舐めたプレーに“ブチギレ”も 甲子園で話題となった名将たちの「喜怒哀楽」

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2022年08月14日 18:00  AERA dot.

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写真上宮の山上烈監督
上宮の山上烈監督
 夏の甲子園大会が盛り上がりを見せているが、高校野球では選手だけではなく、ベンチで采配を振るう監督の表情が話題になることも多い。


【写真】上宮時代の山上烈監督に激怒された元プロ野球選手といえば
 かつての箕島・尾藤公監督の“尾藤スマイル”や宇和島東、済美・上甲正典監督の“上甲スマイル”がよく知られるように、選手たちから恐れられた“練習の鬼”も、甲子園のベンチでは、「選手をいかにリラックスさせるか」に心を砕いていた。


 確かにベンチで監督が怒声を上げたら、選手は委縮してしまうし、ピンチを前にあたふたしたら、その動揺は確実に選手に伝わってしまう。


“スマイル”以外は、けっして喜怒哀楽を顔に出さず、試合の重要局面においても、ポーカーフェイスに徹するのが監督の心得と言えるが、時には沈着冷静であるべき指揮官も、何かの拍子に感情をあらわにしてしまうこともある。


 チームの中心選手の気の抜けたプレーに思わず「バカヤロー!」と怒りを爆発させたのが、上宮時代の山上烈監督だ。


 1989年の3回戦、八幡商戦、優勝候補の上宮は毎回の20安打を記録し、15対1と大勝したが、7回に問題のプレーが起きた。


 先頭打者・元木大介(元巨人)はカーブにタイミングを狂わされ、バットの先っぽに当たった打球がマウンドと一塁の間にフラフラと上がった。


 だが、打球の行方を見失った元木は、打席に立ちつくしたまま一塁に走ろうとしない。


 こんなときは得てして皮肉な結果が待っている。投手が捕球に失敗し、ボールはインフィールドに落ちた。元木が打席で呆然としている間に、ボールは一塁に送られ、投ゴロでアウト……。楽勝ムードで気が緩んだと思われても仕方がないプレーだった。


 主将の“怠慢プレー”に激怒した山上監督は、元木がベンチに戻ってくるなり、「このバカヤロー!ふざけたプレーをしやがって。必死にやらんのだったら、代えるぞ。それがキャプテンのやることか!」と雷を落とした。


「ボールが後ろへ行ったと思ったんです」と元木が言い訳すると、「バカヤロー!ボールがどこへ飛んだかわからなかったら、全力で走れ!」。確かにその通りである。



 甲子園で優勝経験のある監督の一人は「チームは一度タガが緩むと、そこから元に戻すのが大変」と述懐しているが、山上監督もそれを危惧していたのは言うまでもない。


 しかし、上宮は2日後の準々決勝で大越基(元ダイエー)の仙台育英に2対10と大敗。「(負けて)泣きたくなかったら、ちゃんとやれ!」の叱言も、実ることなく終わった。


 球児のガッツポーズは好ましくないとする風潮が強い高校野球で、指揮官自らガッツポーズを連発するなど、球児以上の喜び全開パフォーマンスで話題になったのが、明石商の狭間善徳監督だ。


 作戦が決まったり、得点が入るたびに、ベンチ前で阪神・矢野耀大監督ばりの派手なガッツポーズを披露する姿は、“狭間ガッツ”としてすっかりおなじみになった。


 19年の3回戦、宇部鴻城戦では、8回に三盗成功の直後、ヒットエンドランが決まり、2対2の同点に追いつくと、狭間監督は「やったぜ!」とばかりにベンチ前で右腕を思い切り振り下ろす派手なガッツポーズで大喜び。このパフォーマンスがチームを勢いづけ、劇的な逆転サヨナラ勝ちを呼び込んだ。


 さらに準々決勝で八戸学院光星を7対6で下し、4強入りを決めた試合後にも、狭間監督は「(ガッツポーズをやり過ぎて)右肘がおかしくなった」とジョークまじりにコメントしたが、その後、このオーバーアクションが高野連から注意を受けたことが明るみになった。


 だが、本人は「伝令に行くときにベンチから(大きく)出たことで、ちょっと出過ぎですよと怒られた」とガッツポーズに対するお叱りではなかったことを説明。今後もガッツポーズを続けていくことを宣言した。


 ファンの間でも「選手と一緒に喜び合う姿がいい」「自分のプレーをこんなに喜んでくれたら、選手もうれしいはず」など好意的な意見が多い。甲子園で再び狭間ガッツが見られる日が待たれる。


 歴史的勝利の試合後、思わず感極まり、お立ち台で男泣きしたのが、龍谷大平安・原田英彦監督だ。



 18年の1回戦、鳥取城北戦、龍谷大平安は2対2の9回裏2死三塁、2番・安井大貴が左翼線にサヨナラ安打を放ち、春夏の甲子園で通算100勝目を挙げた。中京大中京の131勝に次いで歴代2位の快挙は、くしくも勝利数と同じ第100回大会で実現した。


 勝利の瞬間、原田監督は目頭を押さえ、校歌が流れると、両目からとめどない涙が溢れはじめた。


 その後、お立ち台に上がった原田監督は、目を真っ赤にし、肩を震わせながら「本当に勝ちたかった。勝ちたかった……」の第一声を発し、男泣きに泣いた。


 さらに8回途中まで力投したエース・小寺智也を「そんなに気持ちの強い子ではないんですが……。成長がうれしい」と褒めたところで再び言葉に詰まり、100勝目を楽しみにしながら4月に他界したOB・衣笠祥雄氏について「たぶん『良かったな』と笑っているでしょう」と思いを馳せた瞬間、また涙が止まらなくなった。


 怒ったり、喜んだり、泣いたり、ふだんはなかなか目にすることができない監督の喜怒哀楽の表情を垣間見ることができるのも、甲子園の醍醐味かもしれない。(文・久保田龍雄)


●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」(野球文明叢書)。


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