元関脇・豊ノ島が語る「てんかん」という病の難しさ 「偏見が怖いから隠すのではなく普通に話せる社会に」

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2022年06月29日 12:30  AERA dot.

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写真元豊ノ島の井筒親方(撮影/國府田英之)
元豊ノ島の井筒親方(撮影/國府田英之)
大相撲の人気力士で、一昨年に引退した元豊ノ島の井筒親方(39)。断髪式が行われた今年5月、子どものころから「てんかん発作」の持病を抱えていたこと、引退後はてんかん患者のために活動をしていくことが報じられ注目を集めた。ところが当の井筒親方に話を聞くと「てんかんのことを良く知らずに生きてきた」そうで、活動をしていくにあたり病気のことを学んでいる最中だという。当事者なのに、なぜ病気のことを“知らない”のか。世の中にあまり知られていないてんかんという病気の特性と、親方の思いを取材した。


【問題となっている「高齢者てんかん」の原因はこちら】
*  *  *
 東京・両国にある時津風部屋で記者と向き合った親方は開口一番、こう切り出した。


「てんかんの持病は子どものころから隠していなくて、大相撲の入門時も公にしてきました。ただ、僕自身、てんかんのことをよく知らずに生きてきたんです。ちゃんと知りたいと思って、自分なりに学んでいるところなんですよ」


 親方自身が、てんかんの当事者でありながら、「よく知らずに生きてきた」のはなぜなのか。


 親方がてんかん発作を初めて起こしたのは小学校2年のときだ。冬休みだったか、朝に目が覚めてトイレに行き、母親から朝ごはんを食べるか聞かれた。


「まだ寝る」


 その言葉を発した後、井筒親方の意識は途切れる。


 翌朝。目が覚めたらなぜか病院のベッドにいて、母親がそばに寄り添っていた。


「おなかが空いた」


 幼いがゆえに、事態がまったくのみ込めていなかった井筒親方。


「白目をむいて、口から泡を吹いてけいれんした」。後から親にそう聞かされた。検査の結果、脳波に異常が見つかり、てんかんだと分かった。


 親方が自身の症状を「よく知らずに生きてきた」という理由のヒントがここにある。


 日本てんかん協会の田所裕二・事務局長によると、てんかん発作は脳の中で異常な電気活動が起きることで生じる。親方のような大きな発作もあれば、少しだけぼーっと遠くを見つめたり、立ち上がってさまよい歩くなど発作とは気づかれにくいケースもある。



 症状は人によってさまざまだが、


「発作中は意識を失っていることが大半のため、自分に何が起きたのかが分かりません。結果、自分の病気がどのようなものかをよく分かっていない患者さんがいます」(田所さん)


 患者は周囲にいた人に聞くなどする以外、自分の身に何が起きたかを知るすべがないのだ。


 井筒親方もこう振り返る。


「毎回、ある瞬間に記憶が消えてしまい、気づいたら病院のベッドにいました。なので、自分自身に起きたことなのに、どうなったのかが本当に分からないんです。発作を起こしている人を見たこともないので、こういう感じなのかなという想像しかできません」


「隠すな」という父の教えもあり、周囲にはてんかんを公にした。その後、小3と中2のときに発作を起こした。高校3年で角界入りしたときには、部屋の兄弟子に、てんかんの持病があることと、親から聞いていた症状をそのまま伝えた。


「白目をむいて口から泡を吹いてけいれんしちゃうんです」(親方)


「大丈夫なのか、それ?」(兄弟子)


 最後の発作は、すでに十両入りしていた21歳の時。


 昼寝をして、夕方になり出かけようと浴衣を着て……目が覚めたら病院のベッドにいた。


 そばにいた兄弟子はパニックになった。舌をかみ切らないように慌てて口に手を突っ込み、親方の歯が爪を貫通したという。


 ここでも重要な点を、てんかん協会の田所さんの話をもとに補足する。大きな発作を起こすと手足が激しくけいれんするほかに、▽白目をむく▽顔面が激しく引きつる▽歯を食いしばって呼吸が乱れ、よだれや泡状の唾を吐きだす、などの症状が出る。


 かつては、兄弟子が取った対処のように「舌をかみ切らないために」口にタオルなどを詰めるのが良いとされていたが、今はNGである。歯を食いしばっても舌をかみ切ることはなく、逆に口に何かを入れようとして歯を折ったりけがをさせてしまうリスクが大きいことが分かっているためだ。けいれんが収まるまで見守り、収まったら身体を横にしてあげるのが良いとされている。



 ただ、白目をむいて顔面が激しく引きつり、歯を食いしばって泡を吹く様を見ると介助者はパニックになってしまう。


「対処の仕方について調べていたとしても、実際の発作中の顔のようすやけいれんは、見たことがない人には想像ができない姿です。介助する側も我を忘れてしまい、必死のあまりに口を開けなきゃと手などを入れようとしてしまうケースは今もあります」(田所さん)


 その様子から、古来、ヨーロッパでは「悪魔に憑りつかれた病気」と呼ばれた。日本では「キツネが憑いた」などと言われ差別的な扱いを受けた歴史がある。薬で発作を抑えることができている患者が増えた今でも、てんかんの理解が進んでいるとは言い難い。


「(発作の後)周りが急によそよそしい態度になって、それがつらく感じるという患者さんがいます。就職を断られたり、結婚に影響することもいまだにあります。パートナーにてんかんがあっても仲良く暮らしている夫婦や、職場の理解を得て働いている人も多くいるのですが、なかなか焦点が当たらないこともあり、てんかんがあることを言えない患者さんがとても多いのが現実です」(田所さん)


 井筒親方は、酒はもともと好きではないことと、てんかんへの悪影響を考えてほとんど飲まず、運転免許の取得も控えたが、発作がまれだったため「もう大丈夫だろうと思ってずっと相撲をやってきた」という。発作の様子についても兄弟子たちは明るく話してくれた。周囲にも恵まれ、実力をつけて角界で出世を果たした。


 そんな親方が、てんかんと向き合い始めたのはここ数年のこと。妻の友人が、発作を記録するアプリを開発した縁で、医療関係者や日本てんかん協会などとつながりができた。


 当事者たちとのかかわりの中で気づいたことがある。てんかんを公にしてきた自分の姿勢や、明るく接してくれた兄弟子たちが「普通」ではないということだ。


「てんかんの持病を隠している人、てんかんをもっと知ってほしいと願っている人がたくさんいるのだと感じました。確かに、悲惨な交通事故のときに焦点が当たったりとネガティブなイメージを持たれがちで、言いづらい状況なんだろうと思います」(井筒親方)



 自らてんかんを公表し、プロのアスリート人生を全うした親方は当事者たちには心強い存在だ。だからこそ、支援する側に立とうとしている今、親方はてんかんを自分なりに学び、てんかんの息子に寄り添ってきた親にも当時の話を聞くようになった。


 子どものころ、風呂に入っていると母がちょくちょく声をかけにきたが、それはどの家庭にもある日常ではなく、発作を起こしていないか心配して来ていたということ。高いところやジェットコースターがいまだに苦手なのも理由があった。


「脳を興奮させるとてんかんによくないからと、僕が小さなころに、母が高所やジェットコースターはだめだと言い続けていたのだと聞きました。それが、自分の頭の中に残っていたんですね」(井筒親方)


 てんかんと向き合うことで、親の支えをより深く知るきっかけにもなった。


 井筒親方は、


「自分は症状がかなり軽い方です。もっと重い方々がいることを考えると、自分が患者さんたちの先頭に立つというのはちょっと違うと思います」と正直に打ち明けつつ、こう思いを語る。


「人の助けが必要な病気だと思います。一人でも多くの人にてんかんを知ってもらって、寄り添っていただける世の中になることを願っています。偏見が怖いからてんかんを隠すのではなく、てんかんですよって普通に話せる社会。てんかんを明かすのに、勇気をふり絞る必要のない社会になってほしい。情報を発信する機会やイベントなどがあれば、積極的に協力していきたいと思っています」


 国内に約100万人いるとされているてんかん患者。周囲に患者がいないと感じるのは、「言えない」だけなのかもしれない。親方は謙虚だが、その思いに勇気づけられる患者や家族はたくさんいるだろう。(AERA dot.編集部・國府田英之)


◆てんかん
人間の細胞には「電気的流れ」があるが、大脳でその電気的流れに突然異常が生じることで「てんかん発作」を起こす。日本に患者は約100万人いると推定されており、子どもから高齢者まで誰もがかかる可能性のある病気である。脳のどの部分に異常が生じるかで人により発作の症状はさまざまで、突然意識を失って倒れけいれんを起こしたり、意識がある状態で身体の一部がけいれんしたりするが、大半は数十秒から数分の一過性のもので自然に収まる。患者の70%は抗てんかん薬の服用で発作は止まる。てんかんの特徴や対処の仕方は日本てんかん協会のホームページに掲載されている。(https://www.jea-net.jp/)


このニュースに関するつぶやき

  • 車の運転をしたいから、自分の都合で病気を隠す人もいたりする。そういう人が1回事故を起こすと、それまでの啓もう活動が全て台無しになる
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