障害のあるわが子を受け入れることはその子に合う環境に近づく術 私が障害児2人を育てる中で経験した「受容」

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2022年08月09日 16:00  AERA dot.

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写真「三者三様の子どもたちですが、障害の有無に関係なく、それぞれ楽しそうに生きています」(江利川さん)/江利川さん提供
「三者三様の子どもたちですが、障害の有無に関係なく、それぞれ楽しそうに生きています」(江利川さん)/江利川さん提供
 8月になりました。お子さまが夏休み真っ只中という方も多いと思います。我が家の子どもたちも学校が休みになり、それぞれ自由に過ごしているようです。


 8月といえば、私には夏休み以外にもうひとつ、大切な思い出があります。


 双子の娘たちが生後3か月まで過ごしたNICU(新生児集中治療室)を退院し、自宅で一緒に生活を始めたのが8月でした。当時の私にとって、双子が退院するということは、長女の病気や障害を受け止め、「自分で育てて行く」という覚悟を持たなければならないことでもありました。


 幸い、私は主治医の先生に恵まれ、しっかりと寄り添ってもらいながら、夫とともに少しずつ、ありのままの長女の状態を受け入れていったように思います。


 そして今、自分がソーシャルワーカーとして患者さんのご家族と向き合う時に、この「早期の受容」がとても大切で、その後の生活に大きく関わっているように感じる場面があるのです。


 今回は、障害の受容について書いてみようと思います。


■結婚当初の夢とほど遠い現実


 夫と結婚したばかりの頃の私には、「ひなちゃん」という名前の女の子をひとり産んで、大切に育てたいという大きな夢がありました。


 そこに出てくる「ひなちゃん」はおとなしくてかわいくて、休日には夫が喜ぶスイーツを一緒に作って3人で食べる……という、本当に絵に描いたような夢です(笑)


 妊娠が判明した時点で双子だとわかり、その夢は最初から少し違ってしまいました。けれども、そのうちにふたりとも女の子だと知ると、今度は自分の両側にいる娘たちを想像して、さらに夢が膨らみました。


 ところが、妊娠8か月で生まれてきた双子のひとりは、早産の影響で脳にダメージを受け、重い障害が残ってしまいました。


「ひなちゃん」と夫との幸せな3人家族の夢からは、ほど遠い現実でした。


■主治医との対話を重ねて徐々に


 今回、「受容」に関することを書こうと決め、そんな自分がいつからこんなに強くなり、立ち直っていったのかを少し考えてみました。


 私の場合は、常に話を聴いてくれた主治医のター先生の存在が大きかったように思います。


 産後は長女の発達外来でたびたび受診していましたが、外来に行くたびに、ター先生はじっくりと時間をかけて寄り添ってくれました。


 私は、本当は子どもとの将来に大きな夢があったこと、先が見えなくて不安なこと、周りからどんな風に見られているのか気になってしまうことなど、長女の発達に関することだけでなく、生活の部分も含めてたくさん話をしました。


 ター先生は決して否定することなく、でも今から思うと、毎回何らかのかたちで、私が長女の障害と向き合えるようなアドバイスをくれていたように思います。私自身も、不安な気持ちを言葉に出してみることで、頭の中を整理できていたのかもしれません。


 ター先生の外来は、毎回1時間近くの枠があり、発達外来というよりは、母親のカウンセリングのような場所でした。でも私はこのプロセスがあったからこそ、次から次に現れた長女の合併症に向き合うことができ、泣きながらも何とか乗り越えられたのだと思います。



■長男は本人の受容も重要だった


 ひざ下が不自由な息子の場合は、保護者だけでなく、本人の受容もとても重要でした。息子は知的に遅れがないため、自分が「普通」の場所にいることにこだわり、装具を履くのを拒否したり、車での送迎を拒んだりと、時には無理をして生活を送っていた時期もありました。でも、そんな彼も中学3年生になり、体育や数学の図形問題など「努力だけではどうにもならないから障害なんだ」と、良い意味で少しずつ開き直ることができているようです。


 きっと、時間はかかってもこうして自分で気づくことが大切なのですよね。


■受け入れることは諦めではない


 子どもの病気や障害は悲しい事実ですが、決して不幸ではありません。


 子どものありのままの状態を知って受け止めることは、諦めとは違います。


 その子に一番合い、心地よいと思う場所に、最速で近づける術なのだと思います。


 長女がここまで大きくなる間には、少しでも良くならないかと必死に考え、たくさんのリハビリを受けた時期もありました。でもある時に、この子が快適に過ごせる環境をつくっていくことが私の一番の役割ではないかと思い、少し視点を変えたところ、自分自身も、おそらく長女もとても楽になりました。


 長女は今でも寝たきりの医療的ケア児です。でも彼女は人ともめることもなく、誰かに気を遣うこともなく、常に自由に生きていて、私にはとても幸せそうに見えるのです。


※AERAオリジナル限定記事



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このニュースに関するつぶやき

  • きれいごとかもしれないけど。出来ないこと、弱いことは、人と繋がるために神様から与えられた祝福の一つと思う。いくら才能に恵まれ、、
    • イイネ!1
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