安倍元首相の国葬をしている場合ではない 祖父・岸信介から継ぐ家業としての政治の膿を出し切るべき

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2022年08月10日 16:00  AERA dot.

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写真安倍元首相が銃撃されて1カ月が経った現場付近
安倍元首相が銃撃されて1カ月が経った現場付近
作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、旧統一教会と政治のつながりについて。


【写真】北原みのりさんはこちら。
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「あの統一教会系合同結婚式に祝電 安倍晋三とのただならぬ関係 次期首相にふさわしいのか!」週刊朝日2006年6月30日号の記事。この3カ月後に首相になる51歳のまだ若い安倍さんの顔写真が、統一教会の合同結婚式の写真(イメージ)と重なって写っている。記事の本文はこんなふうにはじまる。


「会場には8千人余りが詰めかけ、盛大な拍手が鳴り響いた。司会者らしき男性がステージに立ち、誇らしげに名前を読み上げた。『祝電がいっぱい届いておりますが、その中から数個ご紹介を申し上げます。岸信介元総理大臣のお孫さんでいらっしゃり……』と紹介されたのは、ポスト小泉の最有力候補で、いまをときめく安倍晋三内閣官房長官(51)である」


 記事は、旧統一教会を母体とした天宙平和連合(UPF)の会合を取材したもので、自民党のなかには選挙で統一教会の支援を受けたり、秘書を派遣されたりしている議員がいることにも触れている。影響力のある政治家が、被害者の多い宗教団体の広告塔の役割を果たすことを疑問視する記事で、当然、統一教会と岸信介氏との関係についても言及されている。


「統一教会」と、新聞雑誌記事データベースを検索すれば、数千もの記事がヒットする。そのほとんどが信者や信者の家族の被害を訴えるものだが、なかには、この週刊朝日の記事のように、自民党議員とのつながりを指摘する記事もいくつも出てくる。1992年には金丸信氏が、文鮮明教主の入国のために法務省に圧力をかけた疑いが報じられ、元信者が自民党議員の選挙応援にかりだされたことを証言している。1986年には、岸信介氏ら、自民党議員が中心となった「国家秘密法」の制定運動に、統一教会が母体の国際勝共連合が莫大な資金援助をしていたことも、大きく報じられていた。




 みんな、うすうす気が付いていた。本当はどこかでわかっていた。それでも決定的に追いつめ、膿(うみ)を出し切ることまでできなかった。今、大変な勢いで、旧統一教会と自民党議員らとの長い蜜月が明らかになりつつあるが、本来ならばもっと早く、強く、深く、メディアが追いつめるべきことだったのではないかと悔やまれる。膿を出し切っていれば日本の民主主義がこれほど危うくなることもなかったかもしれず、そもそも安倍さんも死ぬことなどなかっただろう。


 安倍さんの死からちょうど1カ月が経った。2年前に静岡・御殿場の虎屋のカフェに行ったことを思い出す。もともとは1969年に岸信介氏の自邸として建築されたものだ。5700平米の敷地に、当時、岸家が暮らしていた屋敷がそのまま残されている。水面がきらめく池、様々な樹木が完璧に配置された美しい庭園の豊かさに圧倒されたものだ。私は友人たちと、「この庭で安倍さんは遊んでたんだね」と話しながら庭を散策していたのだが、一人がボソリと言ったことが忘れられない。


「なんで、あの人たち、こんなにお金を持ってるの?」


 なんででしょうね……、なんてことを私たちは日本史をひもときながら勝手なことを言い合って話し合ったものだ。でも、本当になぜ、と今改めて思わずにはいられない。なぜ、安倍さんの家はあれほどの財産を持っているのだろう。政治家というのは、そこまで「もうかる」仕事なのだろうか。そして財産も、人脈も全て、「家業」のように親から子に継いでいくものなのか。


 冒頭の週刊朝日の記事で、安倍さんはUPFの会合で「岸信介元総理大臣のお孫さん」と紹介されている。50代にもなって公の場で「誰かの孫」と紹介される人生があるのか、と庶民の私などは違和感しかないが、それでもそういう世界を、安倍さんは生きてこられたのだろう。岸信介の孫として、岸洋子の息子として、安倍晋太郎の息子として、戦前から脈々と継がれてきた家業を背負うことが宿命であるかのように、生きてこられた。岸信介氏らが切望した「国家秘密法」も、安倍さんが総理の時代に「特定秘密保護法」として成立させたが、これも安倍さんにとっては家業としての仕事だったのかもしれない。



 安倍さんの死後、母親の洋子氏が後継者について語っていることが報道されている。私の書棚には1992年に洋子氏が書かれた『わたしの安倍晋太郎』という本がある。夫の名前がタイトルにはなっているが、割かれているのはほぼ父、岸信介氏のことであり、岸家、佐藤家、安倍家という長州派閥のファミリーストーリーである。安倍さんが総理になったときに古本屋で買ったものだが、一読した率直な感想は、「洋子さん、毒母?」であった。戦犯の父を持つ娘として戦前と戦後を体験し、総理大臣を目指す夫に“仕え”、その夫が道半ばで急死した無念さがつづられている本から伝わってくるのは、総理の娘が総理の妻になれなかった悔しさであった。男尊女卑の激しいこの国で女は総理大臣にはなれない。なれるのは総理の娘、総理の妻、総理の母である。安倍さんの幼いころの夢は「プロ野球選手」だったというが、はなから「総理大臣になる」道以外は閉ざされた人生だったということが、洋子氏の手記からは伝わってくるのだった。


 安倍さんは国会で不誠実な答弁をくり返す横暴な政治家であったが、どこか“お坊ちゃま感”が抜けない人だった。また、一昔前の愛人がいて当たり前、みたいな黒い政治家のイメージはなく、むしろ性的なものに奥手で、セックススキャンダルからは程遠い人という感じでもあった。私の勝手なイメージだが、強い母親に組み敷かれた人の弱さを感じずにはいられなかった。“奔放で自由な妻”を選んだのは、もしかしたら安倍さんの母親への人生最大の反抗だったのではないかと思うほど、安倍さんの“女性観”がよくわからなかった。  


 安倍さんの人生に母親の影響がどれだけあったかは、わからない。それでも、祖父が日本での普及に力を添えた旧統一教会の被害者に殺された事実は、この国をリアルに生きる人々の声よりも、“ご先祖様”を仰ぎ見るようなファミリービジネスとしての政治に邁進した結果でもある。そういう意味で、安倍さんは、山上容疑者と同じように、“家族の被害者”であったのかもしれないと思う。


 公衆の面前でマイクを握ったまま背後から撃たれた安倍さんは、最後、山上容疑者のほうを振り返っている。1発目の煙がまだ立ちこめる数秒の時間のなか、最後に見たものは山上容疑者の姿だっただろうか。財産を奪われ、未来を奪われ、家族を壊された40代の男と、使い切れないほどの財産を先祖から引き継ぎ、未来が約束されてきた60代の男はあの瞬間、個として対峙した。それは2人の人生が同時に終わる瞬間だった。個としての安倍さんを考える時、その人生の歪(いびつ)さと不幸を哀れに思わずにはいられない。だからこそ安倍さんの死を悼むというのならば、やはりその不幸の根源を洗い出し、膿を出し切るべきなのだろう。安倍さんの政治家としての人生と、この国の民主主義の歪(ゆが)みを徹底的に洗い出すべきだ。国葬をしている場合じゃない。


このニュースに関するつぶやき

  • 確かに「家族の被害者」だったのかもしれない。しかし、それで一連の売国や疑獄、政治犯罪が帳消しになるわけではない。
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