あえて“映画”を名乗った『ゆるキャン△』のチャレンジ TVシリーズにはなかった要素とは

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2022年07月09日 08:11  リアルサウンド

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映画『ゆるキャン△』(c)あfろ・芳文社/野外活動委員会

 映画『ゆるキャン△』がついに公開された。7月2日〜3日の映画観客動員ランキングでは、『トップガン マーヴェリック』、『バズ・ライトイヤー』に次いで3位を記録。見事なスタートダッシュを決めたと言っていいだろう。製作発表から4年の月日が流れており、ファンの期待度の高さをうかがわせる。


【写真】実写版の『ゆるキャン△』


 『ゆるキャン△』は、キャンプをはじめとする野外でのレクリエーションの楽しさを満喫する女子高生たちのゆるやかな日常を描いた作品。あfろによる原作コミックがベストセラーとなり、TVアニメ化も大成功。昨今のキャンプブームの一端を担う作品と言っても過言ではないだろう。福原遥主演でドラマ化もされて、こちらも好評を博した。


■大人になるということ


 待望の映画版は、主人公の女子高生たちが大人になった後のストーリーだ。このことは予告の段階で明らかにされており、ファンを大いに驚かせた。


 ソロキャンプが好きな志摩リンは、名古屋のタウン誌に編集者に。いつも朗らかな各務原なでしこは、東京・昭島にあるアウトドアショップの店員に。ハイテンションなムードメーカーの大垣千明は、東京からUターンして地元山梨県の職員に。おっとり落ち着いている犬山あおいは、やはり地元山梨の小学校教諭に。飼い犬の“ちくわ”をこよなく愛する斉藤恵那は、横浜でペットのトリマーに。いずれも社会人として忙しく働いているのだ。


 なお、劇中では正確な年齢が明らかになっていないが、劇場パンフレットに収録された各務原なでしこ役・花守ゆみりのインタビューによると、どうやら高校時代から10年後の話らしい(京極義昭監督は「20代半ば」と発言している)。キャラクターの等身もTVシリーズより高くなっており、リンのトレードマークだったシニヨン(お団子)はなくなっている。最初に本作の設定を聞いた花守は、衝撃を受けたと振り返っている。


 大人になったリンやなでしこたちはそれぞれの生活を送っていたが、県の観光推進機構の職員になった千明が名古屋でリンと再会。古い施設の再開発を考えていると話す千明にリンが「キャンプ場にでもすればいいじゃん」と答えたことから、ダイヤモンド富士のビューポイントである山梨県の高下地区に新しいキャンプ場を作る計画が動き出し、離れ離れだった5人が再結集する。これまでキャンプという非日常を楽しんでいた彼女たちが、今度はキャンプ場づくりという非日常に挑戦していく。これが映画『ゆるキャン△』のメインストーリーとなる。


■変化と成長


 5人の変化と成長は明らかだ。車や大型バイクに乗って長距離移動を楽々とこなし、飲酒だってする。なでしこは得意のコミュニケーション能力を活かして接客をしているし、寡黙に見えるリンも営業職を経験して社会人らしい受け答えを身につけている。あおいはすっかり教師の顔になり、鳥羽先生とほぼ対等に会話する。千明は大切なプレゼンを礼儀正しく、しっかりこなす。大人になったことで、できることも増えていく。そのことについて、彼女たちに躊躇は見られない。貪欲でさえあるように見える。


 TVシリーズの『ゆるキャン△』は「日常系アニメ」と称されることもあった。ファンはリンやなでしこたちの変わらないゆるやかな日常を愛でていた部分もあっただろう。そう考えると、こうした登場人物たちの「成長」や「変化」に戸惑ってしまうのも仕方ない部分はあると思う。


 だが、実際のところ、登場人物たちの変化や成長は、原作コミックやTVシリーズでもしっかり描かれていた。たとえば、なでしこという転校生の存在がきっかけで、徐々にリンや千明、あおいたちはお互いにコミュニケーションを取るようになり、恵那も巻き込んでいく。自分と異なるタイプの人間と交流し、仲間になって新しいことを経験する。これは間違いなく一つの成長である。


 キャンプを楽しんでいたあの頃のゆるやかな雰囲気のまま、キャンプ場づくりという非日常を楽しむリンたち。ハードな作業も彼女たちの努力と工夫、地元の人たちのアドバイス(都合よく全部やってくれたりはしないところがリアル)もあって順調にこなしていく。


■現実と折り合うこと


 ところが、ここでTVシリーズにはなかった大きな要素が顔を出す。それが「挫折」である。どうにもならない現実に直面し、彼女たちのキャンプ場づくりはストップしてしまう。現実を伝えられたとき、彼女たちはこれまでのTVシリーズでは見せたことのない暗い表情を垣間見せる。キャンプを楽しんでいるだけなら、多少の失敗はあったとしても、このような挫折は経験しないだろう。このことについて、あおい役の豊崎愛生はパンフレットのインタビューで「世界が広がれば広がるほど、自分の存在の無力さを思い知ることもある」と的確に表現している。


 「大人になればなんでもできる」と思っていたのに、「大人になればなんでもできるわけではない」。これが彼女たちに突きつけられた現実。だけど、非日常で経験したことを日常に持ち帰って活かすことはできるし、現実と折り合いをつけて解決策を導き出すこともできる。「現実と折り合いをつける」なんてピュアじゃない! 大人の汚いやり口だ! と思う人もいるかもしれないが、実は彼女たちは高校生の頃から現実と折り合いをつけながらキャンプを楽しんできた。豪華なキャンプ料理を作るだけでなく、焚き火でカップヌードルを作って食べるだけでも美味しいし楽しい。理想を追い求めるばかりではなく、現実的にできることだけをやって「こういうのもいいんじゃない?」と笑い合っていた。現実と折り合うためのキャンプ場のコンセプト変更は、彼女たちがキャンプを通して学んだことを、大人になって現実世界で行っているとも言えるのではないだろうか。


 また、彼女たちはキャンプ場つくりを経て、ひとりではできないことも人とかかわることでできるようになることを学んでいく。リンは先輩社員の刈谷が自分をサポートしてくれていたことを知り、より積極的に仕事に取り組むようになる。このように、彼女たちのまわりには常に大人たちがいて彼女たちを見守っていたり、サポートしていたりする。そんなことに気づくのも成長の一つである。


■「伝える」というテーマ


 高校時代の友情や寂れてしまった地域の「再生」をはじめ、いくつものテーマが重層的に語られている映画『ゆるキャン△』の中で、印象的に描かれていたのが「伝える」ということだ。予告編でも使用されていたなでしこのセリフにこのようなものがある。


「私たちが今、楽しいって思ってることが、いろんな人に伝わって、また楽しさを伝えていく」


 偶然なのかもしれないが、恵那を除けば主人公たちの職業はみんな「伝える」ことにかかわっている。なでしこはアウトドアショップの店員として、アウトドアの楽しさを女子高生やファミリーなどの初心者に伝えている。リンはローカル雑誌の編集者として、地域の魅力について読者に伝えている。千明は観光推進課の職員として、再発見した地元の魅力を、あおいは小学校の先生として、子どもたちに多くのことを伝えている。


 もともと、なでしこはリンからキャンプの楽しさを伝えられていたし、『ゆるキャン△』そのものがキャンプの楽しさを多くの視聴者に伝える作品だった。映画『ゆるキャン△』は、これまで無自覚に行ってきた「伝える」ことに自覚的になっていく成長を描いたストーリーと言うことができるだろう。知っていることを知らない人に伝えることは、大人に与えられた役割なのだ。


■「映画」として


 本作の上映時間は120分。元のTVシリーズから分離したオリジナルの物語を描いたアニメ映画としては、異色の長さである。公開日が近かった劇場版『からかい上手の高木さん』(73分)、『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』(99分)などと比べると、その長さがわかると思う。


 リン役の東山奈央はインタビューで次のように語っている。「今回“劇場版”『ゆるキャン△』ではなく、“映画”『ゆるキャン△』と銘打っているのは、TVシリーズを観ていないと楽しめない劇場版ではなく、映画単体の作品として楽しんでもらいたいという願いが込められていて」(※1)


 キャンプの魅力、キャラクターの魅力、ロケーションの魅力、グルメの魅力、ゆったりとした雰囲気の魅力などが折り重なってできているのが『ゆるキャン△』だが、映画『ゆるキャン△』はそれらの要素を余さず盛り込みながら、その先にある物語の魅力を追求していた。起伏のある物語を通して描かれる登場人物たちの成長や変化、挫折などは、これまでのファンの心を波立たせるものなのかもしれない。だけど、予定調和に終わらず、心にまで踏み込んでくるサムシングこそが映画の魅力であり、もしそうなったとしたら“映画”をあえて名乗った映画『ゆるキャン△』のチャレンジは成功しているのだろう。


・参考
※1. https://animeanime.jp/article/2022/06/29/70476.html


(大山くまお)


このニュースに関するつぶやき

  • あえて本作からだいぶ先を描外伝的なく映画化は最近あんま無かったと思うけど、いつも通りの「ゆるキャン△」だったよ。気づいたら2時間経ってた。良かったよ。
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