◆ 猛牛ストーリー 【第23回:能見篤史】
連覇と、昨年果たせなかった日本一を目指す今季のオリックス。監督・コーチ、選手、スタッフらの思いを「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。
第23回は、プロ18年目の能見篤史投手兼任コーチです。現役続行を希望し、阪神からオリックスに移籍して2年。5月28日に43歳を迎えた球界最年長投手は、宮城大弥らからチーム内でのお父さん的存在と慕われています。6月12日の交流戦・阪神戦(京セラD大阪)が今季初登板。1回を無安打・無失点と健在ぶりを示しました。
◆ 古巣ファンからも大きな拍手
「無事にというか、監督の粋な計らいもあって。良い緊張感でしたけど、点差も点差だったので。昨年、一昨年とはお客さんの数が違うので、拍手の多さには鳥肌が立ちましたね」
開幕戦で山本由伸の後を継いで登板した昨年から、遅れること約2カ月半。古巣の阪神戦での今季初登板に、ベテラン左腕の声もちょっぴり弾んだ。
0−6と大量リードを許した8回から登板。1回を打者4人、無安打・1四球で無失点。10球で仕留める投球内容に阪神ファンからも大きな拍手が沸き起こったが、表情を変えることなく小走りでベンチに向かう姿は、いつもの能見らしかった。
5月11日に新型コロナウイルス感染が判明したこともあったが、一軍マウンドがここまで遠かったのは、兼任コーチという自身の役割があるから。
「コロナの影響はそこまでありませんでした。(チームとして)他の投手がまだ元気だったので。この歳なので、何か困った時に手助けできればいいと思っています」
自身の出番によって、伸び盛りの若手が多い投手陣の成長を邪魔することのないように一歩身を引く。気持ちは「コーチ」に軸足を置いている。
しかし、あくまで戦う集団の中でマウンドを競う現役投手。「いつでもいけますよ、という準備は必ずしておかなくてはならないんで。良い緊張感の中で、自分の役割はしっかりと果たそうと思っていました。『まだ投げられる』と思ってもらえることが大事。そこは継続したいと思います」とこだわりをみせる。
◆ 若き左腕を新人王に導いた“ひと言”
移籍1年目の昨季は、中継ぎで26試合に登板。防御率は4.03で2つのセーブを挙げたが、2008年以来で2度目となる「0勝」でシーズンを終えている。
それでも、ブルペンなどでの若手投手へのアドバイスで存在感を示した。
8月中旬以降、1カ月以上も勝ち星から見放された宮城には「このままでは勝てないよ」とだけ告げた。
「その感じ方、考え方では勝てないよ、という意味だったと思います」
技術的な問題よりも気持ちの持ち方に問題があったと感じ、「1人で背負い過ぎなくてもいい」と切り替えた宮城は、13勝を挙げ新人王に輝いた。
「たいしたアドバイスではありません。技術的なことではありませんが、それが技術も低下させているのではと。まだ19〜20歳で疲れるのは当たり前。誰もフル回転してくれなんて思っていない。本人はそうは思っていなかったようですが、これから先の方が長い。僕はそんな感じで見ていました」と能見。
多くは語らずとも時宜にかなった助言で、若い投手が迷路から抜け出すきっかけを与える。能見の存在意義は、まさにそこにある。
「ローテーションで回っていると、極端な話投げ込みはしなくてもいいんです。感覚は覚えているんで」
調整に関する話を聞かせてもらったのは、昨年の宮崎春季キャンプでのことだった。
「登板日が決まっていて、2〜3日前に練習で良い投球をしても、本番では全然違うことがあります。試合前の投球で『あれっ、この前投げた時と全然違うな』というのがあるんです。2〜3日前の良い感覚を維持する方が大変。その意味では、状態が悪い方が良いんです」
「自分は不安が5割。今日は調子が良いと思ってマウンドに登っても、打者がそう感じていない時もある。ブルペンでダメな時ほど良くなることもあります。ダメならダメでそこから始まるんで。例えば、今日はボールの質が良くないので、低めを徹底していくとか、準備をして試合に入るんです。そっちの方が良い結果につながったりします」
昨季までのプロ17年間で469試合に登板し、104勝93敗、4セーブを挙げたベテランの話は続く。
「今日のマウンドは良かったけれど、次の登板では滅茶苦茶悪かったり、誤差があったりします。その誤差の幅をいかに狭くするか、至って普通の状態を目指すんです。普通にしておけば、ちょっと悪くても何か対処が出来ます」
能見の対処法は、2つくらい頼りに出来るボールを持つことだという。
「フォークボールがそんなに良くなくても、他のボールで悪いフォークを普通に見せる。そのように目先を変えるんです」
調整を続ける中で気を付けることや、マウンドに登るまでのイメージトレーニングなど、自身の経験をもとに語る準備の大切さは、経験の少ない投手にとって金言だろう。
◆ 宮城へのメッセージ「今年は8勝止まりだね」
そんな能見を、宮城は「チームの中でのお父さん」と慕う。
「比嘉(幹貴)さんや平野(佳寿)さんもいらっしゃいますが、ピッチャー的な部分でいうと、能見さんですね。コーチでもあり、同じ左だということもあります」「ちょっと上から目線になっちゃいますが、僕だけでなく面倒見がいいというか、誰に対しても一番に声掛けをしてくれるように見えます」。
今季の開幕直後、能見は宮城に「今年は8勝止まりだね」と声を掛けたという。昨年同様に、その理由は示してはいない。
「具体的には言えないのですが、去年のアドバイスとは、また内容が違います」と能見。レベルが上がった分、助言の内容も濃いもののようだ。
宮城からは「8勝以上したら、合宿所まで迎えに来て京セラD大阪まで車で送って下さいよ」と返って来たという。
そんな軽口を23歳差の2人が交わせるあたり、信頼関係で結ばれる父子のようでもある。
その後、6連勝は逃したものの、宮城は5勝3敗と順調に星を積み上げている。
「アイツはそう言ってますけど。迎えだけでなく送りもあるのかは、その時になってみないと」
約束まであと3勝。しかし、「まだ分かりません。勝てる時は勝てますが、いろんな要素がありますからね。本人次第なんで」。コーチとして、左腕の先輩として、宮城の自律を願う思いに変わりはない。
◆ 「若い投手が活躍してくれると嬉しい」
自宅では、中学生の長女と小学6年の長男、小学4年の二男の3人のお父さん。移籍先にオリックスを選んだが、引っ越しを伴わず自宅から通えることが選択肢の中で大きな理由だった。「家族もそうですし、それが一番ですね」と語る。
野球を始めたのは小学3年から。少年野球チームのコーチを務めていた父・謙次さんの影響だが、「強制ではなく自然でした」と振り返る。
「僕は別のコーチに教えてもらっていたので、チームの中では話すわけでもなかったですね。親子なので多分、距離を置いていたんだと思います」
3年前の4月に68歳で他界した謙次さんは元警察官。背筋を伸ばした、きりっとした立ち姿。質問に迎合することなく、歯切れよく答える能見の立ち居振る舞いは、警察官だった父譲りのようにも見える。
「それほど厳格ではなかったですね。うちの家系は警察官が多いですし。そこまで怒られることはなかったし、僕は基本的に自由に野球に没頭していただけなんで」という。
父の教えについては「信念の部分なので具体的にはありませんが、野球はしっかりとずっとやって来たので、そこは守っていますね」。40歳を過ぎてもプロの第一線で腕を振っていることは、最大の親孝行といえるだろう。
「僕は選手だけではないので、若い投手が活躍してくれると嬉しいですね。良い投手がたくさんいて、ちょっとしたことで劇的に変わる投手がいる。もっと出来るんです」とコーチの顔に戻った能見。
「父の日」の19日も、若い投手陣の「父親的存在」として、ブルペンで「気付き」の一声を掛けることだろう。
取材・文=北野正樹(きたの・まさき)
【動画】虎党も拍手…オリックス・能見が古巣戦に登板!
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誰からも愛される能見さん😍
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大きな大きな拍手を浴びて
今シーズン初登板#能見篤史 1回無失点
#プロ野球 (2022/6/12)
🆚オリックス×阪神
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