不動明王の背にあるのは一見では炎も、実は「鳥」が? 怖すぎる顔「明王」の真実

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2022年09月25日 11:30  AERA dot.

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特別展示されていた瑞巌寺の秘仏の一つ、不動明王像=2021年9月1日、宮城県松島町
お寺や博物館で出会ったことのある仏像。如来、菩薩、明王、天部……それぞれの姿かたちが伝える仏像のメッセージを学べば、仏像の味わい方もきっと変わってくるはず。週刊朝日ムック『歴史道 Vol. 23 仏像と古寺を愉しむ』では、正しい仏像の見方を特集。ここでは「明王」と「天部」をひもとく。


【イラスト】仏像「明王」「天部」を徹底解説!
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 仏教は慈悲の宗教であるが、お寺に行くとなぜか怖い顔をしている仏像がある。この怒り、じつは慈悲の怒りである。明王は、本来は如来であった。しかし優しい顔をして説法をしていても、耳を傾けなかったり、説法の内容を守らない人がいる。そういう人たちのためにあえて、忿怒の表情をしていると考えれば分かりやすいだろう。


 明王は、密教が成立してから制作されるようになった仏像だ。日本では、空海や最澄が中国に渡り、密教が伝来した平安時代以降に制作されるようになる。怖い顔をしている仏像が安置されていたら、真言宗や天台宗など密教系のお寺だと推測できる。その姿は一様ではないが、怖い顔をしているのは共通する。さらに甲冑を身に着け、武器を持っていたりする。


密教と共に日本へ伝来した
大日如来の化身 



 また多頭の明王、多臂の明王もある。身体にほどこされた色も様々で、日本では不動明王が最も多く制作された。


 不動明王は、密教の中心である大日如来の化身とされている。通常は右手に剣を持ち、左手に羂索という縄を持っている。逆だった炎髪の明王が多いなかで、不動明王は髪を束ねて左肩に垂らす。これは弁髪という。台座は蓮華ではなく、瑟瑟座というゴツゴツした岩のような表現だ。後ろにある光背は、一見すると炎の表現。しかし、よく見ると鳥の姿が確認できる。これは迦楼羅という鳥が舞っている様子を形作った光背である。


 不動明王は、左右に童子の像を安置することがある。矜羯羅童子と制多迦童子である。これを不動三尊という。また不動明王は、4体の明王を伴うことがある。これを五大明王という。




 五大明王は通常、不動明王を中心に東に降三世明王、南に軍荼利明王、西に大威徳明王、北に金剛夜叉明王が安置されている。それぞれ多面、多臂の像で動きのある姿となっており、三目や五目など多眼で表されることもあるので、見る者を圧倒させる。愛染明王は、煩悩即菩提(愛欲や執着を悟りに変える)という密教的な考えを具現化した仏像である。調伏の仏像とも、あらゆる願い事を叶えてくれる仏像ともいわれる。髪は逆立ち、髪の間に獅子を載せる。左右3本計6本の腕をもち、手には弓、矢、蓮華を持つが、左腕に1本だけ何も持たない手がある。これは願い事によって持つものを変えるからといわれている。孔雀明王は、毒蛇を食べる孔雀を神格化したヒンドゥー教の神を仏教に取り入れて成立した仏像。特徴は明王の中でも忿怒の表情ではなく穏やかな顔で表現されること。孔雀の上に乗り、一面四臂で表現され、手には蓮華、孔雀の羽などを持つ。光背は孔雀の羽根で表される。単独で安置されることが多く、除災、苦難を取り除く仏像として人々に信仰された。


インド古代神話の神々が
仏教の守護神となる



 天と称される仏像は、仏教世界の守護神である。天の表現方法は様々で、如来・菩薩・明王以外の表現であれば天と推測することができる。天は、もともと仏教が成立する前にインドに古来あったヒンドゥー教とバラモン教の神を取り入れて成立している。四天王や金剛力士、阿修羅像なども天に属す。


 天の中で梵天と帝釈天は、仏教が成立する前のインドで重要な神であった。バラモン教の最高神、万物の根源であるブラフマー神が釈迦の修行中を見守っていたとされ、仏教の成立後に取り入れられ梵天となる。また、古代インドで雷を神格化した戦士の英雄インドラ神が仏教の成立後、帝釈天として守護神となる。どちらも、奈良や京都の古寺では見かける。古代日本の仏教では特に仏法を守護する仏像として重視されていた。




 四天王像は、仏像が住むという世界、須弥山中腹の東西南北を守護するとされる。それがお寺の本尊を守護する仏像として、本尊の周囲に安置される理由だ。特徴は、足下で邪鬼を踏み、それぞれ手には鉾や戟を持って威嚇している姿だ。この中で、北方を守護する多聞天像は、戦功に威力を発揮する仏像として単独で信仰されるようになり、その際、名称が毘沙門天となった。 お寺の山門には、左右に2体、正面を威嚇する天が安置される。仁王像である。2体の仁王像は、通常は向かって右に口を開けた阿形、左に口を閉じた吽形が配置される。仁王像は、金剛杵という武器を持っているので金剛力士とも称される。本来仁王像は、インドでは1体で制作されており、中国で左右2体となった。1体で表現された像は、執金剛神といわれる。


 阿修羅は、もとは破壊の神、悪神とされてきた。しかし仏教に取り入れられ、その威力で仏教の世界を守護する天となる。ちなみにアは非、シュラは天、つまり天に非ずという意味がある。仏法を守護する八部衆の1体となり、釈迦の説法を聴く聴衆としても登場する。


 日本では、女性の姿で表現される弁才天と吉祥天も人気を得た天である。弁才天は、奈良時代には多臂の像で制作されるが、次第に二臂となり学問芸術の天ということから琵琶を持つ姿になっていく。また室町時代に成立したという七福神に組み込まれ、広く人々に信仰された。吉祥天は、ヒンドゥー教ではビシュヌ神の妃であり、仏教に取り入れられてから毘沙門天の妃とされるようになる。


 その他、薬師如来の眷属・十二神将、大黒天も天に属する。大黒天は、インドのシバ神の化身マハカーラ神で破壊と戦闘の神であった。そのため本来は忿怒の表情だったが、日本では「だいこく」と読むため、伝統的な神・大国主命と習合し、穏やかな表情になった。


◎監修・文/村松哲文
むらまつ てつふみ/1967年東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学後、早稲田大学會津八一記念博物館を経て、駒澤大学仏教学部教授。早稲田大学エクステンションセンターや、NHK・Eテレの仏像番組の講師も務める。主な著書に、『アイドルと巡る仏像の世界(共著)』(NHK出版)、『駒澤大学仏教学部教授が語る 仏像鑑賞入門』(集英社新書)ほか。


※週刊朝日ムック『歴史道 Vol. 23 仏像と古寺を愉しむ』から


このニュースに関するつぶやき

  • 阿修羅は違う。元は正義を司る神。娘の舎脂を帝釈天に嫁がせる予定が、その帝釈天が凌辱して誘拐。これに正義心で怒って戦いを挑み、天界から排除されて戦闘神になったんですよ。
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