「カーマカマカマ♪」 構想から40年「蒲蒲線」が度々話題になるワケ

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2022年06月30日 19:03  ねとらぼ

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写真先日大きな話題となった「蒲蒲線」構想、どんな路線計画なのか
先日大きな話題となった「蒲蒲線」構想、どんな路線計画なのか

 先日、「蒲蒲線、東京都と大田区が負担割合で合意」というニュースが話題になりました。



【画像】「蒲蒲線」構想のなぜ? 1947年7月の航空写真では……



 蒲蒲線は、JR京浜東北線および東急多摩川線・池上線の「蒲田駅」と、京急電鉄「京急蒲田駅」を結ぶ地下鉄構想です。その歴史は1982年の「大田区基本構想」に始まります。それ以前も、その後も地元では「あったらいいな」「いらないよ」などと話題になる路線計画です。



 「蒲蒲線」ってそもそもどう読むの? どこの路線? 誰が便利になるの? 今回は蒲蒲線話題の歴史を分かりやすく解説していきましょう。



●「カーマカマカマ♪」 構想から40年の節目「蒲蒲線」が度々話題になるワケ



 蒲蒲線は「カマカマセン」と読みます。



 1982年の「大田区基本構想」が策定されたころ、1983年に英国のバンド、カルチャー・クラブの「カーマは気まぐれ(Karma Chameleon)」が欧米で大ヒットしました。サビの「カーマカマカマ……」が「カマカマセン」の語感に結び付きました。



 当時、インターネットは一般に普及していません。Twitterの日本語対応は2008年ですから「カマカマ……」が広く話題になるのもそのあとですね。



(曲は、カルチャー・クラブの公式YouTubeチャンネルなどでも聴けます。記事はぜひ曲を聴きながらどうぞ!)



 2011年、東急電鉄が投資家向け説明会で「東横線と東京メトロ副都心線の直通」「東横線・目黒線と相模鉄道を相互直通化」と合わせて蒲蒲線を「新空港線」として紹介しました。これが「東急電鉄が参入意志を固めた」と話題になりました。



 2015年に大田区が「2020年東京オリンピック・パラリンピックまでに蒲田〜京急蒲田間を暫定開業したい」と表明したときもニュースになりました。



 「蒲蒲線(カマカマセン)」から「カーマは気まぐれ」を連想する世代はそこそこ年配の方でしょう。でも、蒲蒲線がテレビで話題になるときはBGMとして「カーマは気まぐれ」が使われるようです。その後も進展があるたびに「カーマカマカマ」と結び付けてちょっと盛り上がります。むしろ若い人は、蒲蒲線のニュースがきっかけで「カーマは気まぐれ」を知ったりするのかな?



 閑話休題。2022年6月に報じられた「蒲蒲線、東京都と大田区が負担割合で合意」は、「もし国の補助が受けられる事業と認定されたら、自治体負担分は東京都 3:大田区 7にしようね」という内容です。2022年6月現在、建設が正式に決まったわけではありません。このほかにもさまざまな手続きが必要です。負担割合の合意はそのうちの1つに過ぎません。



 それでも進展が報じられ、ネットでも話題になります。羽田空港アクセス路線の1つだけに全国的に関心の高いとされる路線だからでしょう。



 それだけ報じられても「で、蒲蒲線ってどこよ?」って話になります。そりゃそうだ。蒲田なんて地元の話題すぎる(笑)、と大田区出身のワタシは思います。



 でも、開通すると大田区だけではなく、もっと広範囲の人々が便利になります。



 東急多摩川線は多摩川駅で東横線と目黒線に接続します。渋谷方面、目黒方面、さらに相互直通先から京急蒲田まで直通し、乗り換えて羽田空港へ行けます。来年(2023年)3月に東急新横浜線が開通すると、相模鉄道方面から多摩川線に乗り換えられるようになります。



●「蒲田」という街の歴史的背景 「東西分断問題」と「羽田空港アクセス問題」



 蒲田は街として2つの交通問題を抱えていました。「東西分断」と「羽田空港アクセス」です。



 蒲田の「東西分断」は、主な交通が南北方向になっているためです。南北方向へは移動しやすいけれど、東西方向へは行きにくい。JRの蒲田駅と東急の京急蒲田駅は歩いて10分から15分ほど東西方向に離れています。乗り換えるにはちょっと不便です。



 京浜東北線も京急電鉄も「南北方向」の路線です。東西が結ばれていないため、蒲田の街は一体感に欠ける感じ。また、東急池上線と目蒲線(当時)は大田区の西側を網羅します。京急電鉄空港線は京急蒲田駅から東へ進みます。蒲田の分断は、そのまま「大田区分断」の象徴といえます。



 そもそも、どうして2つの蒲田駅は離れているのでしょうか。蒲田駅と京急蒲田駅は800メートルほど離れています。その理由は駅の成り立ちにあります。歴史をたどってみましょう。



 1872(明治5)年に官営鉄道(日本初の鉄道路線、現在の東海道線に相当)が新橋〜横浜間を最短で結んだとき、蒲田駅はありませんでした。



 京浜電鉄(のちの京急電鉄)は1901(明治34)年に、京浜国道(現・国道15号)の路面電車として大森駅と大師駅(川崎大師)を結びました。官営鉄道は蒲田ではなく大森に駅を設けていたので、京急電鉄は蒲田ではなく大森で接続したわけです。



 官営鉄道の蒲田駅はその3年後の1904(明治37)年に開業します。大正時代に東急池上線と目蒲線が官営鉄道の蒲田駅に連絡して、現在の路線図となります。



 戦後の一時期、実は2つの蒲田駅を結んだ線路がありました。「連合軍羽田空港専用線」です。羽田空港を接収した連合軍が羽田空港と東海道線を結ぶ線路を敷設しました。現在のJR蒲田駅の南側から北東へ分岐して京浜蒲田(現・京急蒲田)へ。途中に貨車を仕分けるヤードを設置しました。



 京浜蒲田から羽田空港へ向かう線路は軌間が異なります。そこで複線だった穴守線(現在の空港線)を単線化し、複線の片側を官営鉄道の軌間に改造して使いました。



 この路線と周辺の土地は1952(昭和27)年に連合軍から返還され、線路は撤去されました。穴守線も複線に戻りました。



 今となっては「これを残しておけば……」と思います。その思いが新たな蒲蒲線構想「新空港線」の背景にあるといえそうです。



 ちなみに、新空港線の想定ルートのうち、蒲田駅前から京急蒲田駅前は区道(大田区道主要第89号線)の地下を通ります。この部分は、連合軍羽田空港専用線の跡地です。



 もう1つの「羽田空港アクセス問題」は、1982年に構想が立ち上がった当時の深刻な問題を解決するためでした。2022年現在はほぼ解決しています。



 1980年代、蒲田駅から羽田空港へ向かう道路「環状8号線」は大渋滞が問題でした。その原因は「京急電鉄の踏切」と「南蒲田交差点」です。京急電鉄本線も空港線も地上にあり、本線は環状8号線に踏切があり、空港線は国道15号に踏切がありました。



 京急電鉄本線は運行本数が多く「開かずの踏切」となり、環状8号線は慢性的な渋滞が発生していました。特に1990年代は列車の編成が長くなり、新設された京急ウィング号の回送列車もゆっくり走ります。空港線と国道15号の踏切は単線で、下り列車と上り列車が別々に線路をふさぎます。



 これは、「箱根駅伝で選手が通過待ちになる」とか、「駅伝のときだけは踏切を閉じないように臨時ダイヤを組む」などとしても話題になりましたね。ほのぼのとした話題は良いとして、どちらの踏切も渋滞する上に、緊急車両の通行に支障する大問題でした。



 さて、踏切が開いたとしても渋滞の列は進みません。次の「南蒲田交差点」も詰まっているからです。ここは環状8号線と国道15号線が交差します。どちらも交通量が多い道路です。そこを通る蒲田駅から羽田空港行きのバスは時刻がアテにならない困った路線でした。



 そうなると、蒲田駅から京急蒲田駅までの800メートルを歩くか、タクシーに乗るか、という選択になります。そこに蒲蒲線があったらよかったのにと思います。



 2012年10月、京急本線と空港線の高架工事が完成して踏切渋滞は解消されました。同年12月に南蒲田交差点で国道15号線のアンダーパスが完成し、交差点渋滞も大幅に緩和されました。



 2022年現在、蒲田駅〜羽田空港間でシャトルバス(蒲95系統)が運行されています。蒲田駅〜羽田空港第3ターミナル間は約20分、蒲田駅〜羽田空港第2ターミナル間は約25分、蒲田駅〜羽田空港第1ターミナル間は約30分で結びます。



●「蒲蒲線」に期待すること 都心直通ならば「必ず座れる電車」を設定してほしい



 蒲蒲線はいくつかの構想変更を経て「新空港線」と呼ぶ計画になりました。



 確定案と言うべき現在のルートは、東急多摩川線の矢口渡〜蒲田間を地下化、延伸して大田区役所の地下を通り、区道の地下を経由して京急蒲田駅地下、そして京急電鉄空港線の大鳥居に至ります。ここからさらに京急電鉄空港線に乗り入れて、羽田空港まで直通したいところです。



 しかし、東急多摩川線と京急線は軌間(線路の幅)が異なります。直通するには、青函トンネルや箱根登山鉄道の一部区間のような三線軌条にするか、または近畿日本鉄道が開発に着手した軌間可変電車(フリーゲージトレイン)が必要です。かつての連合軍路線が行った「複線の片側を使う」はもう無理です。あるいは、直通を諦めて大鳥居駅で「同一プラットホームでの対面乗り換え」となります。



 いずれにしても京急電鉄の協力が必要です。京急電鉄も新空港線の勉強会に参加しています。しかし慎重な態度です。新空港線は京急電鉄空港線と並行するため、強力なライバル路線です。しかも、品川〜羽田空港間の乗客を奪われる恐れもあります。



 そこで、矢口渡〜京急蒲田間を第1期区間、京急蒲田〜大鳥居間を第2期区間とし、第1期区間を先に建設し、第2期区間は「結論を先送り」する方針としました。



 しかし、第1期線も課題は山積です。特に「東急多摩川線の改良」をどうするか。東急多摩川線は多摩川〜蒲田間の路線です。多摩川駅で東横線と目黒線へ線路がつながっています。直通して、乗り換えなしで渋谷や目黒から京急蒲田へ行けたら便利ですね。目黒線と多摩川線は、かつての「目蒲線」を分離した経緯があります。直通すれば「元の鞘に収まる」感じです。



 2022年現在の東急多摩川線は3両編成で、輸送力を限界まで上げるため、混雑時間帯に最短3分間隔で走っています。目蒲線時代は4両編成の運行もありました。各駅のプラットホームは4両編成まで対応します。ただし鵜の木駅はプラットホームの両端に踏切があるために3両が限界、1両だけドアを開けない処置をしました。



 一方、直通先の目黒線は6両〜8両編成、東横線は8両〜10両編成です。東急多摩川線を走るには「長すぎ」ます。その解決方法として、「蒲田駅と京急蒲田駅だけ8両にして、多摩川線の途中駅は全て通過する」「多摩川線内は3両のまま、多摩川駅で5両を連結して都心へ」などが考えられます。さらに妄想を膨らませば「多摩川線を全線地下化」になるでしょうか。



 もし8両編成で都心やその先、東武東上線、西武池袋線にも直通するのならば、トイレ付き車両じゃないと厳しいかもしれません。そして3両くらいは大井町線のQシートのような着席指定車両がいいなあ。羽田空港の弱点は「必ず座れる電車がない」です。これは京急電鉄の品川〜羽田空港の電車にもお願いしたいところです。



 さらに京急電鉄グループに希望するのは、蒲田駅〜羽田空港間のシャトルバス「蒲95系統」の車両を大型化してほしいです。現在は一般的な路線バス車両なので、大きい荷物を積みにくい。高速バス用車両なら大型トランクに預けられます。いっそ、大鳥居駅バス停を通過するリムジンバスを新設していただければうれしい。ちょっとくらい運賃が上がってもいいので。



 おっと、乗り鉄を自称する私のくせに「リムジンバスがいい」だなんて、とんでもないことを書いてしまいました……。



(杉山淳一/乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。日本旅客鉄道全路線の完乗率は100% 2022年6月時点)


このニュースに関するつぶやき

  • 女神の様に美しかったボーイ・ジョージが見事なオッサンになってるのを思い出し、暑苦しさが増したじゃないか。
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