『エルメスの道』から学ぶ 世界のトップブランドとして君臨し続ける理由

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2022年09月14日 07:01  リアルサウンド

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 漫画家で国会議員の赤松健が「マンガ外交」と称してフランスを訪れている。フランスといえば、日本の様々な文化を紹介するJapan Expo(ジャパン エキスポ)が開催され、19世紀後半にはジャポニズム(日本趣味)の影響を受けるなど古くから日本への関心が高い国である。日本人にも愛好家が多い同国発のラグジュアリーブランドも、日本文化からインスピレーションを得ている例が少なくない。


 特筆すべき例のひとつがエルメスだ。エルメスといえば、数あるフランスのラグジュアリーブランドの中でも、知名度も価格帯もトップクラスに位置するブランドである。その社史が漫画で描かれていることをご存知だろうか。漫画家の竹宮惠子が執筆した『エルメスの道』である。同書は1997年に初版が刊行され、昨年2021年には竹宮が63ページ分を描き下ろした新版が出たことでも話題になった。


 そもそもなぜ、エルメスが社史を漫画で制作したのだろうか。『エルメスの道』の中公文庫コミック版の前書きには、エルメスの5代目社長、ジャン・ルイ・デュマ・エルメスの寄稿文がある。曰く、仕事で年に数回日本を訪れているという彼は、日本文化の奥深さに深い感銘を受けていたという。そして、「わが社の歴史をテーマに、出版物を刊行したい、という時に思いついたのが、日本の素晴らしい文化の一つであり、今や世界的に高い評価を受けている、マンガというメディアでした」ということで、漫画形式にしたと記されている。


 本書はエルメスを巡る人間ドラマが描かれているうえに、フランスを舞台にした歴史漫画としても楽しめる内容だ。なおかつ竹宮の作風と非常に合っていたこともあって、読み応えのある作品に仕上がっている。


 本書をもとにエルメスの歴史を紐解いてみよう。19世紀半ばのパリでは馬車が輸送の中心であり、馬具職人はほかの職人の2〜3倍は稼げたとされる。また、富裕層たちにとっては馬車がステータスシンボルであり、贅を凝らして装飾していた。そんな時代に生まれたティエリ・エルメスは見習いの馬具職人を経て、1837年に自身の工房を開く。精魂込めた仕事はたちまち評判となって、注文が入るようになっていったという。


 エルメスの躍進の基礎を築いたのが、3代目社長のエミール・エルメスであった。エミールが経営を行った時代は、物資の運搬など、それまで馬が担っていた仕事が自動車に移り変わりつつあった。エミールは友人のルイ・ルノー(後の自動車メーカー・ルノーの創始者)からもたらされる情報やカナダの視察などを通じ、将来は馬具商が衰退すると予見していた。そこで、自社の持ち味だった高度な職人技を生かし、バッグなどの革製品を製作することを思いついたのである。この経営判断は功を奏し、エルメスの事業は拡大されていった。作中では、エミールを「エルメスの名を世界に知らしめた『ミスター・エルメス』であった」と讃えている。


 続く4代目社長のロベール・デュマ・エルメスの先見性も、見事なものだった。1970年代にいわゆるライセンスビジネスが流行した際も、決して便乗することはなかった。当時、あるブランドに至っては、バスタオルやらトイレ用のスリッパにまでブランド名を与えていたほどであったが、必然的に顧客の満足度は下がり、著しく価値が棄損された。現在、高いステータス性を維持しているのはエルメスを筆頭に、ライセンスビジネスを行わなかったブランドであり、ロベール・デュマの判断は正しかったといえよう。エルメスの歴代社長は激動の時代に翻弄されながらも、20年、100年先を見据えた経営を行っていたことがわかる。


 そして、5代目社長によって行われたのが、『エルメスの道』、すなわち漫画を使った社史の製作であった。この本が1997年に刊行されていたことに驚きだ。日本政府が漫画やアニメをクール・ジャパンと称して売り出しを始めるのは、まだまだ先の話である。それに先駆けて、エルメスは漫画に注目していたのだから。同じフランスのブランドのルイ・ヴィトンにしても、日本の現代美術家・村上隆とコラボした製品を発表したり、広告に初音ミクやファイナルファンタジーのキャラクターを起用している。日本のブランドほど躊躇する大胆なコラボに、海外勢ほど意欲的なのである。


 イギリスの「大英博物館」が、手塚治虫の歴史的な漫画本『新寳島』のデッドストックを「まんだらけ」から入手しようとしたことは、別の記事で書いた。


宮崎駿のサイン色紙が3250万円で落札! それでも安い!? 「まんだらけ」のキーマンに聞く、漫画家の原画が高騰するのはなぜ?


 この本は国宝級の文化財だが、日本の博物館からの問い合わせはまだないという。また、近年は漫画の表現に対してあろうことか日本人が抗議を行い、せっかくの唯一無二の文化を委縮させかねない状況に陥っている。まだまだ日本人は、自国の文化を正当に評価できているとはいえないのではないか。


 対して、海外のブランドは自国の文化はもちろんだが、他国の文化でも優れているものは正当に評価して受け入れていくのだ。こうした姿勢から学ぶことは多いのではないだろうか。『エルメスの道』を読めば、エルメスが決してネーミングだけではない真のラグジュアリーブランドであることがわかるはずだ。併せて、同書は今後ファッションや地域創生などでブランドビジネスに関わりたい人も参考になる点が多い、必読の一冊といえる。


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