横尾忠則の「仕事のストレス」なくす方法 マネしたのは「すぐやる課」

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2022年08月13日 16:00  AERA dot.

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写真横尾忠則
横尾忠則
 芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、仕事のストレスについて。


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「いつも原稿を早くいただくのですが、締め切り前など、早めにお仕事をされる習慣はいつからされているのですか?」というご質問ですが、ムカシは、締め切りギリギリ、それも締め切りが過ぎて腰を上げていました。矢のような催促が何度もあって初めて、つまりギリギリ追い込まれないとアイデアが出てこないという習慣がいつの頃からかついてしまって、それが実はストレスになっていたのです。


 そんな時、松戸市だったか地方の市役所に何でも「すぐやる課」が出来たというニュースを知って、目から鱗、「よっしゃ、これをマネて、ひとつ意識革命を起こそう」、この「何でもすぐやる思想」を実践することにしたのです。まず手始めに、この日、ある女性誌の編集長がエッセイの依頼に来られました。テーマを聞いている内にアイデアが浮かんできたので、編集長が帰られると同時に、1カ月先の締め切りの原稿に着手しました。4枚の原稿だったけれど、40分ほどで書き上がったので、すぐにファクスで送りました。しばらくすると編集長から、「編集部、全員騒然としています」という驚きの電話がありました。こんなに驚いたり喜んだりされるのなら、できるだけ締め切り前に原稿を書いて、仕事を遊びに変えてしまおうと、スタッフにもこの発想を徹底させました。そのために残業することは全くなくなりました。


 仕事の依頼というのは、実は受けた瞬間からドスンと身体に来るものです。そして、その瞬間からストレスが始まります。このストレスが生活の円滑さを狂わせることになります。人間は誕生と同時に老化が始まるそうですが、仕事も同じように、依頼と同時にストレスが始まります。医者によると病気の原因の大半がストレスだと言います。とにかく健康で、もし長寿を望むならストレスのない生活をするべきでは。人がストレスを起こすのは仕事を先送りにして、ため込んでしまうからではないか。



 仕事に限らず、それ以後、何でも「すぐやる課」の実践によって、僕はいつも一日の時間の進行の遅さに、退屈するくらいです。とにかく、「明日やろう」という引き延ばし作戦はよほど体調の悪い時以外は無視することにしています。このことによって時間の概念が変りました。絵を描くのもやたらと早いので、僕は自分をアスリートと呼んでいます。


 そして時間がありあまります。その時間を何かで埋めるというようなことはなるべくしないで、何もしないことをする無為の時間のために活用しています。アトリエのソファで横になったり、バルコニーに出て、アトリエを囲む森の樹木のフィトンチッドを浴びたりして、出来るだけ頭を空っぽにする時間を作ります。その空っぽの時間を閑暇だからといって読書などはしません。読書で人の言葉で頭の中をいっぱいにしてしまうよりも、できるだけ、言葉以外の無心を楽しむことにします。僕の場合、絵は考えから発想するのではなく、考えないことから発想する、コンセプチュアルアートとは全く逆行の態度から作品を作ります。


「何でもすぐやる」ことで、時間を越えて多くのことができるようになりましたが、老齢になったこの頃は、そのあまった時間を埋めつくしてしまうのではなく、そのあまった時間をもっと拡張することのできる無為の状態を「考えないこと」を考えることで「創造」することに切り換えたのです。これは子供の頃の時間の再現のような気がします。子供時代の時間は大人になってからの時間より、うんと充実していました。


 子供は何かにつけて、無心になって物事に夢中になって三昧(ざんまい)時間を遊びます。だから、子供時代の時間は長く感じます。子供は三昧という無心時間を遊ぶ術を知っているんでしょうね。この三昧時間が体験できなくなった時から、人は子供時間から大人時間に入って行って、時間を縮小して、忙しい生活に切り換えてしまうように思います。そしてストレスという産物を生んでしまいます。僕が「何でもすぐやる」生活に切り換えてからは作品の点数もうんと増えたし、なんといっても一日の時間がうんと長くなりました。



 僕の午前中の仕事は昨日の夕方から、今日の午前中に届いたメールの返事から始まります。返事を書かなきゃと思ってため込むと、こんなことがストレスを作ることになるので、さっさと片づけて、いつも手ぶら状態にします。端(はた)から見るとせっかち人間に見えるかも知れませんが、絵もせっかちです。描き出したら一気に描いてしまうので一日に100号、一点が、昨日など三点描いてしまいました。つまり三日分を一日で片づけてしまったわけで、今日は終日、何もしない無為の一日になります。そんな日は何もしないでうんと身体と脳を休ませるようにしたいと思います。


 老齢になると老齢時間に従った方がいいと思います。動きも考えもとろくなります。それがいいのです。未知の新しい境地を楽しむ術を心得ましょう。


横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰

※週刊朝日  2022年8月19・26日合併号



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