勝負どころで試合を分けた「隠し球」 夏の甲子園で本当にあったビックリ珍事

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2022年08月11日 18:00  AERA dot.

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写真帝京のエース・芝草宇宙
帝京のエース・芝草宇宙
 8月6日に開幕した夏の甲子園。今回は過去の大会で本当にあった思わずビックリの珍事3題を紹介する。


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 死球で出塁する権利を得た打者が自ら辞退する珍事が起きたのが、2019年の2回戦、花咲徳栄vs明石商だ。


 2対3とリードされた花咲徳栄は7回1死、9番・菅原謙伸が打席に入った。


 捕手の菅原は「投手が打たれたのは、自分にも責任がある」と反省し、「とにかく塁に出ることだけ」を考えていた。


 そんな気持ちが天に通じたかのように、1ボールから中森俊介(現ロッテ)の2球目、内角高めスライダーが左肩付近に当たる。死球で1死一塁のチャンスである。


 ところが、一塁へ行くよう指示する球審に対し、菅原は「少し前屈みで避けてしまった。ストライクゾーンに体が入っていたと思う。あれは自分が悪い」と正直に自己申告し、相手バッテリーやベンチにも謝罪の会釈をした。


 黙っていれば死球で出塁できたのに、何とももったいない話だが、直後、まるで野球の神様が演出したかのような幸運が舞い降りてきた。


 打席で構え直した菅原が次の140キロ直球を一振すると、なんと、左越えに起死回生の同点ソロ。しかも、これが記念すべき公式戦初アーチだった。まさに「正直の頭に神宿る」を地でいったような最高の結果に、菅原も「人生で一番いい当たりだった。神様が打たせてくれたのかもしれません」と大感激だった。


 その後、試合は3対4と再びリードされ、9回2死二塁、菅原は右飛に倒れて最後の打者になったが、「すべての力を出し切ったので悔いはない」と晴れやかな表情で甲子園をあとにした。


 次も公式戦初アーチにまつわる珍エピソードである。


 夏の大会通算1000号は、02年に遊学館の行田篤史が記録したが、甲子園以外の球場で33本塁打が記録されていたことから、夏の甲子園通算1000号は、翌03年に持ち越しとなった。


 そして、待望のメモリアルアーチは開会式直後の第1試合、桐生第一vs神港学園で飛び出した。



 1点を追う桐生第一は2回、5番・森翔平の中越え二塁打と四球で1死一、二塁。長打が出れば一気に逆転のチャンスで、次打者・菊池智は、福田治男監督の指示どおり、永井秀和の初球を上から叩きつけるようにして、素直に打ち返した。


 ハーフライナー気味の打球は、右前安打と思われたが、前進してきた右翼手がダイレクトキャッチに失敗し、右側をすり抜けてフェンス際を転々。この間に菊池は50メートル6秒4の快足を飛ばして三塁を回ると、スピードを緩めることなく、本塁にヘッドスライディングした。


 タイミングは間一髪ながら、判定は「セーフ!」。この瞬間、逆転ランニング3ランによって、夏の甲子園通算1000号が達成された。


 群馬大会では打率.235と不調だった菊池は、この日は守備力を買われてスタメン起用されたとあって、「夢中で走った。言葉にできないくらいうれしいです。今大会の1号目が甲子園通算1000号になるのは知ってたけど、まさか僕が……」と信じられない様子。それもそのはず。自身にとっても、まさかの公式戦初本塁打だった。


 ちなみに甲子園第1号は、同球場がオープンした大正13年(1924)の第10回大会の開幕試合で、静岡中の田中一太郎が記録した満塁弾だが、これもランニングホームランだった。


 その後、菊池は2試合続けてスタメン落ちも、3試合ぶりにスタメン復帰した準々決勝の岩国戦でもタイムリー二塁打を放ち、チームの4強入りに貢献した。


“ダメもと”で試みた隠し球がまんまと成功したお蔭で、1対0の逃げ切りに成功したのが、87年の帝京だ。


 3回戦の横浜商戦、0対0の7回に木村亨のタイムリーで虎の子の1点を挙げた帝京は、勝利まであと2人の9回1死から内野安打を許し、1死一塁となった。


 執念のヘッドスライディングで間一髪セーフになった打者走者・滝沢貴弘は、泥まみれになったユニホームで立ち上がり、喜びをあらわにした。



 直後、帝京のエース・芝草宇宙(元日本ハムなど。現帝京長岡監督)が一塁手の大井剛に近づくと、ミットの中にそっとボールを入れた。


「別に(隠し球で)引っかけるつもりはなかったけど、1回余裕を持とうと思いました」(芝草)。


 大井も「ボールをミットの中でモゾモゾさせてしまったので、一塁コーチにバレたかと思った」そうだが、一塁コーチは同点の走者が出たうれしさから、バッターボックスのほうを見ていたため、2人のやり取りに気づかなかった。さらに古屋文雄監督も勝負どころで代打を出そうとベンチ内を見回していたため、これまた気づかない。


 そして、「どうしても1点を取りたかったので、二塁に行くことしか頭になかった」という滝沢がリードを取ろうと一塁ベースを離れた瞬間、大井がすかさずタッチして“隠し球アウト”が成立した。


 チャンスが一転2死無走者となった横浜商は、ここから連打で一、三塁と最後の粘りを見せたが、隠し球さえなければ、この時点で同点に追いつき、一打逆転のチャンスだったのだから、本当にツキがなかった。


 芝草は最後の打者・中川康之を一ゴロに打ち取り、1対0でゲームセット。隠し球でピンチを救った大井は「あれがなければ1点取られてましたね。今思うとゾッとします」と試合終了後になって、冷や汗を流していた。(文・久保田龍雄)


●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」(野球文明叢書)。


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