『トップガン マーヴェリック』に込められた“続編”以上の意味 トム・クルーズの集大成に

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2022年06月19日 08:01  リアルサウンド

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『トップガン マーヴェリック』(c)2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

 公開から36年を過ぎた『トップガン』に対する想いは人それぞれだろう。1986年当時、青春を謳歌していた人はレイバンやフライトジャケット、あるいはKAWASAKIのバイクを買ったかもしれない。それから毎年のように繰り返されたTV放送で初めて観た人や、VHSを擦り切れるまで観た人もいるだろう。1982年生まれの僕は、随分経ってからDVDで初めて観た。1980年代という時代を象徴するようなポップな作りに「こんな時代もあったのだなぁ」と、一時代を参照する以上の気持ちは特段芽生えなかった。


【写真】アイスマン(ヴァル・キルマー)とマーヴェリック(トム・クルーズ)


 『トップガン マーヴェリック』は冒頭5分で、1986年に熱狂した者たちと熱い抱擁を交わす。高らかに鳴り響くケニー・ロギンスの「Danger Zone」に、僕はひっくり返りそうになった。続いてトム・クルーズの登場だ。およそ60歳には見えないが、それでも36年を経た顔のしわ、たるみ、変形した鼻の歪みをスクリーンに焼き付ける。そしてマーヴェリックは今もなおレイバンをかけ、あのフライトジャケットに袖を通し、KAWASAKIのバイクを愛用していた!


 それは1986年以来、トップスターであり続けたトム・クルーズのスタンスそのものでもある。この偉大な俳優は青春映画の主人公に過ぎなかったマーヴェリックに、36年分の行間と深みをもたらした。本作で今もなお現役のマーヴェリックは、最新鋭機のテストパイロットとしてマッハ10の壁に挑戦している。この冒頭部で前作『トップガン』よりも重要な引用をされているのが、1983年のフィリップ・カウフマン監督作『ライトスタッフ』だ。アメリカとソ連の宇宙開発競争を描いたこの群像劇で、宇宙に挑むエースパイロット達に託されたのは“Right Stuff=正しい資質”を持った者達によるフロンティアスピリットである。中でも開発競争の主舞台が宇宙に移ってもなお、音速の壁に挑戦し続けたチャック・イェーガー(サム・シェパード)の姿がマーヴェリックにダブる。またこの映画で宇宙飛行士ジョン・グレンを演じていた名優エド・ハリスが、本作ではマーヴェリックに飛行機乗りの行く末を突きつける海軍少将を演じているのも重要だろう。そう、『トップガン』は36年の時を経て“アメリカの空の男の映画”として還ってきたのだ。


 では、マーヴェリック=トム・クルーズが飛び続けているのはどこか? それは“映画”の地平である。トムの若々しさに誤解しかねないが、『トップガン マーヴェリック』は歳月を否定する映画ではない。36年を経て合流が叶ったメインキャストはアイスマン役のヴァル・キルマーただ1人であり、実際に咽頭がんを患った彼は声を出すこともできなかった(劇中の音声はキルマーの昔の声と、実子の声をAIが合成したものだという)。ストーリー上、登場しても全くおかしくないメグ・ライアンはとうに一線にはおらず、オリジナル版の映像で回想されるのみである。36年間、“飛び続ける”ことは決して容易くはない。そしてストリーミングサービスが台頭し、コロナによって映画産業の衰退に拍車が掛けられた今日、映画スターという存在も未来に居場所はないのかもしれないのだ。それでもマーヴェリックは言う。「Not Today」と。


 1996年の『ミッション・インポッシブル』以後、ほぼ全ての出演作をセルフプロデュースしてきたトム・クルーズは、映画スターであると同時に“映画作家”である。戦闘機にIMAXカメラを搭載して撮影したという驚異的な飛行シーンは、映画館のスクリーンでこそ体験できるスペクタクルだ。ジェニファー・コネリーらベテランから、マイルズ・テラーを筆頭にしたエネルギーあふれる若手まで素晴らしいキャストが集められ、『オブリビオン』でもタッグを組んだジョセフ・コシンスキー監督がまとめ上げた。トムはパンデミックによって苦境に立たされた映画館を救うべく、然るべきタイミングまでこの続編の公開を延期し続け、そして万全のプロモーション体制をもってキャリア史上最高の大ヒットを飛ばしたのである(公開直前に来年公開の『ミッション・インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』の予告編をリリースするダメ押しっぷり)。


 本作は最高の映画を作るという、ある種の“不可能任務”に挑み続けてきた映画作家トム・クルーズについての自己言及的映画とも見える。長らくトム出演作の脚本やノンクレジットのリライトを手掛け、今やMIシリーズの監督でもあるクリストファー・マッカリーの存在は無視できないだろう。本作でも製作、脚本を手掛ける重要なクリエイティブパートナーである彼の存在が、『トップガン マーヴェリック』に大ヒット作の続編以上の意味を持たせたのではないだろうか。


 マーヴェリックの36年とはトム・クルーズの36年であり、その哲学は時に古風にも映るかも知れない。しかし飛び続けることはかくも美しい。『トップガン マーヴェリック』はトム・クルーズが“Right Stuff”を持った最後の映画スターであることを証明する、集大成である。


(長内那由多)


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