ボクシングは「死と隣り合わせ」 辰吉丈一郎の“現役続行”にJBC関係者の複雑な胸中

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2022年08月19日 18:00  AERA dot.

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写真今もボクシングファンから絶大な支持を得る辰吉丈一郎
今もボクシングファンから絶大な支持を得る辰吉丈一郎
 ボクシング界の“カリスマ”辰吉丈一郎は52歳となった今でも現役にこだわり続けている。先日公開された「Yahoo!ニュース オリジナル RED Chair」のインタビューでも再びリングに上がる決意を語り話題となった。


【貴重な辰吉と妻・るみさんの2ショット写真はこちら】
 元JBC(日本ボクシングコミッション)事務局長で現理事長付顧問の安河内剛氏は、長年に渡ってボクサー・辰吉と接してきた。技量や人間性の良さを熟知しているが、コミッションの立場として「ライセンス発行を認める気持ちは一切ない」と語る。「仕事や立場がなければ辰吉ファン」という安河内氏の複雑な胸中に迫った。


 辰吉の現役続行の発言は安河内氏を驚かせた。十数年前、マウリシオ・スライマンWBC会長(当時理事)が、辰吉に対し遠回しに引退を勧めたことがあった。長い時間が経過したが、当時と全く同じことを語っていたからだ。


「会長と私と辰吉の3人で会話をした。『あなたはWBCを代表する偉大なチャンピオン。過去の実績や名声も十二分にある』と遠回しに引退を勧める話をしました。会長は優しい男なので辰吉のプライドを最大限に尊重してくれた。『そんなもんいらん。グリーンベルト(WBCのチャンピオンベルト)を巻くことしか考えていない』と即答しました」


「インタビューを見て驚きました。もう1度、WBCのチャンプになることしか考えていない。もちろん我々コミッション側は『ボクサー・辰吉』を認められない。でも彼はまだ夢を持っています。そこに関しては尊敬しかありません」


「浪速のジョー」と呼ばれ、ボクシング界を超越した人気と知名度を誇ったスーパースター。WBC世界バンタム級王座を3度戴冠した技術とファイティングスピリットは今でも記憶に残る。しかし現在は規程による引退選手扱いで、今後も公式戦のリングに立てる可能性はゼロに近い。


「全盛期から見てきましたが、客観的に見て下降線を辿っていました。(現役を続けることは)ボクサーと今後の人生の両方でマイナスしかない。網膜剥離になったこともあるし、今後は1発もパンチを受けて欲しくない。そこは冷静かつ正確に判断しなくてはいけない部分です」



 国内での試合ができない辰吉だが現役続行にこだわり続け、戦いの場をタイに求めたこともあった。2008年10月26日に復帰戦(対パランチャイ・チューワッタナ、2回TKO勝利)。翌年の3月8日にも2戦目(対サーカイ・ジョッキージム、7回TKO負け)を行った。その間にはタイ国内ランキング1位になっている。


「タイでの試合は以前と比べられないほど衰えていた。試合中は全盛期のような反応ができずパンチをたくさん浴びた。自軍コーナーも間違えるほどで、見ていて怖かった。後日、タイのコミッションに足を運び抗議しました。『2度とこういう試合は認めない』と念書を書いてもらったほどです」


「試合を取り上げたメディアにも抗議しました。某専門誌がタイでの試合を大々的に取り上げた。危険性があるから日本での試合をボクシング界全体で止めているところ。ライセンスがない状況下、タイで試合を強行開催した。日本のボクシング界として大問題です。メディアとしての倫理観を疑問視しました」


「問題だらけの試合なのに、記事内では挑戦を讃えるような取り上げ方をした。担当記者は『僕は辰吉が好きでファンなんだ』と言いました。気持ちは理解できますが、『そのような気持ちでメディアでは書かないで欲しい』と伝えました。日本ボクシング界の道を外れた行為なのに、思い入れで美化するのは間違っています」


 その後、因縁を感じる事故が起こってしまう。復帰2戦目で辰吉を下したサーカイ・ジョッキージムは、試合内容が評価され日本での興行へ出場が決定。10月13日、仁木一嘉とのスーパーバンタム級10回戦で10回TKO負けを喫した試合後、硬膜下血腫で死亡する。


「日本のプロモーターが呼んだ福岡の試合後、リング渦で亡くなってしまった。タイ選手は試合途中で気持ちが折れてしまう選手も多いが、最後まで前に出て戦い続けた。素晴らしいファイトで最終ラウンドまで戦った試合後、病院で亡くなった。日本の試合で海外選手が亡くなった初めての例でした」



「タイ国内では日本ボクシング界の危機管理を含め大問題になりました。サーカイの葬儀にも参列しましたが、本当に気の毒でしたし、ボクシングは残酷だとも思いました。危機管理に関しては注意し過ぎることはない、と認識を強くしました。辰吉が関わったボクサーというのも何かの縁を感じました」


 ライセンスの問題はあるが、もちろん安河内氏は辰吉をボクサーとして高く評価している。技術やメンタルはもちろん、「人間的に素晴らしい男」と語る。リング上の強さを誇示することなく、自分自身を客観視して周囲の期待に応えることができる。辰吉の周りに人が集まる理由がわかるという。


「2011年の震災後の興行時、過去の世界チャンプに声をかけ募金をやりました。辰吉も来てくれた。ギャラも出ないのに、試合後までファンに優しく丁寧に接していました。世界チャンプとして理想的な振る舞い、そして男気を感じさせました。自分の役割、何をすべきなのかを瞬時に理解できる賢い人間とも思いました」


「ボクシングには人間性がそのまま出ます。辰吉のファイトスタイルは、ケレン味がないというか誤魔化すようなことがなかった。リング上での姿が辰吉そのものだと改めて思いました。ボクサーを続けるのが非現実的という問題は抜きにして、1人の男として羨ましく感じました」


「家族、ファンを含め周囲の気持ちも伝わってきます。『辰吉にやらせてあげて欲しい』という熱意を感じます。みんなが辰吉の輝きを見ていたいのではないか。辰吉本人が命を懸けてまで追いかけ続ける夢を、守ってやりたいのではないでしょうか」


 安河内氏自身もプロボクサーのC級ライセンスを持っている。ひとりのボクサーとしては辰吉を心から尊敬しており、ファンであることも否定しない。しかしコミッションの立場からすれば、そういう私情は関係ない。2つの思いを抱えながらも、冷静に判断、行動せざるを得ない。


「子供の時にボクシングを始めてから同じ思い、明確な夢を持っている。それが辰吉の生き様なんでしょう。人間として本当に素晴らしいと思います。でもコミッションとしては、感情移入したりファンになってしまうと必ずミスにつながると思うので切り離さないといけません」



「『自分の1番の役目は試合が終わった後に、選手を家族のもとに帰すこと』。名トレーナーとして知られるエディ・タウンゼントさんの言葉。ボクシングに携わる者として最も大事なことです。それができなかった時は、我々の責任です。忘れないようにしています」


 どのようなスポーツ、競技も危険性はゼロではない。しかしボクシングほど「死」と隣り合わせのものはない。安全性の担保が最大の仕事である安河内氏は、胸に抱く複雑な思いを率直に語ってくれた。(文中の敬称略、タイトルは当時)


(文・山岡則夫)



●安河内剛/1961年4月3日、福岡県出身。ボクシング審判員、日本ボクシングコミッション (JBC) 元事務局員。早稲田大在学中にプロボクシングC級ライセンス取得。1994年JBC職員となり国際部長、事務局次長、事務局長を歴任。


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