平野紗季子がPodcastでの発信や「Sound Up」を経て気づいた、“声を上げること”の重要性

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2022年07月21日 16:01  リアルサウンド

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平野紗季子(撮影=はぎひさこ)

 オーディオストリーミングサービスのSpotifyが、世界各地の多様性ある社会の実現を目指して、次世代ポッドキャスターを育成するプログラム「Sound Up」。日本では「自分らしく生きたい女性」の支援をテーマとした初回プログラムが、昨年から今年にかけて実施された。


 フードエッセイストの平野紗季子氏は、株式会社BOOK代表取締役・樋口聖典氏とともに、プログラムのファシリテーターとして参加者をバックアップした。雑誌やテレビなど幅広いメディアを横断して活躍する平野氏は、2020年からポッドキャスト番組『味な副音声 〜voice of food〜』をスタート。21年には同番組が「JAPAN PODCAST AWARDS」大賞を受賞するなど、音声クリエイターとしても注目を集めている。そんな平野氏に、ポッドキャスト番組を2年間続けた思い、そして、昨年に開始したSpotifyが実施する次世代ポッドキャストクリエイタープログラム「Sound Up」の魅力について話を聞いた。


参考:なぜSpotifyは「女性の音声コンテンツ制作」を支援するのか 格差を埋め、少数派の声を届けるためにプラットフォームができること


〈孤独な仲間とわかちあえる手段〉


ーー『味な副音声』というタイトルにはどのような思いを込めましたか?


平野:私はもともと食べ物に対して、おいしいと感じてお腹を満たすだけでは飽き足らない性分なんです。その一皿に込めた店主の思い、歴史や背景など、その食体験を取りまく物語も含めて味わいたくて。


 だからいつもご飯を食べながら、もっと説明を聞かせておくれ……! と思ってしまうんですね。でもお店の人だって出来立てを食べてもらいたいでしょうし、長々とした説明を嫌う人もいるので手短に話すじゃないですか。私としては、美術館の音声ガイドみたいに「これは何々地方の歴史あるフランス料理をオマージュして…」というような話を聞きながら食べれたら最高なんですが。まさに「味な副音声」をかねてから求めていたんです。


 たとえば、初回の「定食」特集はねぎしで収録したんですが、実際にねぎしで食べながら聞いてもらえたら本望です。そしたらいつもよりも充実した味わいに感じるかもしれない。そういうことができるのは、いつでも何度でも好きなタイミングで聴くことのできるポッドキャストならではだと思います。


ーーフードエッセイストの平野さんは、文章と写真で伝えることが多かったと思いますが、それと音声コンテンツを比べると何か違いはありますか?


平野:記事の場合は当然、店主の声色から感じる人柄や熱量などを音声ほど豊かに伝えることはできませんから、その人となりや魅力をうまく伝えられるだろうかという葛藤は常にあります。取材中「この会話をそのまま聞かせられたらいいのに!」と思うことも。そういった意味で、ポッドキャストは時間の制限もないですし、やろうと思えばすべてをそのままダダ漏れにさせることができる(笑)。だからトーク相手の人柄や魅力をより豊かに伝えることができると思います。


ーービジュアルがないからこその利点もあるのでしょうか?


平野:そうですね。情報が音声に限られる分、逆に想像が広がるというか。「気になる!」と思わせる力は、情報が欠けているからこそあるかもしれない。


ーーお菓子の包装を開くガサガサする音とか、中身を見た瞬間の「わっ」という驚きの声なども入っていて、すごく臨場感がありますよね。


平野:リアルな食べ物の音を使いたいとは考えていました。YouTubeでASMRを聴くのも癖になるなあと以前から思っていたので。ただ食べる時の音を心地よく聞かせるのは難しくて、店で収録するのもやりたいと思いつつなかなかやれていないですね。基本はスタジオにお越しいただくという。


ーー食べ物に挨拶されますよね(笑)。


平野:食べ物はゲストだと思っているので(笑)。「こんにちは」「お久しぶりです」「おかわりなく」とか言っていますね。


ーー企画はどういう風に決めるのでしょう? 最近のテーマでは「WE LOVE 成城石井」、「コンビニアイスレポート」「あー、京都に中華食べ行きたい。」「魚の未来を考えよう」など、本当にバラエティ豊かですね。


平野:わりと感覚的に決めてますね。「次は何をやりますか?」「んー、鍋焼きうどんかな」とか。いきなり脈絡なし、みたいなこともあったり。ただ食べ物をより深く味わうためには、食の喜怒哀楽の明るい面だけでは足りないので、食にまつわる社会課題等も積極的に発信しています。


ーーゲスト回も多いですね。成城石井の回では、料理人で飲食店プロデューサーの稲田俊輔さんが出られていました。


平野:稲田さんはレジェンドゲストですね(笑)。ロイヤルホスト回にもお越しいただいたんですが、稲田さんとの対話は本当に楽しくて、いつも盛り上がってしまう。そのトークを聴いたリスナーさんがこんな感想をツイートしてくれてて。「平野紗季子と稲田俊輔の成城石井話、解像度が高く、物のコンセプトや思想を理解して、めちゃくちゃな愛を楽しく語る、話のわかる者同士のオタクが仲良くしている、そういうのが好きなやつは全員聞け」と。……まさにそうなんです、みたいな(笑)。


ーー本来オタク同士の会話は万人にはわからないものかもしれませんが、食というテーマはみんなが共有できることなので、「わかる!」となるのかもしれないと思いました。


平野:「あ、たしかに!」と思ってくれたら、嬉しいですね。チェーン店など、誰もがアクセスしやすい食べ物も積極的にやっています。副音声的にどんどん使ってもらいたいんですよね。


 モスバーガーの回を聞いたリスナーの方から「いつも行ってたけど、ポッドキャストを聞きながら食べたらめちゃくちゃおいしかったです」という感想をもらいました。大げさに言えば食体験の拡張、その喜びの拡張にお力添えできているというのは、すごく嬉しいですね。


 私は、自分の発信によって、食に出会うためのより良い扉を用意したいと常々思っていて。どの扉から出会うかで、その対象の輝き方って変わってしまいますから。ぜひいろんな方に食をもっと深く味わうためのトークをお届けできたらなと思います。


ーーポッドキャストだと、リスナーとの近さも感じるそうですね。


平野:音声って隣で喋っているみたいな感じで聞いてもらえるというか。雑誌やテレビだと関係性が対面になりますが、音声は並列という感覚がある。その親密さは音声コンテンツならではだと思います。だからすごい友達が増えたみたいな感じもしますね。私はリスナーのことを「味なフレンズ」って言ってるんですけど(笑)。


 それこそ話し手が”パーソナリティ”と呼ばれるゆえんも理解しました。ただ話しているんじゃなくて、自分の人格が出てきて共有するみたいな感じでしょうか。近い距離感の中で、人格をそのままさらけだすのはすごく新鮮でした。


ーーリスナーからのお便りも多いでしょうか?


平野:熱いメッセージがたくさん届きますね。好きな食べ物の話を募集してるんですけど、みんなめちゃくちゃ長文なんですよ。最近は「私の好きな食べ物は冷凍したパンです!」という方がいて。冷凍したまま、そのまま齧りますと。すごい尖ってますよね(笑)。私はまだその領域にはいけていないかもしれない。


 普通に生活していて、それをわかちあえる人ってなかなかいないと思うんですよ。オタクの人って、突き詰めたがゆえに孤独になりやすい。だけど「味な副音声」という旗をあげることで、同じ感覚を持つ人たちとつながることができる。「私もそう思ってた!」と、ひとりで持て余していた愛をわかちあえるのってすごい素敵だなと思って。「解り合えた者等」みたいな。すごい浜崎あゆみっぽいですけど(笑)。


〈ポッドキャストで声を上げることの力〉


ーー 「Sound Up Japan」プログラムでは、企画・運営を担当するファシリテーターとして参加されています。


平野:Spotifyさんから「Sound Up」プログラムのご依頼をいただきました。コンセプトは、マイノリティの声を拾い上げて、世の中に発信していくということでした。日本では「女性」がテーマになっているので、女性のポッドキャスターがもっと増えたらいいよねということで、お声がけいただきました。


 ただ、私自身は食オタクであって、ポッドキャストのプロフェッショナルではないので、お役に立てるのか不安ではありましたね(笑)。もうひとりの樋口聖典さんがポッドキャストを研究しつくした達人のような方なので、そのメソッドを私も勉強させてもらっていました。


ーー「Sound Up」のコンセプトについてどう思いましたか?


平野:本当に素晴らしいなと思いました。世の中に多様な声が生まれるというのは、すごく価値と意義がある。私は同じ女性の立場として、どうチアアップするかということが求められていたと思います。


 Spotifyのサポート体制がめちゃくちゃ万全に整っていることにも感銘を受けて。声を上げるために何ひとつ障壁があってはならない、といったスタンスなんですMacBookやマイクなどのデバイス等の制作環境も各参加者に提供されるなど何から何まできめ細やかでした。さすがのプロジェクトだと思いましたね。


ーー平野さんはファシリテーターとしてどういうことをされましたか?


平野:「Sound Up」は、グローバルで展開されているプログラムで、これまでの経験をもとにした育成プログラムがすでにメソッド化されてるんですよね。私たちもレクチャーを受けながら、日本流にアレンジし支援を行いました。


 参加者の皆さんの企画にアドバイスをしたりしました。私はコピーライターの経験があるので、タイトルやコンセプトのブラッシュアップのお手伝いをしたり。世の中で声を上げて活躍している女性のお話を聞く機会を設けたり。本当にありとあらゆる角度から関わりました。


ーー参加者の方とはどういうやりとりがあったのでしょう?


平野:「届けたい内容とその相手」が明確な方も多く、そのコンテンツと当該のターゲットをどう繋ぐかという部分で一緒に頭を悩ませたりしました。特に社会的な課題を扱うコンテンツが多くあったこともあり、そこには難しさやデリケートさがあるなと。


 たとえば、中高生に向けて性教育をもっとカジュアルに伝えたいという企画がありました。それをどうやって落とし込んでいくのか。「10代というターゲットをもっと広げて考えたほうが結果的には伝わるかな?」「どういうビジュアルやコミュニケーションだったらいいだろう?」など、考えることは無限にあるので、一緒に一つずつ丁寧に考えていきました。


 教えるというよりも、サポートするような感じでしたね。皆さんそれぞれに既に素晴らしいコンテンツを持っている。あとはそれをどのような形ならよりよく届けられるか、という部分でお手伝いをしていったという感じですね。


ーー参加する中で何か感じたことはありますか?


平野:声を上げるということは、生半可な覚悟ではできないことだと思いました。多くの人に向けて発信するリスクもあるし、自分が傷つくこともある。勇気を持って集まってくれている方達の思いが折られることがあってはならない、という気持ちで伴走していました。


ーー平野さん自身が影響を受けたような部分もあるのでしょうか?


平野:すごく刺激になりました。勇気を出して前に踏み出すことで、多分きっとまたどこかにいる孤独な誰かを救えると思うんです。「そうだ、私もそう思ってた」とか「ああ、自分だけじゃなかったんだ」とか。そういう連鎖が増えていったらいいなと思います。


 私自身、そうやって誰かを……といっても、私はただおいしいものについて語っているだけなんですけど(笑)。でも、私が食べることの幸せを語ることで、リスナーの方から「こういう幸せが世界にあったんだ」「人生が楽しくなった」と言ってもらえることがあります。私も自分の思いを言葉にすることで、また誰かと分かちあい繋がっていく、その喜びを大切に、発信を続けていけたらいいなと思っています。


(取材・文=篠原諄也)


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