3度のDTM王者レネ・ラストが今季限りでアウディ離脱「クラス1規定のRS5は素晴らしかった」

0

2022年08月17日 10:00  AUTOSPORT web

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AUTOSPORT web

写真2017、2019、2020年にDTMのタイトルを獲得しているレネ・ラスト。2022年限りでのアウディからの離脱を発表した。
2017、2019、2020年にDTMのタイトルを獲得しているレネ・ラスト。2022年限りでのアウディからの離脱を発表した。
 DTMドイツ・ツーリングカー選手権で3度のタイトルを獲得するなど、長期にわたってアウディスポーツに在籍してきたレネ・ラストは8月16日、2022年シーズン限りでアウディとの関係を終了すると明らかにした。

 2011年にR8 LMS GT3でデビューして以来、アウディ一筋で走り続けてきたドイツ人ドライバーのラストはこれまで、スパ24時間レース、ニュルブルクリンク24時間レース、デイトナ24時間レースのGTDクラスなどを制してきた。

 2016年に代役として2大会に出場したDTMでは、翌年アウディスポーツ・チーム・ロズベルグからフル参戦を果たすと、初年度で最初のタイトルを獲得。翌年はメルセデスのゲイリー・パフェットに敗れたものの、エンジンが4気筒ターボ化され、いわゆる“クラス1”規則時代となった2019、2020年には、シリーズ連覇を達成している。

 DTMで3度目のタイトルを獲得した後、2021年はABB FIAフォーミュラE世界選手権へと活躍の場を移したが、アウディのファクトリー参戦終了に伴い、ラストのフォーミュラEでの活動は1シーズン限りとなった。2022年、ラストはGT3車両での2年目を迎えたDTMにチーム・アプトから復帰している。

 また、スポーツカーレースでは、ラストは2015年のル・マン24時間レースに、アウディからLMP1クラスに出場。2022年はWEC世界耐久選手権のLMP2クラスに、チームWRTからフル参戦している(ただし、既報のとおり富士ラウンドは欠場)。

■「僕には、まだ達成したい目標がある」とラスト
「この決断は、僕にとって簡単なものではなかった」と35歳のラストは述べている。

「アウディは過去数年間、僕の人生そのものだった。僕らはともに素晴らしい仕事をし、多くの素晴らしい成功を収めてきた。僕はそれらの瞬間と、勝利とチャンピオンを可能にしてくれた多くの素晴らしい人々を、忘れることはないだろう」

 彼は、タイトルを獲得したクラス1時代のDTMを、アウディとともに過ごした時間の中での「絶対的なハイライト」であったと表現している。

「4気筒ターボエンジンを搭載したアウディRS5 DTMは、素晴らしいレーシングカーだった」

「残念ながら、この(クラス1の)時代はあまりにも早く終わりを迎えてしまったけどね。ル・マン・プロトタイプでも、フォーミュラEでも、僕がチームに参加してすぐにプログラムが終了するという不運に見舞われた。本当に残念なことだ」

「GT3車両によるDTMは、想像していた以上に楽しい。だけど、モータースポーツの世界で、僕にはまだ達成したい目標がいくつかある。だからこそ、2022年シーズン終了後には、アウディファンに対しては重い気持ちで別れを告げなければならないんだ」

 アウディスポーツを離れた後の、ラストの将来の計画についてはまだ発表されていない。

 彼のアウディにおける最後の取り組みは、DTMで4度目のタイトルを目指すことだ。現在、ドライバーズランキングで彼の前にいるのは、シェルドン・ファン・デル・リンデとミルコ・ボルトロッティだけとなる。

「レネ・ラストがアウディスポーツで達成したこと、とくにDTMにおいて成し遂げたことは、他に類を見ないものだ」とアウディの技術開発担当取締役であるオリバー・ホフマンは述べている。

「長年一緒に成功を収めてきたレネを、レースドライバーとして手放さなければならないことは、とてもつらいことだ」

「我々のモータースポーツプログラムは、会社の電動化の一環として、現在完全に再編成されているところだ。そしてレネもまた、自分のキャリアの中で新しい道を歩みたいと考えている時期なのだ」

「レネ・ラストは、アウディスポーツの歴史の中で確固たる地位を築いており、今後もアウディファミリーの友人であり続けるだろう。我々は、彼の未来に幸多かれと祈るのみだ」

 アウディスポーツGmbHのマネージング・ディレクター、ユリウス・シーバッハは、次のように付け加えている。

「レネ・ラストは長い間、過小評価されてきたドライバーだった。アウディスポーツにおいては、彼が世界最高のレーシングドライバーのひとりであることを示すことができた」

「とりわけ、クラス1時代のDTMにおける彼の活躍は、常にフォー・リングス(アウディ)と強く結びついたものだった」

    ランキングスポーツ

    前日のランキングへ

    ニュース設定