「不妊治療の弱音を吐けない」男性の孤独 親や親友、妻にすら本音で相談できない

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2022年08月16日 06:30  AERA dot.

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写真写真はイメージ(GettyImages)
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不妊治療は、妊娠出産の当事者である女性が主体となるものの、その陰でパートナーである男性が悩みや葛藤を抱えるケースが少なくない。妻にも本音が言えぬ中、プレッシャーで追い詰められてしまう例もある。そうした中、妊活の大きなハードルにもなっているのが、ここ10年で増えている男性特有の“ある症状”。不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」第2回目は、誰にも悩みを打ち明けられない男性側の本音に迫る。


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 東京都在住の会社員、Aさん(41)。2歳年下の妻と不妊治療に奮闘し始めて、5年になる。8年前、Aさんが33歳、妻が31歳の時に結婚。結婚して3年ほどが経ち、「そろそろ」と考えてタイミング法を試みるも、1年半経ってもなかなか妊娠しない。そこで夫婦ともに一通りの検査を受けたが、互いに「異常はない」と言われた。


「このままタイミング法をもう少し続けるか、次のステップである人工授精に進むか、どうしますか?」


 医師からこう投げかけられ、夫婦はしばらく悩んだ。ともに「なるべく自然に授かりたい」という思いが強く、できることならタイミング法で授かりたい。だがその頃、タイミング法を試みても、Aさん側の問題から、性交渉がうまくいかないことが増えてきていた。


 平日にAさんが仕事を終えて帰宅するのは、夜10時を過ぎることが多い。多忙な業務を抱え、終電で帰る日も月に4〜5日はある。妻も仕事を持ち、フルタイムで働いているが、排卵日近辺の“タイミング”の日には、互いに「早めに帰ろう」と努める。


 しかし、Aさんは仕事の都合で、どうしても遅くなる日が続いた。仕事から疲れて帰宅し、お酒を飲んでしばし休息したいところだが、妊活中の妻も禁酒を続けている手前、自分だけは飲みづらい。


「体調を整えるためにも、ちゃんと睡眠時間を取りたいから、早めにお願い」


 と、妻に急かされて臨むも、もはや事務的な“作業”のように感じてしまう自分がいる。加えて「今日は外せない日」ということや「最後まで成功させなければ」という思いがプレッシャーになり、途中でうまくいかなくなることが続いた。



 タイミング法のプレッシャーを緩和させる目的で、シリンジ法も何度か試した。「ここは感情抜きにして、割り切ろう」と二人で話したが、妻と別の部屋でマスターベーションをし、精液をカップに入れて届ける時、妻の表情はどこか複雑そうにも見えた。


 妻のことは愛しているが、どうしても同じ屋根の下で日々を過ごす中で、家族という感覚が強まってくることは致し方ない事実だ。交際時や新婚当初の頃とは、性的な欲求も薄まっていることは夫婦ともに感じていた。だが、子どもを持ちたいなら、そしてなるべく“自然に”授かりたいなら、そんなことは言っていられない……。


「自分のせいで妻を傷つけているかも」「どうしたら良いのか」と悩む日々が続いた。プライベートも職場も含め、自分の周りにいる男性から、不妊治療に臨んでいるという声は聞いたことがなかった。 


 自分の中で、不妊治療はどこか、女性側に何らかの問題があるものと感じていた。男性側に問題があって治療をするという話は、耳にしたことがなかったのだ。「途中でできなくなる」なんていうことが、治療の対象になるのかも分からないし、何より恥ずかしくて情けなくて、口が裂けても言えないと思った。


 それだけに、友人や親はおろか、妻にも本音では相談できず、一人で悶々と悩む日々。子を持つ男友達と会うと、「こいつは、奥さんを“お母さん”にさせてあげられたのに、俺は……」と、ブルーな気持ちに拍車がかかる。自分の父親に対してすら、自分にできないことを達成しているように見え、“男”として自分より優位に立っているように感じた。


「何か頼りになる情報を」とネットを見るも、溢れかえる“セックスレス”というワードの一言で片付けられる問題でもなければ、不妊治療という言葉もどこか遠い存在に思えた。その狭間で揺れる思いを、どこに持っていけば良いのか分からなかった。


 だから妻が医師の言葉に対して「人工授精に進みたい」と言った時、どこか救われたのも事実だ。ところが人工授精を6回繰り返しても妊娠しない。病院にはなるべく付き添って行きたい思いはあるが、仕事を考えるとなかなか難しく、妻一人で病院に通う日々が続いた。




 排卵のタイミングはあらかじめ予定が立てられないことから、医師から指示のあった日に頻繁に病院に行かなければならず、急に仕事を休まざるを得ないことも妻のストレスになっていた。加えて排卵誘発剤を打つ注射の痛さ、内診を重ねる辛さ、頑張っても全く結果が出ない苦しみ――次第に憔悴していく妻を前に、「自分は何もできない」と思えてもどかしかった。治療の主体はあくまで妻であり、自分は妻が抱える葛藤や苦しさの半分も分からないと思った。


 Aさん夫妻は今、体外受精に臨んでいる。体外受精が4月から保険適用になったことも後押しになった。だが体外受精は人工授精より体への負担が大きいこともあり、妻は病院から帰るとぐったりして横になることが続いている。


「不妊治療について、妻が弱音をこぼすことはあっても、自分が弱音を吐くことは許されないと思っています。妻がこれだけ頑張っているのに、とても弱音なんて言えない。そりゃ男である自分なりの辛さは、もちろんあります。でもそれを口に出して話せる相手はいません」(Aさん)


 不妊治療の主体は、妊娠、出産をする女性であるのは揺るぎない事実だ。だがその陰で、パートナーである男性の心が置き去りにされがちな実態がある。


「不妊治療において、パートナーである男性が葛藤を抱えてしまうことはある。非常にデリケートな問題だからこそ、周囲に悩みを言えず、頑張っている奥さんにも本音を言えないというのが実情だと思います」


 不妊外来で多くの患者と接している千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)はこう話す。不妊治療中の女性は、ホルモン剤の影響などもあり、イライラしたり落ち込んだりを繰り返すなど、精神的に不安定になってしまうことも少なくない。そうした妻を前に、「どう接したら良いのかが分からない」という戸惑いの声も聞かれる。不妊体験者を支援するNPO法人Fineを立ち上げ、不妊体験者をサポートする活動を行う松本亜樹子さんも、治療中の男性の孤独についてこう指摘する。


「不妊についての悩みは、女性以上に男性の方が周囲に話せないというストレスを抱えがち。治療中に妻とのコミュニケーションがうまくいかなくなって悩む人も多い。男性が葛藤を抱えても、それを話す先がなく、追い詰められてしまう人もいます」



 性機能障害による男性不妊も増加傾向にある。


「子どもを持ちたいのに、性交がうまくいかないという悩みを持った男性が多くいらっしゃいます」


 とは、男性不妊外来で、日頃から多くの男性患者と接している辻村晃医師(順天堂大学医学部附属浦安病院)だ。男性不妊外来には、冒頭のAさんのように妻との性交渉がうまくいかないことや、タイミング法のプレッシャーに悩む男性の声が多く聞かれるという。


 いわゆる“年齢の壁”が、女性だけではなく男性にも存在すると知られるようになったことも、男性の妊活への焦りを助長させているかもしれない。卵子の老化によって妊娠率が低下することは広く知られているが、最近、男性も加齢とともに元気な精子数が減少することが知られるようになった。晩婚化の影響により、結婚前にすでに精液所見が悪化している男性も増えているそうだ。辻村医師は言う。


「これから子どもを作ろうとしている人が受けるブライダルチェックを受診した男性の調査からも、精液量や精子数の減少、精子運動性の低下がそれぞれ約10%認められただけでなく、驚くべきことに1.8%で無精子症が認められました。さらに、妊活前の時点ですでに精液所見に何らかの問題が見られる男性が約25%認められました」


 辻村医師の男性不妊外来で特に目立つのが「膣内射精障害」だ。その名の通り、マスターベーションでは射精に至るが、性交渉の際に膣内では射精ができない症状だ。冒頭のAさんも同様の症状にあたる。辻村医師は言う。


「ここ10年で、男性の膣内射精障害がかなり増えていることを実感します。妊活中の男性からは、“妻に対してできない”という声や、タイミング法で性行為を義務付けられること、膣内で射精しないといけないということが大きなプレッシャーになり、追い詰められた状態になって不妊外来に駆け込んでくる人が少なくない」


 膣内射精障害による男性不妊の悩みを持って辻村医師の元を訪れるのは、20代後半〜40代前半の男性。1年ほどタイミング法を試したものの妊娠しないことから、医療機関を受診する流れに至るケースが多いという。



 膣内射精障害の背景には大きく二つの要因があり、一つはネット動画など、性的に刺激の強いコンテンツが氾濫し、過激な刺激に慣れ過ぎてしまっている傾向があること。そして思春期からの誤ったマスターベーションの方法に慣れてしまい、膣内の刺激に反応しないことも要因の一つと言われる。


 恋愛観や性欲の低下も、現代人の特徴の一つと挙げられて久しい。2020年にリクルートブライダル総研が行った調査によれば、20代から40代の未婚者において、恋人がいない人の割合は約7割。さらに20代男性に絞ると、一度も交際経験がない人の割合は約4割に上る。辻村医師は言う。


「現状では射精に対する特効薬は存在しないことから、治療法は地道なトレーニングが主。具体的にはマスターベーション方法を修正し、適切な刺激で射精できるよう専用の器具などを用いて膣内射精のトレーニングをします」


 行動療法によって少しずつ慣らしていくという意味では、この短期集中連載の第一回目の記事で紹介した実例の女性の挿入障害と同じだ。


「ただ、これだけ生殖医療が発達している今、“何が何でも膣内射精ができるように”とこだわる人は少なくなってきている印象もあります」(辻村医師)


 いわば性交をせずとも、他の方法で妊娠を目指すことが可能な時代。自然妊娠にとらわれず、効率的に目標に向けて動こうと考えるカップルも少なくない。


「子どもを望むなら、自然妊娠へのこだわりが思わぬハードルになることもある」


 産婦人科医の宋美玄医師(丸の内の森レディースクリニック)はこう指摘する。妊娠出産はカップルで臨むことから、どちらかの自然妊娠への志向が強いあまりに、不妊治療に足踏みする例も少なくない。


「普段から性交しているわけではないけれど、子どもは欲しい。でも“不妊治療までして授かりたくない”という人は多い。しかし、それではなかなか妊娠しないままに時ばかりが過ぎてしまいます。もちろん、子どもを持たない選択もあるというのが大前提の上で、それでも妊娠を望むなら、自然妊娠へのこだわりから離れてみることも大切では」


「子どもは自然に授かるべきもの」と思い込み過ぎると、時に自分たちを追い詰めてしまうことにもなるかもしれない。


 ところが、この“自然派信仰”に、当事者を取り巻く人々がとらわれていることで、思わぬ事態に追い込まれる場合もあるという――。(次の記事に続く)


【短期集中連載第1回はこちら】


前編:「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み


後編:年々増加する「セックスレス妊活」 性外来の医師が指摘する深刻な課題とは


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  • どちらも辛い。男性同士悩みを話し合う事も少なかろう。女性は夫にも見せた事の無い所まで見られ弄り回さ倒され激痛で…
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