屋久島で永久の時間軸に生きる巨木を撮り続けてきた写真家・秦達夫

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2022年06月27日 17:00  AERA dot.

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写真撮影:秦達夫
撮影:秦達夫
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 1993年に日本で初めて世界自然遺産に指定された屋久島(鹿児島県)。その豊かな自然を20年ちかく追い続けてきた秦さんの写真展「Traces of Yakushima」が6月28日からキヤノンギャラリー銀座(東京)で開催される。


【秦達夫さんの作品はこちら】
 昨年開いた写真展「Harmony」では、ミュージシャンのSUGIZOさんをこの島の深い森のなかで写した作品を展示した。意外なことに、人物と風景の撮り方は基本的に変わらないという。


「ジャンルが違うから、別モノと思っている人が多いですけれど、ぼくにとってはまったく同じで、光の加減もそうだし、場所選びもそう。ただ、撮っているものが人か風景かの違いだけです。強いて違いを挙げれば、レフ板やストロボを使うといった細かなテクニックくらいですね」


 そんな撮影スタンスを持つ秦さんは、屋久島の樹齢数千年の大木に対して、「ぼくが経験していない昔のことを知っている、いきもの、という気持ちがある」と言い、屋久杉のことを長い人生のなかでさまざまな出来事を見てきた古老のように話す。


「この木が持っている時間と、ぼくの持っている時間では圧倒的な差がある。それを前にすると、自分がちっぽけに見えるし、その何千年という時間のなかにいられる自分の存在が不思議に感じられるんです」



■時間という概念をなくしたい


 屋久杉を目の前にして感じた、時間がないような感覚。それを表現するために選んだのが、真四角のフォーマットだった。


「例えば、35ミリ判カメラの画面は横長ですけど、それは時間の流れとか方向性を暗示しているように感じる。画面が真四角であることはぼくにとってはすごく大事で、屋久杉はこの『時間の概念がないフォーマット』で表現することが望ましいと思いました」


 撮影で使用したブロニカGS−1は本来、少し横長の6×7判のカメラなのだが、2回目に屋久島を訪れたときからフィルムバックを6×6判に交換して使うようになった。


「つまり、時間という概念をなくしたい、という考えの表れです。それによって生まれてくるものがある、と思います。実際にそれが生まれているかはわかりませんけれど、そういう世界観をつくり出したかった」


 さらに写真の「色」も時間の表現に大きく関わっているという。


「昼間の白い光が夕方の赤い光に変わっていく。若葉のときは緑だけれど、それが黄や赤になるとか。色があることで、写真に時間の概念が備わってくる。モノクロで撮ることによって、時間の概念がなくなる、とまでは言えませんけれど、それが薄れていく」




■屋久島に通って、ちょっと不幸だったこと


 モノクロの真四角な画面に収められた曲がりくねった太い幹や枝、長年の風雨に削られた倒木や岩を見ていると、自然の造形美に魅せられたアメリカの写真家、エドワード・ウエストンの作品を思い浮かんだ。


 モノクロのネガフィルムをデジタルカメラで複写してつくり上げたというプリントは被写体のエッジが立ち、力強さを感じる。


 この島には樹齢1000年を超える屋久杉が数千本も自生しているといわれる。秦さんの話を聞いて、おかしかったのは、「屋久島をずっと撮っていて、ちょっと不幸だと思った」エピソード。


「日本の多種多様な森が好きで、屋久島以外にもあちこちの森を撮り歩いているんですけれど、ほかの場所で『太い』といわれる木を見ても、『細い木だなあ』って、思ってしまうんです。『マザーツリー』と呼ばれている太い木を前にすると、確かに大きいんですけれど、『うーん、このお母さん一本だけか』、みたいな。もちろん、美しいと思うし、何百年の時間を背負っていることにすごく敬意を持ちますけれど、そういう見方をしてしまうところはあります」



■島を巡り、たどり着いた屋久島


 秦さんは1970年、長野県飯田市で生まれた。


「ぼくは『海なし県』の山の谷間で生まれ育ったので、見たことのない島への憧れが漠然とあった。屋久島を初めて訪れたのは2005年で、最初はちょっと違う島を撮ろうと考えていた。でも、いろいろな島を訪れていくうちに屋久島にたどり着いた」


 いつも秦さんの頭の中には生まれ育った身近な森の風景があった。


 北海道の利尻島、礼文島を訪れると、そこには深い森がなかった。樹木が大きく育つにはあまりにも厳しい自然環境だった。「美しい森だとは思いましたけれど、ちょっと違うな、という感覚を抱きました」。


 沖縄県の西表島の森はジャングルだった。「ぜんぜん経験したことのないすごい森。でも、自分の感情とはリンクしなかった」。


 それに対して、屋久島の森は「本州の森をスケールアップしたような感じだった。苔もすごく美しくて、ここを撮ってみたいな、という気持ちほんとうに素直になれたんです」。




■「もう、屋久島に住めば?」


 これまで屋久島には60回ちかく通い、写真集も3冊出版した。


「でも、何回行っても飽きないんです。同じ場所に行っても毎回、『あれ? 屋久島、こんなところだったの』、と思うんですね。通っているけれど、気づいていないことがある。それを全部、知りたい、見たい、写真に撮ってみたい」


 周囲から「もう、屋久島に住んじゃえばいいじゃない?」と、言われることがけっこうあるいう。


「でも、住んでしまったら、新鮮さを感じられないんじゃないか、新しいものを見つける感覚がなくなっちゃうのでは、と思いますね。屋久島に暮らしていれば『今日は天気がいいから出かけよう』とか、できるのはすごくいいですけど」



■通うことで蓄積されるもの


 これほど通ってもまだ歩いていないルートがある一方、屋久島に行けば必ず訪れる場所もある。その一つが比較的手軽に屋久杉を見られる「ヤクスギランド」。


「この入り口から遊歩道を歩いて1.5キロくらいのところにある『蛇紋杉』がすごく好きなんです。倒木なんですけど」


 興味深いのは、蛇紋杉を訪れる理由だ。


「蛇紋杉に行って撮るか、といったら、撮らない。ただ、好きで見に行くだけ。まあ、途中で何かを見つけられればいいや、くらいの感じで、とりあえず、歩いて行く。それで、(ああ、蛇紋杉を見たな)と。そこでぼーっとしたり、また別のところに行ったりする」


 秦さんいわく、「被写体をどれだけ理解しているかは、通うことによって蓄積されるものによって決まる」そう。


「その蓄積にはものすごく長い時間が必要で、そのために何回も通い、何回も歩く。その歴史が、ぼくの中にはあります」。秦さんは自信を込めて語った。


(アサヒカメラ・米倉昭仁)


【MEMO】秦達夫写真展「Traces of Yakushima」
キヤノンギャラリー銀座 6月28日〜7月9日
キヤノンギャラリー大阪 10月18日〜10月29日


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