存在した。


 そんな理不尽な会社組織を、田中がゲームをクリアするように次々と「出世」していく『悪女(わる)』の物語は、当時、とても新鮮だった。田中の動機がT・Oさん(Xiu Jian)への「恋」というのも素晴らしく、「仕事と結婚は二択ではなく、両立できない状況はおかしいのではないか?」という問いかけとなっていた。だからこそ、峰岸が子育て中の女性の再就職を後押しする託児所のある派遣会社「レディスシンクタンク」を立ち上げる姿が、クライマックスでは肯定的に描かれたのだろう。


 この結末は、正社員と派遣社員という「新たな格差」が会社の中で生まれている現在の視点から振り返ると複雑な気持ちになるが、目指した方向性は間違っていなかったと思う。


 2022年版『悪女(わる)』でも「恋」のために田中が出世を目指す姿が反復されている。多様性、男女平等、働き方改革といった理想こそ普及しているが、出世を拒む「ガラスの天井」は温存されており、それが女性社員を苦しめている。最初にそのことを実感させられるのが、人事部を取りまとめる夏目聡子が女王蜂症候群と言われ、女子社員からも煙たがれている姿だ。2022年版『悪女(わる)』で夏目を演じるのは、1992年版で田中を演じた石田ひかりなのだが、かつて出世を目指して楽しく仕事をしていた田中の「その後」を見せられたようで、複雑な気持ちになった。


 第3話で峰岸は「女性社員はみんな田中麻理鈴」と言う。1992年版『悪女(わる)』の最終話でも峰岸(倍賞美津子)は「誰の中にも田中麻理鈴はいるの」と言い、働く女性の象徴として田中は描かれていた。これは肯定的なメッセージにも聞こえるが、初代・田中を演じた石田ひかりが、新人社員の田中の足を引っ張る姿を見ていると、始めは誰でも理想に向かって前向きに働けるが、年を重ねるにつれ「組織のしがらみによって疲弊してしまう」と言われているようにも響く。石田ひかりの苦しそうな表情は、1992年版『悪女(わる)』が示した理想がいまだ実現されていない日本社会が抱える30年間の停滞を表している。


 そんな「ガラスの天井」を打ち砕くことが峰岸の目的だということは、2作の『悪女(わる)』に共通するテーマだが、1992年版では「女性のための派遣会社設立」だった峰岸の計画は、2022年版では「女性管理職を5割にする」プロジェクト、通称「JK5」となっている。


 これは、人種、民族、性別などを基準にして政治家や官僚の数を均等に振り分ける「クオータ制」を会社に取り入れるという試みだ。峰岸が支援する島田専務が次期社長に就任したことでJK5プロジェクトはスタートする。優秀な女性社員が社内、社外問わず抜擢する峰岸。しかし強引な改革は社内で反発を呼び、職場の空気は悪化。管理職を辞退し会社を辞める女子社員も現れる。


 一方で男性管理職のリストラも進行しており、その裏でT・Oさんこと田村収(向井理)が暗躍していることが明らかとなる。男女平等を目指した結果、ついてこれない社員は男女問わずに切り捨てていく「能力主義」へと向かう峰岸と田村のやり方に田中が疑問を抱き、反旗を翻したところで、第9話は終了した。果たして最終話はどうなるのか?


 1992年版と比べると、コミカルで漫画チックな描写が増えている2022年版『悪女(わる)』だが、描かれる問題は1992年版よりも深刻で生々しいものとなっている。『悪女(わる)』が描く会社の困難は、今の日本が抱えている課題そのものである。


(成馬零一)


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