最後の夏「涙なく」甲子園を去ったプロ野球選手たち それぞれに“泣かない”美学

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2022年08月16日 18:00  AERA dot.

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写真東北のダルビッシュ有は“最後の夏”の敗戦後も涙なく甲子園を去った
東北のダルビッシュ有は“最後の夏”の敗戦後も涙なく甲子園を去った
 甲子園で健闘及ばず敗れた球児たちが試合後に泣きじゃくる姿は、夏の風物詩とも言える。勝者もまた然り。2006年の決勝戦では、早稲田実のエース・斎藤佑樹が優勝を決めた直後、感激の涙を流すシーンが見られた。その一方で、試合に負けても泣かなかったのちのプロ野球選手もいる。


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 泣かなかった選手で、まず思い出されるのが、92年の星稜・松井秀喜だ。


 同年、「北陸に初の優勝旗を」の悲願を胸に甲子園に乗り込んできた星稜ナインだったが、2回戦で対戦した明徳義塾は、4番・松井との勝負を徹底回避し、5打席連続で敬遠した。


 この結果、松井は1度もバットを振ることなく、2対3で敗れ、不完全燃焼の形で最後の夏が終わった。


 だが、試合後、「泣かない」と決めていた松井は、明徳義塾の校歌が流れているときも、応援席に挨拶したときにも涙を見せることはなかった。


 報道陣の取材も、「勝負してほしかった?」の問いにかろうじて頷いた以外は、「わかりません」「覚えてません」を繰り返すだけだった。


 そんな教え子の姿を目の当たりにした星稜・山下智茂監督は「(悔しい気持ちを)表に出さないから、余計可哀相です」とその心中を思いやった。


 インタビューの最中も涙ひとつ見せなかった松井だが、帰りのバスに乗り込み、チームメイトだけになると、誰にもわからないように下を向いて頬を流れる涙をそっと拭ったという。


 この体験以来、心のどこかで「さすがは5打席連続敬遠されて然るべきバッターだ」と野球ファンから思われるような大打者にならなくてはいけないという使命感のようなものを抱きつづけた松井は、のちの野球人生で大きく飛躍することになった。


 泣かなかった球児といえば、駒大苫小牧時代の田中将大もその一人だ。


 73年ぶりの夏3連覇がかかった06年決勝、早稲田実戦は、延長15回の末1対1の引き分け。翌日の再試合、3点をリードされた駒大苫小牧は、9回に中沢竜也の2ランで1点差に追い上げるが、早稲田実のエース・斎藤も気力で4番・本間篤史を三振、5番・岡川直樹を二飛に打ち取り、勝利まであと1人。ここで打席に立ったのが、田中だった。



 両エースが2日間にわたって死力を尽くして投げ合った最後に、田中が打者、斎藤が投手として対決するのは、運命的にも思えるめぐり合わせだった。


 一発が出れば同点という場面で、田中は2ストライクと追い込まれながら、ファウルで粘ったが、7球目の144キロ外角直球を空振り三振し、ゲームセット。


 一瞬天を仰ぐような動作をした田中だったが、すぐに気持ちを切り替えると、マウンドで歓喜のガッツポーズを見せる斎藤に柔和な視線を投げかけた。


 そして、少し照れたような表情でネクストサークルの鷲谷修也に「(回すことができず)ごめん」と謝ると、さわやかな笑顔をのぞかせてベンチに戻った。


 泣かなかった理由について、田中は「思い残すことはないし、精一杯やったので。野球で泣いたことはないので、特別な感情はありませんでした」と語っている。


 優勝の大本命といわれたセンバツを不祥事で辞退に追い込まれたあと、田中は言い知れようのない悔しさと数々の苦難を乗り越えて、夏の甲子園にやって来た。甲子園入り後は、体調不良に悩まされながらも、気力を振り絞って、最後までマウンドを死守した。


 夏3連覇は達成できなかったものの、すべての力を出し切り、完全燃焼した田中に、「負けて泣く」選択肢はなかったのである。


 東北高時代のダルビッシュ有も、2年生だった03年夏は、決勝で常総学院に敗れると、「3年生と応援団のみんなのために負けたくなかった」と涙が止まらなかったが、翌04年の最後の夏は、笑顔で甲子園をあとにしている。


 3回戦の千葉経大付戦は、9回2死まで1対0とリードし、初戦から3試合連続完封目前だったが、三塁手の一塁悪送球で同点に追いつかれ、延長10回に2点を勝ち越された。


 その裏、2死無走者で打席に立ったダルビッシュは見逃し三振に倒れ、しばし呆然と立ち尽くした。


 この瞬間、「みちのくに初の大旗を」の夢も消えたが、敗戦直後のダルビッシュは笑みを浮かべているようにも見えた。



「負けたときは、“ああ、終わったなあ”という感じ。悔いはなかったす。いや、もう精一杯やったからです。最後は笑っていたように見えた?笑っていたってわけじゃなく、泣いて終わりたくなかったんで」と振り返ったダルビッシュは、9回のエラーについても、「エラーは誰にでもあるんで」とチームメイトを庇った。


 春夏計4度出場した甲子園を、ダルビッシュは「人間として成長させてくれる場所でした」と表現している。


 雨が降りしきる中、サヨナラ押し出し四球で最後の夏が終わった作新学院時代の江川卓も、甲子園目前の県大会決勝で敗れた愛工大名電時代のイチローも、涙を見せることはなかった。


 連日マスコミ攻勢の渦中にあった江川は「これからは勉強に馬力をかけ、できるなら旅をしたい」と普通の高校生に戻れる安堵感を口にし、プロ入りという新たな目標にいち早く気持ちを切り替えたイチローは、敗戦の翌日からグラウンドで下級生たちにまじって汗を流した。


 泣かなかった理由は各人さまざまだが、今夏の甲子園でもどんな人間ドラマが生まれるか注目したい。(文・久保田龍雄)


●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」(野球文明叢書)。


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