女性エンジニアって、特別な人がなるんでしょう?

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2022年07月06日 07:12  @IT

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写真レノボ・ジャパン ソフトウェアエンジニア 有馬志保さん
レノボ・ジャパン ソフトウェアエンジニア 有馬志保さん

 「キラキラお兄さん、お姉さん」に登場するエンジニアといえば、小中学生のころからプログラミングに親しみ、モノ作りの楽しみを知ってこの道を志した――といったパターンを連想する人が多いかもしれない。だが、レノボ・ジャパンでソフトウェアエンジニアとして働く有馬志保さんは、自分のことを「特に数学が得意なわけでもない、普通の人間です」と話す。



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 確かに小学生のころからPCに触れる機会はあったが、それは小説執筆などの創作活動のため。そんなごく普通の人間でも、好きであればエンジニアという仕事に就いて活躍できる――有馬さんはそのことを、業務の傍らボランティアとして参加する「Waffle」の活動などを通して広げようとしている。そんな有馬さんに、これまでの道のりを伺った。



●研究室での取り組みを通して知った「モノ作り」の楽しさ



 小中学校時代は優等生タイプだった有馬さん。だが、高校で進学校に入学したころから徐々に、相対的に優秀な同級生と自分を比べ、自信を失うようになった。そして、部活動と、ずっと継続してきた小説の執筆に熱を入れるあまり大学受験にも失敗したという。



 「受験の前日まで、小説を書いては自分のWebサイトにアップロードしているようなとんでもない受験生でした。今にして思えば、そりゃ落ちるわという感じです」



 結果、第一志望の学部ではなく、比較的自分に向いていそうなところとして、工学部(情報系)に進学した。もともとWebサイトを作るなどプログラミングに興味を持っていたこともあったが、当時は「40代までに小説家になるという夢をかなえるための人生経験」という思惑も大きかったそうだ。こうしたいきさつからなかなか勉強に身が入らない時期もあったというが、音声認識技術の福祉領域への適用を研究する研究室に入ったことが転機になった。



 「自由にテーマを選んでいいよと言われたので、失語症をテーマに、言語障害者を支援するアプリの研究に取り組み始めました。自分も小さいころ吃音(きつおん)症で悩んだ経験があったため、工学部に入ったときから言語障害者の支援ができないかと思っていました。研究に取り組むうちに、コーディングそのものや、ユーザーの意見を検証して形にしていく一連の流れがとても面白いなと感じ、モノ作りにハマるようになりました」



 こうして大学院を修了するころには、「モノ作り」を仕事にしようと決めた有馬さん。ただ「まだコーディングのスキルが拙いので、実践レベルでコーディングの技術が学べるところに就職しよう」と考え、日系メーカーへの就職を決めた。



●GUI開発業務の経験を経て転職、一転して「縁の下の力持ち」に



 最初に携わった業務は、電子機器のGUI開発だった。「組み込みGUI開発だけではなく、iPadやAndroidのGUI開発にも従事する中で、たくさんの言語と触れ合うことができました。またGUI開発を通して、デザインパターンやオブジェクト指向を実践的に学べたことも良かったです」という。GUIと連携するAPIを見ながら、「これはどんな実装で、どのように動いているのだろうか」を考えながら調べていく作業にも楽しさを感じていたそうだ。



 仕事の楽しさを体感し、日々成長していることの喜びもあった有馬さん。だが、一抹の不安も感じていたという。



 「当時、アプリケーションフレームワークを使用してGUI開発を行っていました。ただ、そのフレームワークを利用するスキルを除いたら自分には何が残るのかと考えると、ちょっと怖い思いもありました。エンジニアとして下のレイヤー――ファームウェアや組み込み本体の重要性を日々感じていたこともあり、GUIだけでキャリアを積むことに少し不安がありました」



 より深い技術を身に付けることができ、かつ、以前から考えていたグローバルで働ける環境を模索する中で出会ったのが、今の職場であるレノボ・ジャパンだった。ただ、決め手はこうした外形的な条件ではなく、面接時に対話したマネジャーの雰囲気だったという。



 「面接で話をした方の雰囲気や質問内容がとても自分にマッチしていて、『この職場なら働きやすそうだ』と思えたことが大きな決め手でした。職場の雰囲気は大学の研究室のようだと聞かされたことも、研究室大好きだった私にとっては、楽しく自分のペースで働けそうだなと思えました」



 有馬さんは現在、レノボ・ジャパンでBIOSの開発に携わっている。具体的には、Intelのチップが搭載するセキュリティ機能とBIOSとの連携や、ファームウェアが改ざんされていないかどうかを検証する署名システムの開発・運用などが主な業務だ。



 「前の会社では作っていたものがGUIなので、ユーザーにそのまま見えるという喜びはありました。これに対しいま携わっている署名システムは、ユーザーにはまったく認識されないところなので寂しさはあります。しかし一方で、絶対に誰かがやらなければいけない縁の下の力持ちを担っていることに喜びを感じています」



 要求に応じてシステムをアップデートし、安定稼働に努める業務を通して、エンジニアとしてのスキルアップも感じている。一方で、かつて研究室でコーディングを始めたころに持っていた、「この言語じゃないとだめだ」といったこだわりは薄れつつあるという。



 「学生時代、初めて本格的に触れた言語がJavaだったため、特別な思いがありました。しかし、社会人となりいろいろな業務をこなすうちに、システムも言語も手段でしかないと考えるようになりました。周囲のエンジニアたちから良い影響を受けています。自分の技術力を理由に実装の選択肢を狭めたくないので、日々新しい技術について勉強しています。」



●女子中高生に「エンジニア」という選択を身近に感じてもらいたい



 有馬さんはいま、新たな活動にも取り組み始めている。それが、女子中高生に技術と触れ合う機会を提供し、IT業界におけるジェンダーギャップの解消を目指してプログラミング研修などを実施している一般社団法人「Waffle」でのボランティア活動だ。



 有馬さんには海外にも多くの友人がいる。東アジア、東南アジア各国の状況を聞くと、「女性がエンジニアになる」ことが日本ほど特異ではなく、ごく一般的なことだと常々感じてきたそうだ。だが日本では、いまだ女性エンジニアの比率は低い。このままでは、女性個々の将来のキャリアが狭まる恐れがあるし、エンジニアリング業界全体にとっても優秀な女性が入ってこないことが損失になる。ひいては国としても価値を生み出せなくなってしまうのではないか――という強い危機感を抱いてきた。



 たまたま、COO(最高執行責任者)とのコーチングの中で「理系、IT系の女性が極端に少ないこの状況を変えたい」と相談したところ、Waffleのボランティア活動に参加していた社員を紹介され、草の根的な活動に加わることになった。



 コミュニティーでは、女子中高生にコーディングを教えるだけでなく、ロールモデルを紹介する活動も行っている。「私はエンジニアとしてまだまだという部分もありますが、だからこそ、私のように特別ではない若手の存在を知ってもらうことで、まずエンジニアを身近に感じてほしい」との思いがあるという。



 今の環境に満足しているという有馬さん。それには、社員の問題意識を共有し、ボランティア活動への参加をバックアップしてくれる雰囲気があることも大きいと述べる。レノボ・ジャパンはWaffleのスポンサーになっており、「こうした活動への参加がしやすい環境があると思います」という。



 外資系ならではの良さも感じている。日本企業では、20代のうちは研修など下積みの時代が長い。女性の場合はそうこうするうちに出産や育休に入り、それだけで30代の時間が費やされ、キャリアを伸ばす機会になかなか恵まれない。結果、経験を積めず、独り立ちできていない状態で職場に復帰しても、仕事もつまらなければ待遇も悪い……という負のスパイラルが生じてしまう。



 これに対し「若いうちからチームリーダーを任されたり、いろいろな仕事に挑戦させたりしてくれるのが外資の良いところだと思います。そうなると、産休などで一時仕事を外れても、同じ職場に戻りたいと思えるんですよ。単に産休や育休の制度が整っているだけではなく、若いうちにやりがいを教えてくれ、実力を伸ばしてくれる環境が、女性には向いているように思います」と有馬さんは述べている。



●問題意識は女性エンジニアの支援だけでなく、IT教育格差の解消にも



 レノボ・ジャパンでは「学ぶところばかり」という有馬さん。精神的にもバランスが取れ、趣味の創作でも、小説にイラストに自作のゲーム開発にと旺盛に活動している。もちろん本業にしっかり取り組むと同時に、Waffleでのボランティア活動を通して、引き続き女性エンジニアを支援していきたいという。



 「せっかくいい環境があるのに、女性が少ないのはもったいないことだと思います。そもそも学問に男性向け、女性向けの区別はありません。ですから、エンジニアリング業界のレベルアップのためにも、女性の進路選択の足かせになっているステレオタイプを壊していければと思っています」



 いつか年を経て振り返ったときに、「社会のためになったな」と思えるようになりたいという。そして有馬さんには、他にも取り組みたいことがある。ITリテラシーに関する教育格差の解消だ。



 「日本には、特にPCやITに関して大きな教育格差があると思っています。いま私がボランティアで触れている子どもたちは、ご両親が教育熱心だったり、ITを学ぶ環境が家庭で整っていたりする。そうした環境にない子どもたちにも、ワークショップの機会を提供できないかと考えています」



 職場の協力を得ながら中古PCを安く貸し出すNPOを設立するなどのアイデアを温めつつ、少しずつ格差解消に向けた取り組みを進めていきたいという。



 「自分は特別ではない、普通の人間だ」と話す有馬さん。だが、その生き方はたとえようもなく特別だ。彼女の存在や活動は次世代の女性たちの可能性となり、さらに未来へとつながるだろう。


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