200勝目指すヤクルト・石川雅規の「179敗」は「負けすぎ」か? 投手と敗戦数の関係性

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2022年07月01日 06:00  AERA dot.

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写真ヤクルトの石川雅規
ヤクルトの石川雅規
 ヤクルトの石川雅規が6月19日に通算181勝目(179敗)を挙げた。一方で「179敗は負けすぎ」との声も聞こえる。石川は本当に「負けすぎ投手」なのか。あまり目にしない「通算敗戦数」ランキングの15位までを列挙し、その背景を探ってみた。


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1.金田正一(国鉄ほか)/298敗400勝、勝率.573


2.米田哲也(阪急ほか)/285敗350勝、勝率.551


3.梶本隆夫(阪急)/255敗254勝、勝率.499


4.東尾 修(西武)/247敗251勝、勝率.504


5.鈴木啓示(近鉄)/238敗317勝、勝率.571


 金田正一はFA制度の前身ともいえる「10年選手制度」で巨人に移籍した。それまで国鉄で353勝267敗、勝率.569。国鉄15年間のチーム順位は3位が1度だけで、残りはすべてBクラス。口さがない人は「リリーフで出てきて他人の勝ち星をさらっていった」と言うが、そうでなければ勝てなかったし、史上最多敗戦投手でもある。15年間で344完投もしていて、弱いチームで驚異的な勝率だった。巨人では5年間で47勝31敗。移籍したのはV9がスタートした年で、5年間すべてで優勝を味わっている。


 米田哲也は、阪急の「灰色の時代」と「黄金時代」の両方を経験している。敗戦数も勝利数も史上2位なのは納得の数字だ。梶本隆夫は、その米田と「ヨネ・カジ」コンビと呼ばれ、左(梶本)右(米田)のエースとして阪急の屋台骨を支えた。「10対0で勝つより0対1で負けたほうがいい」という本人談が象徴するように、通算200勝投手で敗戦数が上回っているのは梶本だけだ。


 東尾修は、1985年終了時点で通算218勝218敗と並んでいた。75年に23勝で最多勝の初タイトルを獲得したが、リーグ最多敗戦(15敗)でもあった。負け数の多さは、逆に言えば弱いチームをエースとして支えてきた勲章でもある。鈴木啓示は、東尾同様、一つのチームで長い間プレーし続ける「フランチャイズプレーヤー」であった。チームが弱い時代も長かったが、通算340完投はパ・リーグ1位、通算無四球完投78も史上1位。「1人で投げ勝った」イメージも強い。



6.小山正明(ロッテほか)/232敗320勝、勝率.580


7.長谷川良平(広島)/208敗197勝、勝率.486


8.平松政次(大洋)/196敗201勝、勝率.506  


9.松岡 弘(ヤクルト)/190敗191勝、勝率.501


10.坂井勝二(ロッテほか)/186敗166勝、勝率.472


 小山正明の通算無四球完投73は、鈴木啓示に次ぐ史上2位。抜群のコントロールを誇り「投げる精密機械」の異名を取った。鈴木同様、コントロールがいい投手は勝率もそれなりに高い。通算320勝の勝ち数は、金田、米田に次ぐ史上3位である。長谷川良平は、2リーグ分立の50年に創設された広島のエースだった。プロ入りの50年に15勝27敗でリーグ最多敗戦。それでも55年に30勝で最多勝。167センチ56キロのサイドスローで「小さな大投手」と呼ばれた。通算200勝に到達しなかった最も残念な投手かもしれない。


 平松政次は、通算201勝で大台をギリギリ超えた。「カミソリシュート」を武器にして長嶋茂雄が最も苦手にした投手(181打数35安打、打率.193)として有名だ。それだけに196敗という数字は意外だった。現役18年間で優勝経験が皆無ゆえ、仕方ないところか。当時の「セ・リーグ6大エース」のうち、平松、堀内恒夫(巨人)、江夏豊(阪神)らは通算200勝に到達したが、松岡弘、星野仙一(中日)、外木場義郎(広島)らは残念ながら届かなかった。坂井勝二は、大洋に移籍した70年、それまで在籍したロッテが優勝する不運。62年から7年連続2ケタ勝利をマークしたが、6年連続で16敗以上を喫した負け数の多い投手だった。


11.石井茂雄(阪急ほか)/185敗189勝、勝率.505 


12.三浦大輔(DeNA)/184敗172勝、勝率.483 


13.石川雅規(ヤクルト)/179敗181勝、勝率.503   


14.別所毅彦(巨人ほか)/178敗310勝、勝率.635 


15.村田兆治(ロッテ)/177敗215勝、勝率.548


 石井茂雄は、67年の防御率3.73がリーグ最下位の22位だったが、9勝4敗の勝率.692はリーグ1位だった。通算で負け越している投手が勝率1位のタイトルに輝いているのは面白い。その年、勝率.667で2位(20勝10敗)だったのがチームメートの足立光宏。しかも防御率1.75はリーグ1位。2人はその年の阪急の優勝に貢献。足立も通算200勝まであとわずかの187勝だった。



 三浦大輔も負け越している。開幕投手を務めた試合で0勝7敗。7勝0敗だったら通算でも勝ち越しだったが、「たられば」の話でしかない。14位の別所毅彦は、強い南海と巨人のエースだった。投球回2000以上で史上7位の高勝率である。村田兆治は、座右の銘が「先発完投」のため、それなりに敗戦も伴ったと考えられる。


 そして石川雅規だ。現役21年間で優勝が2015年と21年の2度しかないチームにおいて、2ケタ勝利は11度ある。「2ケタ勝利だが2ケタ敗戦」というシーズンは5度あるが、負け数が勝ち数を上回ったことはない。このあたりが通算181勝179敗という結果を象徴している。17年はチームが96敗する中、石川は4勝14敗でリーグ最多敗戦だった。それでも21年間、故障で戦線を長期離脱したことはない。今年、「大卒21年連続先発勝利」と自身の記録を更新した息の長い投手である。


 昨年終了時点で、剛腕エースの田中将大(楽天ほか)は日米通算181勝、松坂大輔(西武ほか)が日米通算170勝、涌井秀章(楽天ほか)が通算150勝。これらと比較しても、決して強いとはいえないチームを、長きにわたり支えてきた「小さなエース」の「181勝179敗」という成績には数字以上の価値があるだろう。(新條雅紀)


このニュースに関するつぶやき

  • 3000イニング登板も、「通算敗戦数」14位という数字も、"大学卒入団投手"であることを考えると凄い数字だわなー。ここまで来たら「200勝200敗」ってのも有りかも?。
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