マッチョのフリー素材で、短編小説を作ってみた!

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2022年08月20日 12:02  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
SNSなどでときおり話題になる、「マッチョのフリー素材」をご存じでしょうか。「日常に筋肉をプラス!」をテーマに、鍛え上げた肉体を惜しげもなく披露するマッチョたち専門の写真素材です。



ただ、ホテルのドアマンマッチョや段ボールで捨てられるマッチョなど、シチュエーションが特異で、「ダウンロードできる写真はすべて著作権フリー、且つ無料でご利用可能です」とサービス精神あふれているものの、写真単体で世界観が完成されているため、絶妙に使いどころがみつからないのです。


そんな、面白いけれど使いどころがよくわからないマッチョ素材が、以前から気になっていました。何かに使うことができないか、たとえばこのマッチョ素材に物語をつけてみてはどうか……? そんな思いつきを、小説執筆経験のあるコラムニストの関由佳さんに持ちかけてみたところ、「え……ちょっと意味がわからないけど、やってみます……」と、快く引き受けてくれることに。



編集部からのオーダーは、「このサイトの中のマッチョ写真で、なんかお話を作って」という1点。そこに載っっている数々のマッチョ写真を見ながら、「うーん、恋愛……? いやホラーもありかな……うーーーん……」と思案する関さん。



そんな打ち合わせから数週間後、1本のショートストーリーが送られてきました。

○不意に見える裸体の男性


また、見えてる。



沙英(さえ)は休日のキャンプ場の川辺で、ぼんやりその幻影を眺めていた。

つややかに隆起した、上腕二頭筋と僧帽筋。沙英の足ほどもありそうな、たくましく太い腕。そして太ももにセクシーな筋の影を落とす、ハムストリングス。

橋の上にぼんやりと見える裸体の男性は、沙英の理想を満たす、完璧な肉体だった。



いつからか、沙英はある一定の周期で、たくましい男性の裸体が見えるようになった。沙英が見ている何気ない風景の中に突如として現れる。



ある時はオフィスの中で。


またある時は美容室で。


あまりに自然に出現するので最初は驚いたものの、最近は見えた時にその原因を探るくらい、当たり前になってきていた。



ここ数か月、原因について考えてみたところ、沙英はなんとなくマッチョが見えるタイミングがわかってきた。どうやら啓太に不満を感じている時に見えてしまうようだった。

○倦怠期の始まり



啓太とは、付き合ってまる2年になる。勤めている会社の同僚で、いわゆる社内恋愛だ。仕事で直接絡んだことはないが、部署同士の交流会で知り合った。漫画という共通の趣味があったことから意気投合し、いつの間にか交際が始まっていた。それはとても自然な成り行きで、こんなにも気を許せる異性は今まで出会ったことがなかった。



とはいえ、3年目に入ってから、一種の倦怠期を迎えていた。啓太の一挙手一投足、そして言動に、なぜだかイライラしてしまうのだ。先日は彼が朝スマホを手に取りゲームをしている姿を見た瞬間、なんだかゲンナリしてしまった。また別の日には、ソファーでダラダラとテレビを観る様子を見て、なんだか恋心が急速にしぼんでいくのがわかった。



そして今日は、「キャンプで釣りをする」と言う彼の子どものようなテンションに冷めてしまい、ついていけなかった。特に彼は何も悪いことをしていないのは、わかっている。一体、私はどうしたいのだろう。

そんな不満を感じると、沙英の視界にはマッチョが現れる。


そもそも、沙英は筋肉隆々の男性が好みだった。理想は沙英を軽々片手で持ち上げられるくらいの筋肉質でがっしりとしたタイプなのだが、啓太は中肉中背で肉体美とはかけ離れた体型。背の高さも沙英より少し高いくらいで、たくましさとは縁遠い見た目だった。



啓太がこのくらいムキムキだったら、もっとときめいたりするってことなのかな。



川辺に座ったまま、まだ視界に映っている箱入りマッチョを見つめながら、沙英は思った。そんな時、足音が近づいてくる気配を感じて、ふと我に返った。

○本当に欲しかったもの



「見て! こんなにイワナが釣れたよ!」



少し離れたところで釣りをしていた啓太が戻ってきた。嬉しそうに沙英の前に傾けたバケツを覗くと、5匹の川魚が水の中で窮屈そうにぐるぐると回っている。



「へぇ、すごいね」

「これ今夜のご飯にしよう。塩焼きにしたら美味しいよ!」

「そうだね、じゃあ……」

と沙英が立ち上がろうとすると、啓太は自然と沙英の手を取り、タイミングよく引き上げた。そしてよろけた沙英の体を支えるように、前からそっと手を腰に回した。



一連の動作は当然のように行われた。にもかかわらず、この時の沙英は妙に新鮮さを感じた。



あれ、いつもこんなに息のあった動きができていたんだ。



何気ない啓太の動きに、沙英は少々驚き戸惑った。


キャンプ場に着いてからもテンションが低かった沙英だが、啓太は責めるわけでもなく、それぞれがやりたいことをしよう、と提案してくれた。沙英は「どうせ私といてもつまらないから一緒にいたくないんだろうな」と思っていたが、もしかすると悶々としているように見えた沙英に、あえて一人の時間を与えたのかもしれなかった。



冷静になってくると、沙英は自分がとてつもなく小さなことに囚われていたことに気づいた。啓太はそんな沙英の気持ちを知ってか知らずか、無邪気にイワナを釣った時の状況を熱く語っている。



そうか、私ってすごく愛されてるんだ。



こんなにシンプルなことに気づけなかった自分に、沙英は我ながら呆れたが、なんだか目の前の霧がスッキリ晴れたような気持ちになった。欲しかったのは肉体美なんかじゃない。啓太の存在感だったんだ。



改めて自身の“かまってちゃん”ぶりを恥じつつ、ぬるま湯の関係をほどよい温かさにすべく、沙英は啓太の話に耳を傾けた。そして、ふとあの橋へ視線を送ると、もうマッチョの姿は見えなくなっていた。


--完--



「もっと意外性のある方向から書きたかったんですが、ストーリーと写真のバランスが難しく、結局、恋愛小説になりました」と関さん。いやいや、特異なシチュエーションのマッチョ素材で、揺れ動く女性心理を描くプロのお手並みに脱帽です。



※写真はすべて「マッスルプラス」のマッチョのフリー素材を使用しています。



関 由佳 せき ゆか コラムニスト/心理カウンセラーでカラーセラピスト、筆跡アナリスト。前向きな女性の生き方を提案するコラムを執筆し、最近はテレビ出演やライター講師の活動も。多面的な角度から人の心理を読み解きます。 この著者の記事一覧はこちら(関由佳)

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