『さんかく窓の外側は夜』『あちらこちらぼくら』―― 商業BLオタクが厳選した今こそ読みたい傑作レビュー【後編10作】

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2022年09月25日 21:32  ねとらぼ

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ねとらぼ

晩夏に読みたいBLを紹介

 涼しくなったかと思えば、ぶり返すように暑い日がやってくる晩夏。読書の秋の入り口に立った今こそ、新たな「BL作品」に触れてみるのはいかがでしょうか。



【画像】BL好きライターが選ぶ名作10選



 ……と、もっともらしいことを言いつつ、季節に関係なく常に「商業BL」を読んでほしいライターが太鼓判を押すBL作品レビュー。今回は、後編として10作品を紹介します。



●商業BL、読んでますか?



 「商業BL、読まないんだよね」――いったい何人の口からこの言葉を聞いたことだろう。商業BLとはオリジナルのBL作品を指すが、筆者の周囲では思いのほか二次創作しか読まないBLファンが多く、商業BLオタクである筆者は幾度となく「商業BL読んでよォ!」と懇願してきた。



 この記事もまた、一種の懇願である。私が好きな商業BLを、ぜひあなたにも読んでもらいたい。そしてあわよくば、商業BL沼に足を踏み入れてほしい。そのために今回は、筆者の独断に基づいて選んだマスターピース20作品(一作家一作品縛り)の紹介文を執筆した。今回はその後編として、10作品を紹介する。商業BLにこれから入門する方も、すでに商業BLを楽しんでいる方も、ぜひ興味を持った作品からお手にとっていただければ幸いである。



高島鈴:1995年生まれ。ライター、編集、アナーカ・フェミニスト。人生で初めて読んだBLは橘紅緒・室井理人『セブンデイズ』(大洋図書)、初めて買った商業BLは古街キッカ『オルタナ』(大洋図書)。BLで最も好きな概念は「元彼」です。



※今回紹介している作品の多くには、性描写が含まれます。もちろん、すべてのBLに性描写が入るわけではありませんが、BLと性描写が密接な関係にあることは事実です。性描写が苦手な方は、注意して作品を選んでみてください。



●夏野寛子『25時、赤坂で』(祥伝社)



 主人公の若手俳優・白崎由岐は、ある日突然決まったBLドラマの相手役として、大学時代の憧れの先輩にして人気俳優・羽山麻水とまさかの再会を果たす。羽山は自分のことなど覚えていないだろう――そのていどに思っていた白崎だったが、酔い潰れた麻水を自宅に連れ帰ったある夜の出来事を境に、二人の関係は急速に接近し始める。



 何を差し置いても本作はまず絵の美しさから語らねばならないだろう。演技を生業とする人たちの視線の運び、睫毛の震え、指の振る舞いが、夏野寛子の細やかな筆によって極めて雄弁に描かれるのだ。キャラクターそれぞれの俳優としての存在感は、この美麗な筆致に支えられているように思われる。



 シリーズは現在3巻まで刊行されており、続編も期待されている。純朴そうなのに思ったことはガンガン口に出す白崎と、モテすぎて恋愛の仕方が逆にわからなくなっている羽山の不思議なバランスをもった関係性には、誰もが魅了されるに違いない。



 なお、同じ作者が描く高校生同士のラブストーリー『冬知らずの恋』(祥伝社)もおすすめだ。



●村上キャンプ『わたしは司会者』(竹書房)



 主人公はお昼の情報番組で司会を張る中年キャスター・花城大輔。公の顔は人当たりのよい人気者だが、プライヴェートでは不特定多数の男性とSMプレイに興じる奔放な性生活を送っていた。このライフスタイルに一抹の不安を感じている花城は、ある日自分の写真を印刷したTシャツを着て出待ちをする謎のファン・「Tシャツくん」に出会う……。



 「パチンコ屋の廃屋のような漫画が描きたい」――本作はこの衝撃的な動機によって描かれており、読んだ後でその意味はじわじわと理解できてくる。軽妙ながら不穏な空気が最初から漂っており、それが最後まで全く解消されないのだ。Tシャツくんはずっと怖いし、花城は空虚なままなのである――単行本に記載された英語版タイトルが「I am the moderator」ではなく「I am a moderator」なのは、花城があくまでも自分自身を最後まで代替可能な存在だと見做し続けていることを明確に示す。「愛する人の唯一無二に〈成る〉」というBLの定型から、本作は絶妙にズレるのだ。



 この「何も解決しない」物語の重要性は、多くの物語が登場人物の前向きな変化を軸に描かれていることを考えれば明白だろう(結ばれてハッピーエンド、という「盛り上がり」が重視されるBLでは特に!)。村上キャンプ作品のほかでは得られない独特の読後感は、ハマる人には決定的にハマる。さらに不良に絡まれているおじさんを「親切心」から性行為に誘う(本当にどういうこと???)青年を主人公にした驚異の短編「親切」も同時収録されている。何かがおかしいまま進む距離感の妙を味わいたい人におすすめ。



●たなと『あちらこちらぼくら』シリーズ(集英社)



 真面目な勉強家で物静かな園木と、いつも友人に囲まれているフレンドリーな真嶋。明らかに所属するグループの違う二人だったが、クラスメイトとして不思議な縁が繋がっていき、やがて二人はその感情の名前を「友情」から「恋愛」に書き換える。「なんでこいつと仲いいの?」と言われるような相手と、理由なく仲良くなって、なぜかずっと一緒にいた――そんな関係のなりゆきを丁寧に追いかけた名作である。



 本作が特異なのは、友情関係の始まりと展開を分厚い単行本二冊分にわたってじりじりと描いたのち、その後の関係性の選択肢として「恋愛」を素直に連続させている点だろう。友情から恋愛に発展するBL作品自体は少なくないが、本作ほど「友情」の展開を長くじっくり描いた作品は見たことがない。



 本作はもともと小学館の青年誌「ヒバナ」で連載が始まり、ヒバナ休刊後はアプリ「マンガワン」に掲載されていた。そのため多くの読者は本作を友情ものとして受け止めており、少なくとも筆者は園木と真嶋が付き合うとは予測していなかった。それゆえに二人が関係性を「恋人」へと捉え直したとき、親密さの命名に「壁」を感じる必要性など本当はないのではないかと思えたし、二人が二人の望む繋がりを手に入れたことに非常に明るい可能性を感じたのである。



●ニャンニャ『スイートハートトリガー』(シュークリーム)



 ニャンニャ作品にはアメリカの学生とそのコミュニティを描く良作が多いが、同作ではスクールカーストを超えた奇妙な恋愛模様が描かれる。本作の主人公は根暗で友達もほとんどいないゲイの美術系大学生・コール。全く接点を持っていない大学のモテ男・アレックスに不毛な恋をしている……はずが、ある日の事件を境に2人は急接近、まさかのお付き合いが始まった! だが憧れのアレックスと恋人になったコールは、明らかに〈イケてる〉アレックスと劣等感いっぱいの自分との間に断絶を覚え、やがてその煩悶は暴走を引き起こす……。



 別れそうで別れない、あまりに性格の合わないカップルのごたごた――同じ話を実際の友人から聞いたら、絶対に「もう別れなよ」と言う――が全部愛おしく見えるのが本当に不思議だ。シリーズ最終巻となる3巻では、アレックスが友人のレズビアンカップルに精子提供をするかどうかで大揉めする。「気の合わないカップルのドタバタ」という定型ラブコメでありつつ、毎回しっかり大問題が出来して本気で関係性が揺れる、実に魅力的な作品である。



●彩景でりこ『蟷螂の檻』(祥伝社)



 舞台は昭和期の京都。老舗材木会社・當間林業の当主は精神を病んで座敷牢に幽閉された長男・蘭蔵を寵愛し、その遺産をすべて蘭蔵に相続させるよう書き置いて亡くなった。実質的な跡取りとなった母親違いの弟・育郎は、父に愛された兄を憎みながら、當間家の執事・典彦によって心身ともに籠絡されていく――。



 群像劇を得意とする彩景でりこ作品の中でも、際立って息苦しく、ねっとりとした人間関係が描かれる異色の作品。育郎の魂の美しさを蹂躙したいと望む典彦、典彦に不審を感じつつも典彦なしでは生きていけない育郎、蘭蔵のためなら何でもしようと覚悟する蘭蔵の世話係・西浦ら、愛憎の澱む屋敷の中でそれぞれの思惑が蠢く。



 特に注目したいのは育郎の妻・さち子である。當間林業という男たちの泥舟に放り込まれたさち子が最後に表明する怒りは、この作品に差し込む一筋の光になっている。女性キャラクターの存在感が希釈されやすいBL作品において、主体的に立ち上がるさち子の姿は、個人的にも勇気をもらえるものだった。



 そのほかの彩景でりこ作品では、ねじくれた三者関係が交錯する『犬も喰わない』(竹書房)、関係性の均衡がぐらぐら揺れる三人交際もの『チョコストロベリー バニラ』(竹書房)もおすすめだ。



●トウテムポール『東京心中』シリーズ(茜新社)



 ここまで「人生」が詰まったBL漫画が他にあるだろうか? 『東京心中』は「お仕事BL」の金字塔として知られるが、本作が主題にしているのは仕事も含めた人間の生活そのものだ。映像制作会社のAD・宮坂とディレクター・矢野が、仕事に向き合うなかで恋に落ち、散歩をしたり映画を見たり、キャッチボールしてみたり、仕事を辞めたり引っ越したり、お互いの実家に出向いてみたりと、二人の時間を二人のペースで動かしていく。流れていく時間の全てが、読んでいるうちになんとも愛おしくてたまらなくなる。



 トウテムポール作品の妙味は、日常のひだを見逃さずに描く、その視線の鋭敏さにある。仕事に疲れた宮坂が、行き先も確認しないままなんとなく鳥取行きの夜行バスに乗ってしまう場面や、父親を亡くしたことで家族に対して過剰に気負っていた高校時代の矢野が小劇場で見た映画に救われる小話など、「どこにでもありそう」な生々しさゆえに胸に染み入るような印象的なエピソードが展開されるのである。他人の日記をじっくり読んでしまうときのような没入感は、本作唯一無二のものだろう。



 ちなみに作者の最新作は奈良時代(!)を舞台にしたBLとのこと。こちらも注視していきたい。



●ヤマシタトモコ『さんかく窓の外側は夜』(リブレ)



 支配/被支配以外の人間関係を理解しない怪しい霊能力者・冷川と、人間をまっすぐ信じる才能を持ったその助手・三角のゆがんだバディが、「呪い」をめぐる怪しい事件に立ち向かう「除霊BL」。三角を「僕の運命」と呼んで支配しようとする冷川と、真面目に関係性を築こうとする三角の関係性が危険かつ芳醇であることは言うまでもないが、「呪い」を操る高校生・英莉可とそのお目付役・逆木の凸凹バディなど、周囲を固めるキャラクターもみなありあまる魅力を放つ。そして愛の名の下に振われる暴力を描きながらも愛の力で決着をつけるストーリーテリングは、BLから世界への美しく強烈な挑発だったと言っても過言ではない。



 ちなみに『呪術廻戦』の作者・芥見下々も『さんかく窓』ファンを公言しており、併読すると「呪い」と「愛」の関係性について両者の理解の差があらわれていて非常に面白い。なお、同作の掲載誌は青年誌だが、作者がBLだと断言しているのでBLとしてカウントしている。



●緒川千世『赤のテアトル』(祥伝社)



 ハイソサエティ御用達のハイヒールブランド・アバルキンには、絶対に漏らせない秘密が眠っている。それは全てのハイヒールがゴーストデザイナー・アダムによって手がけられていること、そして表向きのデザイナーであるユーリ・アバルキンが、あらゆる場所で枕営業をかけていることだ。アダムを自分に繋ぎ止めるため、履けば自分一人で歩くことも叶わないハイヒールを履いて好きでもない相手との性行為に及ぶユーリと、ユーリをミューズとしながら絶対に手を出さないアダムの愛と撞着が、やがてアバルキンを破滅へと導いてゆく……。



 美と権力に取り憑かれた人びとをめぐる濃密なヒューマンドラマであり、1冊でまとまっていることにまず驚きを覚える。童話「赤い靴」の引用から始まるこの物語において、真に赤い靴で死ぬまで踊らねばならなくなるのは一体誰なのか? 執着というモチーフが好きなら、きっとこの物語に魅入られるはずである。



●ゆざきさかおみ『はいらなくても、いいじゃないか』(オトメチカ出版)



 まさにタイトル通りだったのだ――誰が挿入しなければならないと決めたのか? 同作は『作りたい女と食べたい女』が大ヒット中のゆざきさかおみが描く、「挿入しない」BLである。クローゼットなゲイのトーマとオープンリーゲイのヒロは、映画館で意気投合してお付き合いに至るが、それぞれの事情によって挿入ができないことを理解する。だがふたりはセックスを諦めない――なぜなら挿入するだけが性行為ではないから。「挿入=セックス」という固定観念を崩し、コミュニケーションとして成立する性愛を真正面から描いた貴重な作品だ。



「はいらないってだけで僕たち不幸な恋人たちになっちゃうのかよ!?」



「行為だけ愛の証明にすんなよ/あほなメッセ送り合ったり相手のために検査行ったり/お好み焼き焼いたらおいしいって食べてくれるのだって/そういうの全部ひっくるめて/愛だろうがッ」



 挿入にコンプレックスを持つトーマの苦悩や「挿入したくない」というヒロの率直な気持ちが描写されること、そして性的同意の問題がさらりと含まれているところも白眉である。



●SHOOWA/奥嶋ひろまさ『同棲ヤンキー赤松セブン』(秋田書店)



 諸事情で一人暮らしをしているヤンキー・赤松は、公園で暮らす謎の男・セブンに喧嘩をふっかけて返り討ちにされたことから、喧嘩するために公園に通っている。だがある日公園は閉鎖、行き場をなくしたセブンに、赤松は自分の家に住まないかと持ちかける……。



 「お前と夜のタイマン勝負!!」というキャッチコピーで多くのBLファンを驚かせた秋田書店初のBL雑誌「カチCOMI」から生まれた怪作である。まず特筆せねばならないのは、作画に骨太かつチャーミングな男を描くヤンキー漫画家・奥嶋ひろまさを迎えたことであった。決してきれいとは言えない畳敷きのアパート、鴨居にひっかけられた洗濯物や狭いキッチンで作る食事など、少年ふたりの生活の風景がどれも愛おしい。SHOOWA作品の大きな魅力である独特のテンポを伴った会話劇や当たり前のように出てくるアウトローたちも、奥嶋作画によってより生々しく引き立っている。



 本作を気に入った方には、SHOOWA作品から『イベリコ豚と恋と椿。』シリーズをお勧めしておきたい。こちらもセリフの妙が光る名作だ。


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