新生児を病院に置き去りにする母親も......。孤立する「未受診妊婦」をすべて受け入れる大阪・千船病院産婦人科の奮闘

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2022年09月25日 07:31  週プレNEWS

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テレビドラマ『コウノドリ』に感化されて産婦人科を選んだ北采加医師。実際のお産の現場は「修羅場」だったという

大阪市の千船(ちぶね)病院は年間100件以上の母体搬送を受け入れ、年間分娩数は大阪府内で最も多く、2022年度はすでに2400件を超えている。この中には医療機関を受診せずに分娩に至る「未受診妊婦」が含まれている。産婦人科の方針は、患者を断らないこと。そのために日々、心を砕いているアンサングヒーロー(無名の人たち)がいる。

* * *

「2階から8階西へ移動 業務用エレベーター使用中止 お願いします」

このアナウンスが流れると、病院内の空気がぴりっと固くなる。新型コロナウイルスの疑いがある患者が2階の救急受付に運ばれてきたのだ。8階西病棟は新型コロナウイルス対応の専用病棟となっている。

サイレンを鳴らした救急車が到着し、眼、鼻、口を覆う防護具、帽子、医療用ガウン、手袋を身につけた医師、看護師が中に乗り込んでいく。猝ぜ診妊婦瓩隼廚錣譴覺擬圓世辰拭

産婦人科の北采加(きた・あやか)は「本当に暑くて、苦しいんです」と苦笑いする。

「自分の息で(防護具が)曇ってしまい、前が見えなくなったりして、大変」

未受診妊婦は〈妊婦健診を1回も受けずに分娩、または入院に至った〉〈全妊娠経過を通じての妊婦健診受診回数が3回以下〉〈最終受診日から3ヵ月以上の受診がない〉と定義される。

「お腹が痛い、出血があるという女性が運ばれてきた場合も婦人科医でもある私たちが担当します。陣痛だったら、お腹が膨らんでいますし、ぱっと見でわかります」

そんなときは心の中で「陣痛やないかぁー、早よ呼べやーっ」と思わず叫んでしまう。

「ほんまに(陣痛だと)怪しいときは、車内ですぐに内診します。まだ産まれそうにないときは、(PCR)検査に回ってもらいます。緊急を要する場合はそのまま分娩室に移動、私たちは感染症対策をして、お産をすることになります」

未受診妊婦といえば、妊娠の知識がない10代、あるいは20代前半の女性を想像するかもしれない。しかし、実際には30代、40代も多いという。なぜ受診をしなかったのかという問いに対して「生理不順だから気がつかなかった」「便秘だと思っていた」「太ったのかと思っていた」という答えが返ってくる。

「そんなはずはないだろうと思いながらも、母体、そして赤ちゃんのためにできることをするだけです。受診しなかったことを責めることはないです。過去は過去なので」

1991年生まれの北が関西医科大学で産婦人科を志望したのは、産婦人科医を主人公としたテレビドラマ『コウノドリ』がきっかけだった。

「ドラマに感化されたというか。産婦人科を選んだ人はみんな言うと思うんですけれど、命の大切さを一番感じる診療科ですね。『おめでとう』って患者さんに言えるのって、産婦人科ぐらいじゃないですか」

そしてもうひとつ、出産の緊急性にやり甲斐を感じたのだ。

「お産っていうとみんな元気に生まれてくるっていうイメージがあるかもしれませんが、一定の確率で悲しいことが起こるのが現実。昔、出産は命がけって言われていましたよね。それまで順調だった妊婦さんでも、お腹の中の赤ちゃんがすごくしんどい状態になったとか、30分以内に赤ちゃんを出さないといけないという場合があるんです。何が起こるかわからないって、私たちは考えています」

通常の出産においても、経腟分娩で行くのか、吸引分娩、あるいは陣痛促進剤を使用するのか、帝王切開か、という選択がある。この判断で重要になるのは場数である。北が千船病院を選んだのは、大阪府内で最も分娩件数が多かったからだ。

「最初はカルチャーショックを受けました。お産は修羅場でした。産科を、『ああ、いいなー』って、ふわっとしか見ていなかったことに気がつきました」

北が千船病院に来たばかり、1年目のことだ。

「初めて担当させてもらったのが、双子がお腹にいる妊婦さんだったんです。(妊娠)30週という少し早い時期で帝王切開することに決めました。彼女は、私がペーペーだということをわかっているんです。『先生、双子ちゃんやったことありますか』って聞かれたんです。私は正直に『初めてです』って答えたら、『先生に任せます』って」

無事に出産が終わった後、彼女から「北先生に診てもらって良かった」と言われたことが本当に嬉しかったという。

■千船病院は、おそらく日本で最も多く「未受診妊婦」を受け入れている

北が千船病院で受けた爛ルチャーショック瓩里劼箸弔蓮¬ぜ診妊婦のように「さまざまな社会背景の患者さんがいるのだ」と知ったことだ。彼女の人生で出会うことのなかった人たちだった。

産婦人科主任部長である岡田十三(おかだ・じゅうぞう)によると、千船病院では年間30人ほどの未受診妊婦を受け入れている。

「大阪府では1番多い。正式なデータはないと思いますが、おそらく日本で1番多い部類に入るはずです。未受診の方は、恵まれた生い立ちではない人が多い。親から愛情を注がれずに育ってきた人、パートナーに恵まれていない人、社会的に孤立している人。社会的な問題を抱えている人といってもいいかもしれません。家族と連絡をとっていない人がほとんど。家族に頼れない人たちなんです」

彼女たちのほとんどには出産後のサポートが必要になる。親から愛情を受けていなかったせいか、子供への接し方がわからない。

「生後1年以内の赤ちゃんの死亡の中で特に多いのが、最初の1ヵ月以内。お母さんが連れて帰ってすぐに虐待ということも多い。そこで家族に頼れないんで、行政の支援を受ける、あるいは特別養子縁組という制度もありますよ、という話をすることになる。そのあたりは社会福祉士の方にお任せします。千船病院にはそうした対応に慣れている社会福祉士がいます。僕らが知らない情報を彼女たちが聞き出して、行政など地域と繋いでくれる。だからこそ、我々はどんな方でも受け入れることができる」

社会福祉士である斉藤りさが、千船病院の医療福祉相談科で働くようになったのは、2010年のことだ。

「四国で生まれて都会に出て、それから神戸で営業事務として働いていました。大学に行きたかったんですけれど、もともと貧乏だったので父親から『国公立しか無理』と言われて諦めていました。社会人として働いて約10年経ったとき、突然母親から『前に大学行きたいって言っていたでしょ、今なら助けてあげられるよ』と言われたんです。その翌日から受験勉強を始めて、1ヵ月で受験しました」

せっかく行くのならば、何か資格を取得できる大学、学部がいい。以前、看護師をしている姉から、ソーシャルワーカーに向いているのではないかと言われたことを思い出した。調べてみると、ソーシャルワーカーとして働くには社会福祉士という国家資格を持っているほうがいいことがわかった。そこで、自宅から最も近い、社会福祉士の資格が取得できる大学を選んだ。

「そのときは、ソーシャルワーカーがどんな仕事なのか全く知りませんでした。カタカナで格好いいなくらいにしか思わなかったんです」

卒業後、大学の恩師から、千船病院でソーシャルワーカーを募集していると教えられた。

「いっぱい応募者がいるから健闘を祈ります、みたいな感じでした。落ちても次、先生が紹介してくれるだろうという軽い気持ちで行ったら、受かったんです」

後から、実は応募者は少なかったが、千船病院は人手不足で即戦力を求めていたのだと教えられた。社会経験のある斉藤が選ばれたのは必然だったろう。

千船病院は、病気や怪我が発症したばかりの、いわゆる急性期の患者に対応する医療機関である。急性期を脱した患者は自宅に戻す、あるいは回復期を担当する医療施設に移す。医療福祉相談科のメディカル・ソーシャルワーカー(MSW)はその架け橋となる存在だ。そこには未受診妊婦のサポートも含まれる。

斉藤が入職して1ヵ月も経たないときのことだった。

「入籍をしていない20歳過ぎの女の子と赤ちゃんが救急車で運ばれてきたんです。トイレで落ちた子を抱きかかえて、救急隊がへその緒を切って。そのとき、未受診(妊婦)が連続していて、(MSWの先輩たちは)みんなテンパっていて『悪いけど(自分たちでは)できひんから、そっちの人(の産後の事務処理を)やっておいてね』って。それで私が担当することになったんです」

幸い、母子ともに健康状態は良かった。斉藤は女性に付き添って、出生届を出すために区役所に向かった。しかし、窓口の担当者は提出した書類を一瞥(いちべつ)すると、これでは受理できませんと首を振った。

「そのときに初めて知ったんですけれど、病院で生まれていない赤ちゃん、つまり自宅出産の場合は、病院で記載した出生証明書では受理できない。救急隊の搬送証明書、本人が記載した出産時の報告書、病院の医師の意見書などの書類が必要になる。そのとき、赤ちゃんのお父さんと名乗る人は60歳を過ぎていて、ずいぶんと年が離れている方でした。書類をそろえるお手伝いも再提出も、一緒に同行させてもらいました」

数ヵ月後、無事に出生届は受理された。

■「うちが未受診妊婦を受けんかったら、結局、どこもとってくれへんということやろ」

「未受診で来られる方は、嘘をつく人が多いんです。他人の名前を名乗って、知人から保険証を借りてくる人。産まれた後、赤ちゃんを残して行方不明になってしまう人もいます」

健康保険未加入の母親が失踪してしまえば、当然、医療費は未払いとなる。そのため、医療機関は未受診妊婦を避けがちになる。また、出生届が提出されていなければ、新生児は無戸籍となる。

「未受診の方をたくさんみていると、嘘ついているとか、この人逃げるかもっていうのが面談している中で感じられるようになります。あるとき、ひとりの女性が未受診で運ばれてきて、逃げそうな予感がしたので、退院時に役所まで一緒に行き、出生届や国民健康保険の手続きまで済ませました」

その約1年半後、同じ女性が再び救急車で運ばれてきた。またもや未受診妊婦だった。

「2回目の出産が終わった後、自分が席を外して、他の人に代わってもらっている間に、『彼氏と入籍をしたいから、ちょっと家に荷物を取りに行きたい』って言い出したらしいです。そして、そのまま帰ってこなかった」

生まれたばかりの新生児は置いたまま、である。

斉藤は児童相談所の担当者と彼女の自宅へ行き、何度もインターフォンを押したが反応はない。しばらく待った後、手紙を残して引き上げることにした。しかし、連絡はなかった。病院長、児童相談所、区役所戸籍担当者と相談して、なんとか出生届は受理してもらった。

「唯一の救いは、出生届を途中まで書いており、(新生児の)名前を記載してくれていたことでした」

新生児は乳児院に引き取られることになった。

しかし、これでは終わらなかった。更に約1年後、彼女が千船病院に現れたのだ。またもや彼女は妊娠していた。やはり、未受診である――。

斉藤は彼女の顔を見て「あ、久しぶりやな」とわざと明るく声をかけた。

「出産の後、本人はまた彼氏と入籍しようと思っていると言うんです。『ああ、わかっている、わかっている、入籍はわかっているけど、先にこの書類だけ書いてね』って。いつ逃げられてもいいように、出生届を出すときに必要な委任状などの書類を準備したんです。千船病院は今、(出産後)4日目退院が普通。彼女は2日後ぐらいに、『忘れ物を取りに行きたい』と言い出したんです。帰ってくることを約束してもらったんですけれど、やっぱり戻ってこなかったです」 

この新生児もまた、乳児院に引き取られた。

斉藤はMSWの仕事を「必要な部署や機関に繋ぐこと」であると定義する。医師でも看護師でもない。医療の専門家ではないからこそ、患者の声を聞き、寄り添うことができる、と。真摯に向き合った相手に、裏切られたときはひどく傷つく。医師でないため時に軽く扱われ、心ない罵声を浴びせられることもある。

「私たちも人間ですから、嫌なことがあると潰れそうになります。実際に潰れていった人もいました」

50歳になったら、仕事を辞めようと斉藤は考えていた。数年前、病気を患い1ヵ月入院することになった。

「あまりに仕事がしたくなって、退院の翌日から出勤したんです。そうしたらお世辞やと思うんですけれど、みんなが『良かった、帰ってきてくれて』って。ほんと、ありがたいと思いました。辞めるのはいつでも辞められる。私、仕事以外やることないやんって」

斉藤はまだまだ働き続けるつもりだ。「子供がいないから、仕事以外で自分のことを必要とされているって感じがしないんですよ」と明るく笑った。もちろん謙遜の言葉である。

「この病院では、病院長、産婦人科の先生、小児科の先生、助産師さん、みんなが協力してくれる。産まれた子供がきちんと育ってくれるよう、私の立場でやるしかないんです」

斉藤はそんな病院で働いていることを誇りに思っている。乳児が遺棄されたという類の事件が起きたとき、産婦人科主任部長の岡田が言ったことが頭から離れない。

「うちが(未受診妊婦を)受けんかったら、結局、どこもとってくれへんということやろ」

その通りだと斉藤は深く頷いたのだ。

岡田は神戸大学医学部を卒業後、研修医時代の95年6月から1年半強を千船病院で過ごしている。当時から千船病院の産婦人科は、未受診妊婦を含めて可能な限り「断らない方針」を貫いていた。そして、上司だった北垣壮之助(きたがき・そうのすけ)は研修医に対して寛大だった。

「当時はトラブルにならないよう、(研修医に)あまり実地をやらせないという病院もありました。北垣先生は、『患者にとっていいと思うことはやりなさい、もし何かあったら自分が責任をとるから』とおっしゃってくれた。その後も自分は千船病院に育てられたという恩義をずっと感じてました」

2003年に岡田は自らの強い希望で千船病院に戻ってくることになった。今、北たちに言い続けているのは、研修医時代にかけられた言葉だ。

「北垣先生から、『人から求められるような医者になれ』と言われたんです。若い人たちが千船病院で働けて良かったと思ってくれること。彼ら、彼女たちは優秀だから、ぼくらを軽々と超えていくでしょう。ここで学んだことを糧に次のステップに進んでほしい。医師だけでなくて、ここに関わる人みんながそうであってほしいですね」

※本稿は、千船病院広報誌『虹くじら』2022年夏号の特集記事を再編集したものです。

取材・文/田崎健太 写真/奥田真也

【画像】大阪・千船病院産婦人科の奮闘

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