スーパーボランティア・尾畠春夫さん、収入は5万5千円の年金のみ「知恵は無限!学歴も金も関係ない、経験した人が生き残る」

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2022年09月24日 11:00  週刊女性PRIME

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“スーパーボランティア”と呼ばれた尾畠春夫さん

 今から4年前の'18年、山口県で行方不明になった2歳児の男の子を颯爽と捜し出し、“スーパーボランティア”と呼ばれた尾畠春夫さん(82)。その見事な救出劇とあわせ、ユーモアあふれる明るい人柄やボランティアに打ち込む姿も話題となった。

 3年間の密着取材を経て『尾畠春夫のことば お天道様は見てる』(文藝春秋刊)を上梓した、フリーライターの白石あづささんは、

「物価が上がったり、世界情勢も先が見通せない今、尾畠さんの“まっすぐな言葉”が心に響くんです」

 と語る。多くの人が生きづらさを感じる現在、お金に頼らず豊かに自分らしく生きる尾畠さんの言葉とは? 彼の半生を追いながら、白石さんが振り返る──。

“スーパーボランティア”尾畠さんの生活

『週刊文春』編集部の依頼で、私が尾畠春夫さんの取材を始めたのは、まだコロナ禍前の2018年の夏の終わりだった。テレビで流れる尾畠さんは、元気で快活そのもの。80近いお年にもかかわらず筋骨隆々、災害があればボランティアに飛んでいき、ダジャレを言って周りを沸かせるユニークなおじいさん……。

 そんなイメージがあったが、普段はどんな生活をされているのだろう? 大分の家を訪ねると、庭には畑とかまど、軒下にはサルノコシカケが干されて揺れている。外壁には捨てられていたあらゆる物がつるされており、家の中には天井まで格言らしきメモが壁にびっしり。

 常人離れしているのは家だけではない。赤い鉢巻きをしたご本人のズボンもリュックもツギハギだらけ。元の生地が見えないほどだ。靴も底を古タイヤで補修して何十年も履いているのだとか。

「毎月の収入は5万5千円の年金のみ。風呂は無料の共同浴場へ行くし、服や道具は不法投棄されたものを直して使っとる。ガスがもったいないから、できるだけ枝を集めて、作ったかまどで育てた野菜を煮炊きしちょるし、縫い針だって針金を叩いて自作してるんよ。物は有限、知恵は無限ちゅうでしょ。工夫次第でなんとかなるもんよ」

 食生活も質素倹約、そしてワイルドだ。「食事をするときは、米一粒、汁一滴の気持ちになる。せっかく生まれて料理されて食べられなかったらどんなに悲しむか」と、尾畠さんは飲み終えた味噌汁のお椀にお湯を入れて最後の一滴まで無駄なくすする。

 バナナは皮まで食べるし、時には雑草を摘んだり、海辺で海藻を拾って干したり。取材中、山道にいたマムシを捕まえ切り裂いたときはドン引きしたけれど、後日、軒下で揺れるマムシの干し肉を見て、店で買わなくても食糧は案外、身近にあるのだということを教えられた。

「こんな生活、人には呆れられるけど、でもねえ……日本は自給率が低いでしょ? 外国だって自分の国で何かあったら輸出してくれないよ。姉さんも食糧がなくなったときのために、どこに食べられる草があるか覚えておいたり、1度はバナナの皮を食べてみておくといいよ。いざとなったら学歴も金も関係ない。たくさん経験した人が生き残るんだから」

 取材時は他人事のように聞いていた私も、実際にコロナ禍やウクライナ問題が起きてから尾畠さんの言葉が身近に感じられるようになった。バナナの皮を食べなくてはならない事態にまだなっていないのが幸いというべきだが。

 ところで、道端の雑草をむしってまで尾畠さんが節約するのにはワケがある。それは日々のボランティア活動費を捻出するためだ。

「近くの海辺のゴミ拾いや山の整備、そして被災地までのガソリン代も滞在費も必要な道具もすべて自腹なんよ。だから生活費はぎりぎりに抑えちょる」

 という。しかしなぜここまでボランティアに没頭するのか。それは尾畠さんの壮絶な少年時代が根っこにあると私は考える。貧しい下駄職人の家に、7人兄弟の3男として生まれた尾畠さん。5歳のとき、終戦を迎えるも、父は昼から酒を飲み働かず、10歳のとき、母は栄養失調で亡くなってしまう。

同じ1日なら人に優しく、笑顔で接して

 兄弟でただ1人、農家に奉公に出されたが、以来、日の出前から夜遅くまで泥だらけになって働いても毎食お椀にご飯1杯だけ。あまりに空腹で馬に与える腐ったカボチャを盗んで食べたが、20歳前に総入れ歯になったほど、栄養がとれなかった。

「いつもお腹をすかせていた少年時代を思えば、白いご飯が腹いっぱい食べられる今は夢のようよ。最近じゃ戦争を経験した世代も平気でご飯を残すけどね」

 大人を恨むことはなかったのか? と尋ねると、

「そりゃ当時は何でワシだけこんなひどい目に? と思ったこともあったけど、恨んだり憎んだりしても1日、人に優しくしたり笑顔で接しても1日。どっちがいいかと考えたら、笑顔でいたほうがいいと思って。

 今にして思えば、このつらい経験も無駄じゃない。人のいろんな顔も嫌というほど見たし、それに突然、災害で理不尽に生活を奪われた人の気持ちはよくわかるんよ」

 と尾畠さん。中学卒業後は魚屋で10年ほど修業。3年間、とび職をして独立資金を貯め、29歳のとき、大分県別府で魚屋を開店した。

「のんびりとした老後? いやいや、学歴もない自分が子どもたちを育てられたのは、魚を買ってくれたお客さんや、いろんな人のおかげなんよ。だから、65歳まで働いた後は、社会に恩を返したいとずーっと思っちょったの」

 最近は県内の消波ブロックの下のゴミ拾いを続けている尾畠さんだが、私がコロナ禍前に同行した被災地では、ボランティア仲間からは「師匠」と呼ばれ、時には悩みを打ち明けられることもあった。「己に厳しく、人に優しく」をモットーにしている尾畠さんだが、そのアドバイスはちょっと独特だ。

「ボランティアに来ていた兄さんが、現地の女性に恋したんだけど、振られてしまって“つらいんじゃ、どうしたらいいかな?”ちゅうから、“ここにいたら、彼女が吸って吐いた空気を、あなたも吸っているからつらいんです。違う土地の空気でも吸ってきては?”って(笑)。そしたら1週間後、兄さんがどこからか帰ってきて“尾畠さん、吹っ切れたわ”って」

 そんな恋の悩みもあれば、生きづらさや複雑な人間関係に苦しむ人からの相談も。ひきこもりがちの子には、

「苦しいときこそ半歩でもいいから外に出て。風に頬を当てるだけでもいいから」

 と背中を押す。誰かの助言もいいけれど、心が疲れてしまったら外の自然に触れることがいちばん、回復につながると尾畠さんは信じている。

 一方で、人の意見に振り回される人には、

「ワシは人の話を聞いたら自分の心の篩(ふるい)にかける。いいなと思う言葉だけ残して、あとは捨てるっちゃ」

 と語り、「親に言われて入った会社だけど最悪だ」と文句ばかり言う人には

「最終的には自分で決めたこと。いつまでも自分の人生を他人に委ねてはいけないよ」

 と厳しい言葉を送ることもある。

一生なんて本当は一瞬

「ワシもそうだけど、世の中に完璧な人間なんていないでしょ。人間ってね、小さな細胞の塊だから弱いんよ。悪いことだとわかっていても誘惑に負けたりね。

 でも生まれたときから悪人なんていないんよ。まわりの環境や自分の意思とか毎日の積み重ねでいろんな道に行く。だから1度、道から外れても“悪人じゃ”って決めてはいけないと思うんよ。人間ちゅう動物は、誰かのちょこっとした優しさで変われる動物じゃねえかな」

 最後に、落ち込んだときにいつも思い出す「人生は地球の瞬き1回分」という私の好きな尾畠さんの言葉を紹介したい。

「地球の歴史から見れば人間の一生なんて、人間の動作に例えたら瞬き1回分のようなもの。そう考えたら、泣いたり喚いたり、立ち止まったりしているヒマはないの。長い一生なんて本当は一瞬。くよくよする必要なんてないっちゃ!」

寄稿・撮影/白石あづさ(しらいし・あづさ)ライター、フォトグラファー。旅行誌や週刊誌などを中心に執筆。尾畠さんの著書のほかに『佐々井秀嶺 インドに笑う』(文藝春秋)『世界のへんな肉』(新潮文庫)など

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