「はやぶさ2プロジェクト」が9つの“世界初”実現を可能にしたマネジメントの秘密とは

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2022年06月30日 10:00  AERA dot.

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写真はやぶさ2のプロジェクトマネジャーを務めた津田雄一さん
はやぶさ2のプロジェクトマネジャーを務めた津田雄一さん
 2022年6月29日、小惑星「リュウグウ」から貴重なサンプル(試料)を持ち帰った「はやぶさ2プロジェクト」が正式に終了することが発表されました。今後は、「はやぶさ2拡張ミッション」という新しいプロジェクトに引き継がれます。6月以降、試料の分析結果が徐々に明らかになってきていますが、はやぶさ2はなぜ9つもの世界初を含む偉業の数々を成し遂げることができたのでしょうか。それらを可能にしたマネジメントの秘密の一端を、『はやぶさ2のプロジェクトマネジャーはなぜ「無駄」を大切にしたのか?』(津田雄一著)から一部を抜粋・加筆して解説します。


*  *  *
■机も名刺もなかった、就職1日目


 はやぶさ2の先輩、初代はやぶさが打ち上がった2003年は、私がJAXAに就職した年でもありました。正確に記せば、JAXAという組織はまだありません。この年の10月にISAS(宇宙科学研究所)、NAL(航空宇宙技術研)、NASDA(宇宙開発事業団)という3つの航空宇宙機関が統合されてJAXAは発足します。


 大学で宇宙工学を学んだ私の興味は、深宇宙探査に向けられました。それを仕事にしたければ、3つの航空宇宙機関の中でも宇宙科学研究所(宇宙研)に行くのが選択肢の一番目になると思っていました。その大きな理由の一つがはやぶさです。在学中に計画を知り、「そんなすごいことを日本がやるのか」と純粋に驚き、プロジェクトを手がける宇宙研を就職先の第一志望にしたのです。


 大学院修了後、念願叶ってはやぶさのプロジェクトマネジャーをしていた宇宙研の川口淳一郎さんの研究部門に採用されました。しかし、辞令もなければ、入社式もありません。4月になって神奈川県相模原市にある宇宙研に行ってみると、川口さんは不在。5月9日のはやぶさ打ち上げのため、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所に出向いていたからです。


 研究所には自分の居場所がありませんでした。机もなければ、名刺もない。仕事の指示を仰ごうにも、同じフロアのメンバーの大半は内之浦に行っています。見かけるのは研究部門に所属している大学院生ばかり。ですが、その中に1人だけ見知った顔があった。大学時代に1年間だけ研究室で一緒だった佐伯孝尚さんです。




 佐伯さんは後に、私がはやぶさ2のプロジェクトマネジャーに就任した際、それまでは私が務めていたプロジェクトエンジニアの役回りを引き継いでくれることになるのですが、彼をつかまえて、取りあえず学生部屋の空いている机を使わせてもらい、宇宙研での日課を教えてもらいました。それが就職の第一日目。ですから、社会人となった私に職場での過ごし方を最初に教えてくれたのは、まだ学生だった佐伯さんということになります。


■緊迫した現場で学んだ「想定外を想定する」ことの大切さ


 数日して、ようやく川口さんからメールがありました。「探査機チームに入ってもらうから内之浦に来るように」という指示です。何をするのかまったく見当はつきませんでしたが、取るものも取りあえず私は内之浦へ。


 内之浦宇宙空間観測所には直径34メートルのパラボラアンテナがあり、その下の建屋にロケット班とSA(科学衛星)班の部屋はありました。「SA班・津田」と書かれたバッジも用意されていて、私はようやく宇宙研の一員になったことを実感できましたが、具体的な役割が用意されていたわけではありません。何もかも初めて目にすることばかりです。打ち上げ前の準備で、みんなが忙しく動き回っている中で、ちょっと手が空いていそうな人を見つけては自己紹介をし、設備や作業を一から教えてもらいました。初仕事というより、小惑星探査の何たるかを学ぶために内之浦へ行ったようなものです。


 打ち上げ前の現場は緊迫していました。私が勉強してきた専門領域は軌道力学関係ですが、実際に宇宙へ飛ばすロケットや探査機の軌道計算がどうやって行われるのか、打ち上げの間際まで計算を続けている現場を見て、一つの正しい答えを導き出すだけが軌道設計に求められる作業ではないことを痛感しました。計画上の計算だけでなく、オフノミナル(正常ではない)の状況を想定しては、新たな計算が試みられます。後に、はやぶさ2のプロジェクトエンジニアになった私が、開発フェーズで「想定外を想定する」という言葉を使ったのは、内之浦での体験が原点にあったと言えるかもしれません。



 打ち上げが成功し、探査機の機能確認が無事に終わると、探査機班は内之浦を引き上げて相模原に戻ってきます。宇宙研の中にある管制室から探査機をコントロールするのですが、最初の1カ月ほどは探査機の製造に携わったメーカー(NEC)のエンジニアが運用を担当します。宇宙に飛び出したはやぶさは、軌道上でなかなか安定しませんでしたが、地上からコマンド(命令)を送信して姿勢を制御し、探査機のクセのようなものを見つけながら操作を確認していきます。その作業の横でコマンドリストづくりの手伝いなどをしながら操作の手順を理解するのが新人の私の仕事でした。


■たった1カ月で、探査機の操作を指示するスーパーバイザーに


 ところが、1カ月ほどして探査機の運用がメーカーから宇宙研へとバトンタッチされると、操作を指示するスーパーバイザーの順番がいきなり私に回ってきたのです。それまで探査機を操作していたメーカー側のエンジニアが、「探査機はこういう状態です。津田さん、どうしますか?」と、逐一指示を求めてきます。


 管制室から探査機と交信するためには、地球側のアンテナと探査機側のアンテナがお互いに正しく向き合っていなければなりません。地上から見ると天空は180度ありますが、地球側のパラボラアンテナが電波を捉えられる角度(ビーム幅)は0.03度ほどです。その精度でパラボラアンテナの向きと探査機の姿勢とを正しく保つように指示できなければ、探査機を飛ばすことはできないのです。


 新人の私は、心の中で「知っているくせに何でオレに聞くんだ」「わかんないよ、どうすればいいんだろう……」と冷や汗をかきながら、右往左往することが何度もありました。


 それは、決してイジメなどではなく、プロジェクトの指揮命令系統が変わったことをメーカー側がきちんと守っている証拠です。さらに言えば、小さなミスが許されるような状況で判断を任せることには、新人の私を育てる意図もあったと思っています。こうした「究極のOJT(On the Job Training)」ともいえる体験が、はやぶさ2のチームづくりでは存分に活かされたのです。



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