なぜ戦争中のウクライナ剣士たちは国際大会に参加できたのか ヨーロッパの国境を越えた“剣道の理念”

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2022年06月29日 19:04  ねとらぼ

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写真2019年にセルビアで開催された「欧州剣道選手権大会」(写真提供:KENDO FAM)
2019年にセルビアで開催された「欧州剣道選手権大会」(写真提供:KENDO FAM)

 5月27日から30日まで、ドイツ・フランクフルトにて「欧州剣道選手権大会」が開催された。日本ではあまり知られていないが、ヨーロッパには約2万人の有段者がいて、本大会はヨーロッパ最大級の剣道の祭典だ。



【画像】試合に臨むウクライナ女性剣士たち



 3年に一度開催される「世界剣道選手権大会」の開催年を除き毎年開催されており、今回は31回目。コロナ後初の開催だったため例年より参加国は減少したが、ヨーロッパ・アフリカ地域32カ国から剣士が集まり剣を交えた。



 この大会に、戦争中のウクライナからも参加があった。各国に散らばった選手たちの旅費や防具を集めたのは、パリ在住のEvgeny Andreev氏(以下エブゲニイ氏)だ。大会開催の約3カ月前からクラウドファンディングで協力を呼びかけ、最終的に1万1936ユーロ(約168万7675円)を調達。ウクライナに住む男性選手の一部の参加はかなわなかったが、9人の選手(ジュニア1人、男性3人、女性5人)が参加した。



 なぜ、ウクライナ人たちは戦争中にもかかわらず、剣道の大会に参加したのだろう? パリ在住剣士がクラウドファンディングを行った理由は? そこには、日本文化の「剣道」を通して培った、ヨーロッパ剣士たちの友情があった。



 実際に試合に足を運んだ筆者が、現地の様子をレポートしつつ、ウクライナ剣道連盟会長のKostyantyn Stryzhychenko氏(以下コスチャ氏)、クラウドファンディング発起人のエブゲニイ氏(錬士六段)に話を伺った。



●2022年3月2日、クラウドファンディング始まる



 筆者は中学1年生のときに剣道をはじめ、2017年にオランダに移住した後も現地で剣道を続けていた。ヨーロッパに来て知ったことの1つに、国を超えた剣士たちの交流が挙げられる。隣国のドイツ、ベルギーとの交流はもちろん、ウクライナからもよく剣士たちがオランダに稽古に来たり、オランダ主催の国際大会に参加したりすることもあった。



 さて、そんな状況だったので、今回のロシアのウクライナ侵攻は衝撃だった。「今度防具を持って遊びに行くね」と話していた地域が爆撃に遭ったと聞いて、すぐにウクライナ剣道チームキャプテンのAlex Konstantinov氏(以下アレックス氏)に連絡した。するとロケットが空を飛ぶ動画と、街に落下した残骸の写真が送られてきた。これまでに感じたことのない、大きな衝撃を受けた。



 彼らのために何もできない自分に無力さも感じた。せめて、人道支援をしている団体に募金を……と考えていたときに、ウクライナ剣道代表チームのためのクラウドファンディングが立ち上がったことを知った。



 しかし、世界中が注目する戦争の最中だ。正直、「剣道どころではないのでは?」と最初は思った。また、ウクライナにも公式の剣道連盟がある。なぜウクライナ剣道連盟ではなく、エブゲニイ氏がこのキャンペーンを立ち上げたのかも疑問だった。



 そこで同氏に連絡し、なぜクラウドファンディングをしているのか、そしてそこにどんな意味があるのかを伺った。



 エブゲニイ氏は現在パリ在住。何年も前から剣道を通じてウクライナの人々と交流し、友情を深めてきたそうだ。



 エブゲニイ氏「ひどいニュースばかりが飛び交う中で、何かたった1つでも、ポジティブなことをしたかったんです。それがきっと希望につながると信じていました。



 クラウドファンディングは、私の自己責任で始めました。そしてコスチャ氏(ウクライナ剣道連盟会長)に『大会参加のための資金を集めているんだ。君たちが来なくちゃ始まらないよ』と呼びかけたんです。



 彼はすごく喜んでくれたけど、でも、状況に対してあまり楽観的ではありませんでした。確信が持てなかったのかもしれないですね。私の周りの人たちは、誰もうまくいくとは思っていなかったみたいで、『それ本当にうまくいくの?』と言われていました」。



 しかし、クラウドファンディングキャンペーンは、ヨーロッパ剣道界で広く拡散された。Webサイトが英語にもかかわらず、日本人からの協力も多かった。活動は細やかに報告され、資金集めだけではなくエブゲニイは周りの人々に呼びかけをして防具を集めたり(ウクライナ国外に逃げる際、防具を持って来られない剣士がほとんどだった)、オリジナルの手ぬぐいを作って資金の足しにしたりしていた。



●欧州剣道選手権大会への参加がかなう



 ウクライナは現在、成人男性の多くは国外に出ることがかなわないが、ウクライナ国外で働いていた男性選手や、国外に避難した女性剣士・少年剣士たちは大会参加が可能だった。会長のコスチャ氏はウクライナ在住だが、特別に国外に出る許可が降りた。



 国外に避難した選手たちは現在、ポーランドやオランダに住んでおり、大会前にはそれぞれの国の剣士たちと一緒に稽古をしていたそうだ。



 大会当日は、そろいの手ぬぐいをつけて試合に臨んだ。本大会には男性個人・団体、女性個人・団体、ジュニア個人・団体の計6部門が設けられており、今回ウクライナは5部門に参加。入賞はかなわなかったが、参加選手たちにあたたかく迎えられ、交流を楽しんだ。



 また、本大会は会場のすぐ隣にウクライナの難民キャンプがあった。このため、剣道とは関係のないウクライナ人たちも応援に駆け付けた。



 「ウクライナの剣士たちにとって大会参加は『希望』の1つだった」とコスチャ会長は語る。彼は2008年にウクライナ剣道連盟を立ち上げ、2010年に初めて「欧州剣道選手権大会」に参加。発足から14年と歴史は長くないが、ウクライナで日本の剣道を普及させるために力と心を尽くしてきた優しい剣士だ。その行動力と熱意に心を打たれ、日本の高名な八段の先生もセミナーを実施しにウクライナを何度も訪れている。



●日本文化の剣道を通して、和の精神で平和を願う



 全日本剣道連盟は、剣道修練の心構えを次のように定義している。



「剣道を正しく真剣に学び 心身を錬磨して旺盛なる気力を養い 剣道の特性を通じて礼節をとうとび 信義を重んじ誠を尽して 常に自己の修養に努め 以って国家社会を愛して 広く人類の平和繁栄に 寄与せんとするものである」



 平和について、私たちは普段はほとんど意識しない。しかし、彼らは剣道を通じた平和を体現してみせたように思う。



 まだ戦争は終わらない。できることはほとんどないかもしれない。しかし、誰もが「自分にできること」を探し、助けを求められたときは手と手を取り合っている。



 もともとは、クラウドファンディングの資金で賄われるはずだった参加費用は大会主催国ドイツの厚意でまかなわれ、大会当日も参加国にウクライナはあたたかく迎えられた。



 「今後の展望」なんて聞くのはまだ早いかもしれない。ウクライナに戻ったコスチャ氏は現在、国内でのボランティア活動に奔走している。しかし、あえて彼にウクライナ剣道がどんな絵図を描いているのかを聞いた。



 「日常生活の中にも、剣道の理念を取り入れていくこと。そして、世界剣道連盟に所属し、世界大会に出場すること。それが私たちの夢であり、ウクライナ剣道の発展につながると信じています」



 いつか、以前のように剣道ができるようになったときに、彼らの夢がかなうことを願ってやまない。


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  • スポーツの国際大会はウクライナよりもロシアの参加の方が気になるのと、なんとなくウクライナ頑張れの雰囲気があると対戦相手が気の毒かな。
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