10年間の不妊治療をやめたら自然妊娠、2度の流産…授かれなかったその先にあるもの

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2022年08月18日 06:30  AERA dot.

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写真写真はイメージ(GettyImages)
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不妊治療を「やめる」——治療を続ければ続けるほど、時間も労力も金額もかさみ、その決断は途方もない葛藤と向き合う。不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」の最終回の第4回前編に引き続き、10年にわたる不妊治療をやめた当事者のリアルな体験談。不妊治療をやめる決心をしてから、見えてきたものとは?


【前編も読む】44歳で10年に渡る不妊治療やめた「何が何でも妊娠しなければ」の抜けられない呪縛


*  *  *


 神奈川県在住の渡邉雅代さん(51)は、7年前、44歳の時に、10年間にわたる妊活と不妊治療を子どもを授からないままに終えた。


 長年にわたって苦しい思いを続けながら、多額をかけて向き合ってきた治療の転機は42歳の時。医師から「このまま治療を続けても難しいと思う」「夫婦二人の生活について話してみたらどうか」という“宣告”だった。


 医師からの言葉には頭が真っ白になったが、治療をやめることより、治療を続けている方がどこか楽である自分にも気づいていた。まるでベルトコンベアーに乗っているかのように、医師から言われるスケジュール通りに治療を受けていることで得られる、空虚な安心感。もはやそこに自分の感情はなく、心とからだが分断されている感覚だった。医師からの言葉は、そんな自分に立ち止まって考えるきっかけをくれた。


 雅代さんは夫に「もう一度だけチャンスをください」と話し、最後の体外受精に臨んだ。夫も「気の済むまでやればいい」と背中を押した。落ち着いた精神状態を取り戻し、心身ともに整えて“ラスト”に臨もうと、毎日ヨガを続けて自分自身と向き合うように。


 次第に体調が整い、穏やかになっていく中で、タイミングをはかってチャレンジすると、自然妊娠した。喜ぶのも束の間で流産し落ち込んだが、自分に自信を取り戻すことができた。


 その一年後、44歳の時にまた自然妊娠。心臓の動きを見ることができたが、安定期に入る直前に、またも流産した。強い生理痛のような鈍くて重い痛みが続き、自宅で自然排出した経験は、まるで出産のようで、雅代さんにとって宝物になった。その日の夜は、手の平サイズの“我が子”と一緒に寝たことも、大切な思い出だ。




 こうした経験を機に、どこか吹っ切れた自分がいた。子どもを持つことを諦めたわけではなかったが、「このまま自然に任せよう」と思えた。雅代さんは自然と、治療から離れていった。同時に、自分のように辛い経験をしている不妊治療の当事者をサポートする側にまわりたいと願うようになった。


 その後、一念発起してヨガインストラクターの資格を取得。さらに不妊当事者の心のサポートを行うべく、心理やカウンセリングを学び、不妊ピア・カウンセラーとしても活動するようになった。雅代さんは、治療中の失敗体験から、自分のことを否定したり、女性として失格だと思い込む思考の癖がついていた。だが真剣に学びを深める過程で、自分だけが抱いていると思っていた治療中の“黒い感情”やネガティブな思いは、妊娠を望んで頑張っている時期特有の自然な心理なのだと知り、浄化される思いだった。


 気づくと、妊娠だけを朝から晩まで考えていた10年から解放され、今の自分を受け入れることができていた。雅代さんは現在、妊活ヨガセラピストとして、ヨガやカウンセリングを通じて、不妊当事者を支援する活動を行っている。


「子どもが欲しかった事実は一生あるし、消さなくても良い。子どもが欲しくて頑張った時間は、人生において何よりも頑張った時間で、私にとっても宝物です。心の底から望んでも思い通りにいかないこともあって、それでも自分の気持ち次第で目に見える景色を変えられるのだと気づけました」(雅代さん)


 夫はこうした雅代さんの変化を、ずっとそばで見守ってきた。治療から解き放たれる過程の中で、落ち着いて夫と話すと、辛かったのは自分だけではなく、夫も辛いながらも自分を支えてくれていたことを実感した。


 夫は夫で、治療中に追い詰められ、変わっていく雅代さんを前に、養子という選択肢も考えていたことを後から知った。今は「夫婦二人で幸せになろう」と互いを支え合いながら、新たな一歩を踏み出している。


「不妊は夫婦にとって困難な問題ですが、絆も深まると実感しています。今が辛い人も、今がずっと続くわけじゃない。不妊の悩みはどうしても一人で抱え込んで追い詰められがちですが、今はオンラインでのカウンセリングも手軽にできる時代。私のように心身が壊れてから気づく前に、うまく利用してほしい」(雅代さん)



 不妊治療で目指すものは、言わずもがな妊娠・出産。だがどれだけ願っても、それが叶わないことがある。治療を始めてステップアップを重ね、何度も挑戦するが、妊娠できない――。揺れ動く感情と戦いながら、「次こそは」と信じて挑戦を繰り返すうちに、「もしかしたらこのまま妊娠できないのではないか」という不安がよぎる瞬間は、当事者なら誰もが持つ経験かもしれない。だが治療をやめる選択肢が頭に浮かんできても、やめどきを決めるのはとても難しいのが現実だ。


「私たちからは、治療をやめる選択肢の提示はしても、“やめましょう”と勧めることはありません」


 とは、これまで数多くの患者を診てきた杉山産婦人科の杉山力一理事長。治療を始める際には、各種検査を通じ、体の状態や妊娠の可能性について数字をもとに説明するが、治療のやめどきを決めるのはあくまで患者自身。中には妊娠の可能性がかなり低くても、「通うことで落ち着くから」と長年にわたって通院を続ける患者もいるという。


「やめるか続けるかは、患者さん自身が納得して決めることが大事だと思っています。やめどきは非常に難しい問題ですが、保険適用の範囲内を一つの目安として、年齢や回数の上限を決めるという方もいます」(杉山理事長)


 自分自身が納得して決断を下すには、時間も必要だ。不妊外来で日々患者と接する千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)は言う。


「ギリギリになってからやめどきを考えると、現実をなかなか受け入れられず、強い絶望感を抱く方もいる。そうならないためにも、やめどきはなるべく早い段階から夫婦で相談し、時間をかけて納得してほしい」


 とは言え、不妊治療のやめどきがなかなか決められず、悩み苦しむ人たちは数多い。「そんな人たちを、これまで数え切れないほど見てきました」とは、自身も不妊治療をやめた経験を持ち、現在不妊当事者をサポートするNPO法人Fineを運営する松本亜樹子さん。松本さんによれば、不妊治療を長年にわたって頑張っている人に共通することとして「真面目で努力家」という面があるという。



「これまでの人生で、努力して夢を叶えてきた方が多く、不妊となって初めて“人生で努力が報われないこともある”という壁にぶつかってしまう。頑張れば努力は必ず報われるという経験値を持っているからこそ、報われないのは“自分の努力が足りないせいだ”と思ってしまい、さらに自分を追い込んで頑張ってしまう」(松本さん)


 そうした中で、知らず知らずのうちに自分の感情に蓋をし、治療の「結果」ばかりにこだわるようになる。無論、頑張った分、結果を出したいというのは誰しもが持つ感情だろう。だがなかなか思うようにいかず、自分を見失いそうになった時こそ、原点に立ち返る発想が大事だという。


「“結果を出したい”という気持ちは当然のことですが、“妊娠しなかった”ということもまた一つの結果。“妊娠はしなかった”けれど、その後の人生は自分次第で切り開ける。今、治療中の方の多くも、きっと子どもを得ることだけが人生の目的ではないはずです。治療によって“結果を出せなかった患者”で終わるのではなく、“今の生活という結果を得た”という認識に切り替えられたら、その後の人生のスタンスが随分違ってくる」(松本さん)


 不妊治療中には、妊娠できないことで自己否定や自己嫌悪の感情が強く生まれ、自分のコントロールが効かなくなるケースも少なくないという。さらにパートナーや家族、友人など、近い存在の人にこそ本音が言いづらいという場合もある。そんな時は、カウンセラーを頼るのも一つだ。最近は不妊治療を行う病院やクリニックでも、カウンセラーの窓口があるところも増えてきた。松本さんが立ち上げたNPO法人Fineには、自身も不妊治療の経験を持つピア・カウンセラーもいる。


「私は大丈夫と思っている人ほど、ギリギリのところまで頑張った結果、心が折れてしまうことがある。なかなか周囲に話しづらいテーマであっても、見ず知らずの人に話すことで楽になれる面もある。女性のみならず、治療中に孤立しがちな男性もぜひ気軽に利用してほしい」(松本さん)



 不妊治療が広がり、当事者の声が聞かれるようになったからこそ、治療のスタートが早くなっている動きもある。


「以前に比べて、不妊治療のスタートが早くなってきている印象」


とは、産婦人科医の宋美玄医師(丸の内の森レディースクリニック)。不妊治療の広がりを受け、「妊娠を考えるなら早く行動に移さないと」と、20代のうちからクリニックを訪れる人が増えているという。


「卵子の老化についての認識も広がる中で、“若いから不妊治療は不要”という認識が覆ってきています」(宋美玄医師)


必死で治療に向き合い、その体験を隠すことなく声をあげた人の動きによって、偏見が少しずつ緩和され、治療へのハードルも下がっている面があるのかもしれない。


 不妊治療——そこにはさまざまな思いや葛藤が交錯する。治療が広がる現在も、依然として話しづらいテーマであるがゆえに、当事者は深い悩みを抱えて孤立しがちだ。多様性が叫ばれて久しい時代、妊娠や出産も、はたまた子どもを持つか持たないかも、それぞれの考えや形があってしかるべき。妊活も不妊治療も、「こうあるべき」から逃れた時、より生きやすい世の中になるのではないだろうか。(松岡かすみ)


【この連載の第1回目を読む→】「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み


このニュースに関するつぶやき

  • そして里親になる人多いよ。里父さんは皆必ず、里子を迎えてから妻が別人の様に明るくなった、と言う。それだけの力が子にはあるし、明るい夫婦に育てられる子は幸せだ。
    • イイネ!4
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