【書評】ディープ京都の息吹に触れる 通崎睦美の『天使突抜おぼえ帖』

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2022年07月02日 17:00  AERA dot.

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写真※写真はイメージです (GettyImages)
※写真はイメージです (GettyImages)
 ノンフィクション作家の後藤正治さんが『天使突抜おぼえ帖』(通崎睦美著、集英社インターナショナル 2200円・税込み)を読んだ。


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 著者の通崎睦美さんとは面識があり、マリンバの演奏会をのぞいたり、夕食を共にした日もある。ほがらか系の人で、本書を読みつつ、かのごとき活発にして多才なご婦人を生んだ源は、京の下町文化であるようにも思えてきた。


 タクシーに同乗した帰り道、運転手に、「西洞院松原(にしのとういんまつばら)下ル」とおっしゃる。降りたった地は、下京区の町屋がびっしりと並ぶ狭い通り、天使突抜(てんしつきぬけ)1丁目──である。


「天使突抜」とは実在の地名である。伝承では、豊臣秀吉の時代、都市改造で五條天神の境内を突き抜けたことによりそうなったとか。町衆が自主的につくった街路だったという説も有力である。


 通崎さんの両親は風呂敷製造の職人だ。自宅に届けられた反物を母が裁断し、父がミシンで三ツ巻縫製する。


 北隣は「配膳(はいぜん)さん」。茶事や宴席のダンドリを仕切る裏方で、当地だけにある職であろう。その隣は「悉皆屋(しつかいや)さん」。着物のシミ落としや染めかえなどを請け負う呉服なんでも業。界隈、かような職人衆が暮らしている。


 頭に花籠を載せて、白川女(しらかわめ)が「花、いらんかえ──」と売り歩くさまはドラマでもお馴染みだ。通崎家では、つい先ごろまで、御仏花(おぶつか)は北白川から荷車を引いてやって来るおばさんから買っていた。京野菜を届けてくれる「桂善(かつらぜん)のおじさん」もいたとか。


 こんな町中で育った通崎姫、音楽の才は天賦だったようである。


 マリンバを習いはじめたのは5歳の時、近くのお寺で開かれていた教室だった。市立小学校から同志社中学に進むが、すでに演奏家になりたいと思っていたという。高校への内部進学を辞退し、市立堀川高校音楽科へと転身する。案じる親にこう答えたとある。



《「もし、堀音(ほりおん)を落ちたら、女子プロレスラーになります」》


 さもあらんと思う愉快な会話である。


 打楽器を専攻して京都市立芸術大学大学院を卒業、以降、演奏家の道を歩んできた。寄り道も好きなようで、アンティーク着物の収集家としても有名だ。世界的な木琴奏者、平岡養一の遺族から木琴の名器を譲り受け、評伝を書き、木琴奏者ともなった。


 本書の第一部は「天使突抜の人々」とあって、レッスンで出入りするお弟子さんたちについて触れている。子供たちから大学生、主婦たちとさまざまであるが、名刹・青蓮院(しょうれんいん)の奥方が市バスで通って来ているというのも京都ならではの風景であろう。


 第三部は「通崎家の京都百年」。冒頭に、《京都のお店は、百年続いてようやく新参ものとして老舗(しにせ)の仲間入りを認められるという》とある。


 通崎家と京都のかかわりは、大正期、曾祖父が富山の在所から当地に来たことにはじまり、通崎睦美で4代目、ようやく100年を経るとある。


 父・弘さんは3代目。本書では病を抱えた高齢の日々が記されているが、評者は面識がある。温厚で風情のある「京男」で、謡(うたい)を愛する。どうしてこんな娘が育ったのですか、という問いにこう答えたことを思い出す。


「好きなようにさせていたらこんな風になってしまって……。われわれ庶民のできることはたかがしれてます。心がけてきたのは、音楽でも能でも歌舞伎でも、本物に接して育つようにと思ってきたことでしょうか」


 それがなんであれ、一流を尊ぶのが京都人だ。近年、界隈に目立つのは新しいマンションで、町屋の棲み人も高齢化してきた。伝統的風習もすたれつつあるが、それでも積年の都が培った、下町人の気概は健在である。久々、ディープ京都の息吹に触れた気分。

※週刊朝日  2022年7月8日号



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